第137話 赤鎧vsアイル
食堂の雰囲気は先程とは違い、まるで見せ物でも楽しんでいるかの様に好奇の目が私達に向けられていた。
「あらぁ、そうだったのね。昔の恋人って訳じゃ無いから安心してちょうだい? それにしても…、随分可愛らしい婚約者候補なのね、リカルド?」
ミランダは数回瞬きして私を下から上までじっくり見てから勝ち誇った様に微笑んで言った。
元カノじゃなくて身体の関係があるという事はセフレ…じゃないな、年齢的に元娼婦とかかな。
たっぷり含みを持たせた「可愛らしい」の言葉にムッとする。
「はぁ、……絡むのはやめてくれ、俺の大事な冒険者仲間なんだ」
ため息を吐いて素っ気ない態度をとるリカルド、しかしミランダは愉しげに微笑んだままだ。
「リカルド、赤鎧ってなぁに? この辺の特産なの?」
敢えてミランダを無視、というか店員さんなので一緒に会話を楽しむ必要は無いのでリカルドに話しかけた。
「え? あ、ああ…、それは雪解け水の川に住む手が鋏でこれくらいの大きさの蜘蛛みたいな脚がついてる魔物の子供だな。大人は大き過ぎてテーブルに収まらないくらい大きいが美味いんだ、硬くて茹でると真っ赤になるから赤鎧と言う。慣れていないと攻略が難しい事でも有名で鎧を装備している様だからという説もある」
これくらい、と言ってリカルドはバスケットボールくらいを手で表した。
フォルムが丸っこいから蟹なんだろうか、蜘蛛みたいならタカアシガニかズワイガニ…でも川に住んでるのかぁ…、これは食べて確認する案件だね。
「お姉さん赤鎧ひとつ。あと海鮮ピザね、皆はもう決まってるの?」
「え? 蜘蛛みたいって聞いて食べる気なの? あ、僕は大蜥蜴のステーキとパンね」
エリアスはリカルドの説明を聞いてちょっと引いた様だ、しかしちゃっかり自分の注文は決めていた。
他の皆も次々に注文したのでミランダは毒気を抜かれた様に注文をメモしている。
「美味しい特産品と言うなら食べないという選択肢は無いでしょ」
むふぅ、と鼻から息を吐く。
周りは期待したキャットファイトが始まらず肩透かしを食らった様だったが、私が赤鎧を注文するとまたニヤついてこっちを観察している人達が居た。
きっと会話を聞いて赤鎧を攻略出来ずにモタつく姿を楽しみにしているのだろう。
そして待つ事暫し、ビールのジョッキが5つと真っ赤に茹で上がり、湯気が立つ巨大なズワイガニ(にしか見えない)が運ばれて来た。
私はその姿を見た瞬間こう思った、「勝った」と。
数年に1度母が発作的に蟹が食べたいと言い出すので家族旅行で食べ放題に行っていたのだ、初回は隣のテーブルにどんどん残骸が積まれていくのを横目にもたもたと数杯しか食べられなかったが、2回目からは動画で研究とイメトレして腕を上げていったという実績がある。
「うぉ、何だコレ。気持ち悪ぃ、本当に食えるのか? 匂いは悪くねぇけどよ」
「色は赤だからそんなに蜘蛛のイメージは無いけど、いきなり出されたら躊躇する姿ではあるわね」
「それよりビール5杯あるって事は私も飲んでいいの!?」
蟹に日本酒が最高だけど、ビールでも十分美味しいからね!
目の前に置かれたジョッキを見つつゴクリと唾を飲み込んだ、これでダメって言われたらここで泣いてやる。
「うふふ、3杯までね」
「やったぁ! ありがと! 頑張って解体しちゃう!」
私はおもむろに立ち上がって赤鎧をひっくり返すと脚を内側に折り畳む様にして全て外し、フンドシをメキャッと剥ぎ取った。
この時点でリカルド以外が顔を引き攣らせていたが気にしない。
「ふんっ」
ちょっと硬かったけど脚が付いていた部分に指を引っ掛けて半分に折るかの様に持ち上げ、反対も同じ様に外すと蟹味噌が甲羅に残った。
ニンマリと笑って思わず舌舐めずりをしつつ食べられない部分を外して本体を脚1本の細さにバラして身を押し出し蟹味噌の残る甲羅へとペイペイっと放り込む。
次に脚を関節で折って赤い部分を下にして半分に折り、これまたちょっと硬いけど端っこをギュッと押さえるとピュッと身が飛び出るのでその状態の物を並べていく。
これは某女将さんのむきむき動画で習得した技だ、その様子を呆然と見ているギャラリー達、ふはははは、刮目せよ!!
「おーわりっと」
最後に他の料理と一緒に運ばれて来たフィンガーボウルで手を洗って着席した。
「すげぇ…」
「めちゃくちゃ早かったぞ」
「何モンだあの嬢ちゃん」
ヒソヒソと周りでギャラリー達が囀っているが、さっきのミランダとの遣り取りが頭から抜けた様なので良かった。
「ささ、冷めない内に食べようよ。はむっ…~んまぁ~い!! 大きいからタラバに負けない肉厚さなのに味はボヤけてなくて旨味がギュッと濃縮されてる! やっぱり雪解け水で育ってるから身が引き締まってるんだろうね、お高いだけの価値があるよ! っ…ぷはぁっ、最高!!」
何気に赤鎧の値段は他の料理に比べてお高い、銀貨2枚だけどその価値は十分にある。
身の甘さとビールの苦味のハーモニーに感動しつつ赤鎧に手を伸ばしていると、皆も手を伸ばし…あっという間に甲羅の中の身も消えた。
「見た目を裏切る美味しさだったわね!」
「これなら高くても名物になるのがわかるぜ」
「買って帰りたいなぁ、アイル、買っ「当然でしょ!」
エリアスの要望に食い気味に答えて親指を立てた。
むしろ自分達で獲りに行ってもいいくらいだ、赤鎧に夢中でちょっと冷めちゃったけど、ピザも美味しいしこの店いいなぁ。
「うふふ~、リカルド、この店に連れてきてくれてありがとぉ!」
追加でおかず兼おツマミをビールと共に注文しつつほろ酔いになった私は上機嫌でリカルドにお礼を言った。
「アイル、お礼だったら頬にキスくらいしてあげたら?」
「あはは、良いよ~」
「え? あ、おい」
「よっこいせ、リカルドありがと~! んちゅう」
私はリカルドの膝の上によじ登ると首に手を回して頬にキスをした、ちゃんと覚えてる、移動で疲れていた事もあってそのままリカルドの膝の上で眠っちゃった事も。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます