第182話 現場の噂

「お前ら酷くねぇ!? 食う前に探してくれてもいいだろ! オレだって腹減ってたのによ」



 ブツブツ文句を言いながらラーメン3点セットと炒飯を食べるホセに、そっと替え玉とトロトロ角煮を追加したらやっと文句が止まった。

 魔物討伐で動き回ったせいか、かなりお腹が空いていた様だ。



「で、今の状況はどうだ?」



 ホセが食事を平げたのを確認してリカルドが聞いた。



「まず戦況はかなり落ち着いた、アイルが攻撃魔法撃ちまくってくれたのが大きいみたいだな。外壁破壊しそうな魔物は殲滅出来たから夜は見張りだけ立てて戦力温存の為に皆引き上げて来てた。……で、アイルの事は当然噂になってたぞ、情報は錯綜してたけどな。あのエルフ達は火属性の魔法しか使ってなかったらしくて、アイルが他の属性魔法使ったから3人目のエルフが応援に来た、とか。寧ろ遠目にアイルが魔法を使ってるところを見た奴が黒髪の小さいエルフを見た、とか」



「ぶふっ、アイルがエルフだと思われてるんだ!?」



 新しい方の防具を着けていたのにエルフと思われたらしい、エリアスが吹き出して私の胸をチラ見した後プルプル肩を震わせていたので、とりあえずグーで二の腕を殴っておいた。

 そういえばさっきのアリエルと呼ばれたエルフの胸も私よりスッキリしていたね。



「あと黒髪だから賢者サブローの子孫が来てるとか、アイルがエルフじゃないって知ってる一緒にここへ来た23班の連中が賢者なんじゃないかって言ってるらしいぜ。まぁ、あのエルフ達がバラしたら1発で賢者だって広まるだろうけどな」



「あの2人はセゴニアの宮廷魔導師と王立研究所の所長やってるらしいわよ、上で一緒に援護してた人達が言ってたから」



「そういばパルテナに宮廷魔導師は居ないの? ガブリエルは魔法使えるけど研究所員だし」



 セゴニアに居るのならパルテナに居てもおかしくない、だけど王都の夜会でも見なかったし話も聞いた事がなかった。



「あ~、人族の宮廷魔導師が寿命で亡くなってから20年くらい居ないままらしいよ。しかもその人は魔法を使える最後の世代ってだけで強力な魔法使える訳でも魔力量が多いわけでも無かったらしいし。きっと王様もガブリエルを宮廷魔導師にしたかっただろうけど、本人が研究するって我儘言ったんじゃないかなぁ」



 流石エリアス、サラッと知識を披露してくれた。



「他のエルフの誘致は難しかったのかな」



「う~ん、どこかの国が隷属の首輪でエルフを従わそうとしたらしいけど、それを知った他のエルフの仲間達がその国を壊滅させた事があって以来エルフの国から出てくるのはひと握りになったって話だよ」



「うわ~、浅はか過ぎる…。上の人間がそんな考えだったら遅かれ早かれその国はいつか滅びてただろうね。さて、食器片付けちゃうね」



 まだ完全にバレてるとは言い難いので空になった食器をテントに運び込んで洗浄魔法で綺麗にしてからストレージへ収納。

 今夜は休めるみたいだし、ちょっと早いけど皆にも洗浄魔法掛けて寝ようかな。



 外に出ようとしたら何だか騒がしい様な…、洗浄魔法を見られない為に入り口は閉めておいたせいで様子がわからない。

 少しだけ開けて外を覗くと皆が他の冒険者に詰め寄られていた、ほんの1、2分の間に何があったの!?



「だーかーらー! ウチのパーティ用に準備した分しか無ぇって!」



「作った本人に聞いてみないとわからんが、ここにいる全員の分は無いと思うぞ」



「金なら出す! なんならオークションにしてくれてもいいから!」



「あんな良い匂いさせておいて自分達だけってそりゃないぜ!」



 私は無言でそっとテントの入り口を閉めた、どうやらお腹空いてなくても食欲を唆る2大メニューに引き寄せられた冒険者達が押し寄せている様だ。

 チラッと見ただけで20人は居たと思う。



「ア・イ・ル。どうする~? とんでもない事になっちゃったねぇ、あはは」



 エリアス元凶が殊更ゆっくりテントの入り口を開けながら面白がってる笑顔で聞いて来た。

 この騒動はエリアスが匂い撒き散らす系が良いって言ったせいだよね!?



「どうするって言われても…、そうだ! エリアスの分だけ譲ってあげるっていうのはどう? この騒ぎはエリアスが匂い撒き散らす系って言ったからだもんね?」



「え!? いやぁ…、数人にだけあげたら喧嘩になるんじゃないかなぁ? それにアイルの料理だったら何を出しても同じ結果になったと思うし」



「…………」



 無言のままジト目で見るとエリアスはそっと目を逸らした。

 エリアスの後ろではもう限界とばかりにリカルドとホセがこっちをチラチラと見ている。(ビビアナは女性なせいか詰め寄られてはいなかった)



「はぁぁぁ~…、仕方ないなぁ」



 私はパンと大きな音が鳴る様に手を打った。



「ちゅうもーく! カレーだけ…スパイシーな香りの方をひと鍋分放出してあげる。ルーだけなら大銅貨1枚、パンかお米の主食付きなら大銅貨2枚! それでもいいなら器を持って並んで!」



「うわ、ボッタクリじゃねぇ?」



 ホセがボソっと言った。

 だまらっしゃい、他では食べられない上にそれなりのお値段の香辛料たっぷり使って、しかもお気に入りメーカーの味に近付く様に色々改良重ねて作った大事なカレーだもんね。

 しかもちゃんと炊いたお米もフワフワのパンもこの大氾濫スタンピードの最中では貴重だもん、観光地で全ての物が高くなってるのと同じだよ。



 私の言葉を聞いて冒険者達は潮が引くかの様に居なくなった。

 高いと思ったのだろうか、それならそれでカレーが減らなくて良いんだけど。

 ホッとしてテントに戻ろうとしたらバタバタと走る足音が聞こえて来た。



「大銅貨2枚だっ、パンと一緒にくれ!」



 はぁはぁと息を切らせて器を差し出す冒険者、その後ろには次々に器を持った人達が向かって来ていた。

 どうやら器とお金を取りに行っていたらしい、仕方がないので皆に手伝ってもらって給食係よろしくせっせと器に盛る。



 最初20人程度だったはずが、カレーを手にした冒険者が自分のテントに戻って美味い美味いと食べたせいで匂いも拡散し、結局寸胴鍋まるっとひとつ分が空になってしまった。

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