第188話 アイルを求める勢力 その1

 アイルが目の前の事に手一杯で魔力回復の為にお昼寝をしていた頃、カタヘルナの冒険者ギルドから応援要請を出した他の町や国の冒険者ギルドへ、セゴニア王都へ、そして王宮へと大氾濫スタンピード終息の連絡が通信魔道具により迅速に行われた。



 どこの通信先も第一声は「は?」だった、それはそうだろう、これまでより間が空いたせいで大規模な大氾濫となるだろうと予測され、終息するまで1週間や1ヶ月掛かってもおかしくはないと言われていたのだ。



 そして自国のセゴニア王都とアイル達を送り出してくれたパルテナにだけ極秘として伝えられた事に対し、通信係は言葉を失って暫く返事が出来ない程だった。




[セゴニア王宮 side]


「陛下、冒険者ギルドのマスターが火急の報告があると言う事で参っております。しかも人払いを希望しているとか…」



 セゴニア王宮の侍従長が部下の侍従から耳打ちされてセゴニア王に報告した。

 セゴニア王は大氾濫で何かあったのだろうと予測はしたが、人払いを願うなど普段はありえない事に片眉を上げた。



 セゴニア王は今年54歳になる年齢だが、見た目は40代前半と言っても通用する筋肉と若々しさを持つ武人タイプの王だ。

 武勇は誇るが戦闘狂という程では無いので戦争よりも国民を第一に考えられる賢帝でもある。



「ふむ…、人払いとは…。大氾濫で全滅でもしたのなら連絡すら入れられんだろうからそれは無いな、さてはドラゴンでも出たかな、はははは。もう来ているのだろう、謁見室の方へ通せ」



 軽口を叩きながら立ち上がると執務室の内扉を通って2つ隣のこじんまりとした謁見室へと向かった。

 謁見室は謁見広間と違い、誰かが潜んで盗み聞き出来ない様に家具や飾りが殆ど無いシンプルな造りとなっている。

 広間より幾分大人しいデザインの玉座に座ると近衛騎士がギルドマスターの来訪を告げた。



「通せ、人払いを。余が許可するまで誰も入れるな」



「ハッ」



 近衛騎士は騎士の礼を執ると謁見室を出て扉から離れて向かい側の壁を背にその場で待機した。



「よく来た、火急の報告があるとか?」



「ハッ、お時間を頂きありがとうございます。2つ報告がございます、1つは大氾濫が終息致しました」



「な…っ!? 発生したのは昨日だっただろう、こんなに早く終息するなど三賢者が居た時くら…い……。まて、報告が2つと言ったな、まさか…」



「そのまさかでごさいます、パルテナから応援で参った冒険者の中に賢者が居たそうです。Sランクでも梃子摺る魔物を魔法で大量に屠り、しかも…治癒魔法まで使えるらしく四肢が欠損した冒険者達を次々と治癒して元通りにしているとか」



「なんと…! では賢者アドルフの様な方なのか!?」



「それが…、小柄な少女で賢者サブローと同郷で、賢者サブローと同じく黒髪黒目だそうです」



「すぐに王宮へ来る様に…迎えを、うん、息子の内の何人かを迎えにやろう。誰か1人でも賢者殿に気に入られたなら王子の正妃として…」



 ニヤリと笑うセゴニア王、セゴニア王には正妃の他に側室が4人居る。

 正妃と王の年齢は近いが、側室は入った順に年齢が若い、故に最後に娶った側室は23歳という若さだ。

 当然子供も既に孫が居る王太子からまだ4歳の王女まで年齢は幅広い。



 権力が分散する様にと政略的に結婚しているせいもあって側室のタイプも様々、となると子供達も父親である王に似たり母親に似たりとバラエティ豊かだったりする。

 誰かしら賢者の好みに当て嵌まれば結婚話を進めてしまおうと考えるのは当然と言えよう。



 パルテナが自国に住む賢者を取られまいと画策するのは予想出来るが、本人が望むのなら国王といえど無理強いは出来ないというのが暗黙の了解なのだ。

 セゴニア王は幼い頃に自国ではなく隣国コルバドに賢者が居る事を凄く悔しく思っていた。



 自分が王になった時には三賢者は既に結婚も定住もしていたので、新たに賢者が現れたらセゴニアに住みたいと思って貰える様にと一時期は賢者の研究に没頭した事もある。

 しかし賢者ソフィア以降何十年も賢者が現れず既に諦めていた、そして今回の報せで情熱が再燃したとしても不思議では無い。



 セゴニア王は賢者の足止めを命じてギルドマスターを下がらせると成人で独身の王子と王孫を呼び出した、婚約者が居る者も合わせて5人。

 いきなり呼び出されて戸惑う王子と王孫、しかも滅多に見ない程機嫌の良いセゴニア王を目の前にしてその戸惑いは大きくなった。



「良く集まってくれた、突然ではあるがお前達には賢者殿をカタヘルナまで迎えに行ってもらいたい」



「賢者…!? 最後の1人も亡くなりましたよね?」



「待って下さい陛下、カタヘルナは大氾濫の最中さなかでは!?」



 王子の2人が戸惑良いながら質問をする。



「その賢者殿のお陰で既に大氾濫は終息したとギルドマスターが報せに来た、新たな賢者の存在と共にな」



「「「「「ッ!?」」」」」



 全員が息を飲む様子にセゴニア王はニヤリと笑った。



「ククッ、此度の賢者殿はサブローと同じく小柄で黒髪黒目の少女らしい。これまで賢者を伴侶とした王族はどこの国にも居らぬ、賢者を正妃に迎えられればこの椅子玉座に座る事も夢では無いぞ?」



 セゴニア王の言葉を聞いて5人の目の色が変わった、ここに居る者達は王の嫡男でも王太子の嫡男でも無い。

 このままではいずれ家臣に降る運命にあった者達ばかりだ。



「賢者殿の好みは分からんからな、其方らの誰かが選ばれる事を願って待っているぞ。王都とカタヘルナの移動は5日掛かる、その移動中が勝負だぞ、出発は明日の朝だ、健闘を祈る。下がって良いぞ」



「「「「「失礼致します」」」」」



 こうしてアイルを狙う勢力のひとつが動き出した。

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