第129話 バウムクーヘン

 森と言うには木が疎ら過ぎる土地を走り抜けると、柵に囲われた町があった。

 緩やかな坂になっているその街は半分農地という長閑な風景だ、領主の館と思われる1番高い場所に建てられている建物は私達の家よりは多少大きい程度に見える。



 街道に沿って町に向かうと柵の切れ目に申し訳程度の装備を着けた衛兵が2人立っていた。

 リカルドを先頭に近付いて行くと衛兵は戸惑いの声を上げる。



「身分証…って、もしかして…リカルド様!?」



 リカルドと同じくらいの年齢だからリカルドの事を知っているのだろう、私と同じくらいの衛兵がその言葉を聞いて奥へと走って行った。



「はは…、バシリオか、久しぶりだな」



 リカルドはポリポリと頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべる。



「本当に…! 心配していたんですからね!? 無事で良かった、戻って来られて領主様もお喜びになるでしょう。もしかして後ろの美しい方は奥方様ですか!? それでお戻りに!?」



 衛兵は瞳を潤ませながらもビビアナを見て目を輝かせた、そういやこの世界だと26歳は男性でも結婚してて当たり前の年齢だもんね。

 衛兵は興奮してて暫くリカルドを離してくれなさそうだ。



「先に町に入ってバウムクーヘンのお店探してちゃダメかなぁ…」



 ポツリと呟くとホセが吹き出した。



「ぶっ、お前どんだけバウムクーヘン食いてぇんだよ、リカルド置いて入る気か?」



「ははは、すまないなアイル。バシリオ、ここに居るのは俺の冒険者パーティの仲間達だ、Aランクに昇格したのと同時にパルテナからタリファスへの護衛依頼で来たから家族に顔を見せて安心させに来たんだよ。その仲間がバウムクーヘンはシンプルが1番と言うから店に連れて行く約束をしているんだ」



「是非寄ってやって下さい! 親父も喜びますから」



 衛兵が嬉しそうに言うので首を傾げると、満面の笑みで話しかけてきた。



「お嬢ちゃんはバウムクーヘンが好きなんだね。この街にバウムクーヘンの店はウチの親父がやってる一軒しか無いが、その道一筋40年以上で近隣でも評判だから期待していいぞ」



 明らかに子供扱いなお嬢ちゃん呼ばわりも気にならない程、私の期待値は爆上がりした。



「うわぁ、楽しみ! 早く! 早く行こう、売り切れちゃうかもしれないし!」



「ははは、祭りでも無い限りそうそう売り切れたりしないよ。でもそんなに楽しみにされちゃこれ以上引き止められませんね」



 バシリオと呼ばれた衛兵は笑いながらリカルドに視線を移し、私達が通れる様に道を開けた。

 奥に走っていった衛兵は一体何処へ行ったんだろう、戻って来てないけど。

 そんな事を考えながらリカルドの後を馬に乗ったままゆっくり移動していると、ふわりと甘い香りがした。



「ほら、あそこだ。バウムクーヘンは数日保つから今は明日の分を焼いているのかもしれないな」



「ちょっと行ってくる! ホセ止まって!」



「どぅどぅ」



 ホセが手綱を引いて馬を止めてくれたのでピョイと降りて店へと駆け出した。

 店を覗くとバシリオによく似たおじさんが長いバウムクーヘンから芯棒を抜き取っているところだった。

 店には切り株状態の物が3つだけ残っていたので2つは自腹で私専用にしよう、作業が終わるのを待っておじさんに声を掛ける。



「く~ださ~いな!」



「ん? 1つ大銅貨2枚だよ」



「おじさん、アレはいくら?」



 私は焼きたての端のカットもしてない長いバウムクーヘンを指差した。

 初めて見る幼い容姿の私がそんな事を言ったのでおじさんが驚いている。



「お嬢ちゃん、アレを買うと銀貨は必要なんだが…、それに持って帰るのが大変だぞ?」



 どうやら儲けより私の心配をしてくれている様だ、誠実な良い人らしい。



「大丈夫だから売ってやってくれ」



 下馬して馬を引いたリカルドが私の後ろから声を掛けた。



「リ…リカルド坊ちゃん!?」



「「「「ぶはっ」」」」



「………坊ちゃんはやめてくれと何度も言った筈だが」



 なんてお約束な展開、実家の使用人達に呼ばれるかもしれないと思ってたけど、まさか町でその呼び方されてるなんて!

 私達は4人共笑いを堪えて肩をプルプル震わせている。



「あ、いや、すみません、驚いてつい。いつお戻りに!?」



「さっき到着したんだ、この子は俺の冒険者仲間でちゃんとお金は持ってるから欲しいだけ売ってやってくれ」



「は、はぁ…」



 信じられないとばかりに私とリカルドを見比べつつも売ってくれた、焼き立てを一部すぐに食べられる様にカットしてもらって皆で味見。

 味がまだ落ち着いて無いけど、焼き立てだからこそのバターの香りが鼻腔を擽る、これは冷ましたら乾燥しない様に箱に入れて1日寝かせたらもっと美味しいかも。



「んん~♡ 流石この道40年以上…!」



「な、何でそれを…?」



「はは、さっきバシリオが門に居たからな」



「なるほど、あいつの事だからまたくっちゃべってリカルド様を引き留めたんでしょ」



「まぁ…、否定はしないな」



 無事にバウムクーヘンを手に入れた私達は銀貨2枚を支払い店をあとにした。

 緩やかな坂を上がって行くと少しずつリカルドの緊張が高まっていくのが伝わって来る。



「「リカルド!」」



「「お兄様!」」



「「「リカルド様!」」」



 屋敷に近付くと門の前に立つ数人の人影から嬉しそうな声が上がった、その中にはリカルドとよく似た青い髪も見える、きっとリカルドの家族だろう。

 今頃になってやっぱり家族と離れたく無いとリカルドが言い出したらどうしようという不安が込み上げた。

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