第102話 意外な特技

「はぁい」



 受付のお姉さんの呼びかけに返事をしたらすぐにドアが開いた、エドがお姉さんを押し退ける様に部屋に入って来たのだ。

 ちょっと待って欲しかった、今の私の体勢はホセにベッドの上で押さえ付けられている訳で…。



「アイル…!?」



 体勢に驚いたのかエドは固まってしまい、お姉さんは気をきかせて(?)そっとドアを閉めて居なくなった。

 ホセもすぐに退いてくれたらいいのに驚いて動きが止まっている。



「それは私も一緒にと誘っているのかね? どうせなら初めては2人だけの方が「何言ってんの!? マッサージの途中でジャレてただけだから!! 周り見てよ、仲間達も居るでしょう!?」



 何を言い出すんだコイツは、周りに人が居るのにベッドの上イコールでその発想って…どれだけ爛れた生活していたんだ。

 勘違いされた恥ずかしさと思わず想像しそうになった内容のせいで頬に熱が集まる。



「そうか、少々残念な気もするが…マッサージなら私がしようか? こう見えて得意なんだよ、アイルにだったらいつでも喜んでしてあげるが?」



「え!? 本当!?」



「うわっ」



 エドの登場で戸惑っていたホセをペイっと跳ね除けて起き上がる。

 バランスを崩したホセは隣のリカルドのベッドに避難した、皆もいるからエドも妙な事はしないだろうと、私はベッドにいそいそとうつ伏せになった。



「ふふふ、極上の時間をアイルにプレゼントしてあげよう」



 エドはスーツのジャケットを脱ぐと脚からマッサージを始めた、絶妙な力加減で最高に気持ち良い。



「ふわぁ…、エド、すっごく上手…、気持ち良い…」



「本当に気持ち良さそうね、あたしもしてもらいたいわ」



「悪いがアイル以外にしてやるつもりは無い」



 ふにゃふにゃになってる私を見てビビアナが言ったがエドはピシャリと断った。



「ビビアナには後で私がしてあげるよ~、脚のマッサージは人にした事なかったからエドのは勉強になるなぁ」



 お尻にも手が伸びて一瞬ビクッとなったが、私が必要としたマッサージは正にコレ、痛いけど「凝りを解してます!」という感じが好き。



「いててて…」



「はは、長いこと馬に乗ってたせいか可愛いお尻が凝ってるね、ちゃんと解してあげるよ」



 セクハラ? コレはセクハラ発言なの?

 日本で鍼に行った時、歳の近い男性が担当になって下着チラ見えしたら気まずいかと思ってカップ付きのタンクトップを着てるという話をしたら「そんなの気にしてたら施術出来ないから気にしない」と言っていた。



 また別のマッサージ師の下心なんて持ってたらちゃんとやれない、という意見も聞いた事がある。

 エドの発言も「可愛い」が付いてなければ普通の言葉だしな…、でも鍼の担当者肩紐を結構際どいところまでズラしてたのに休みで他の人に担当してもらったら肩紐ズラさずやってたから怪しかったのか…?

 何気に横向きに寝ると胸の谷間が強調されてちょっと恥ずかしかったんだよね。



 背中や肩に手が移動し、エドが筋肉質なせいか温かい手でマッサージされて眠気に襲われ思考が鈍る。

 このまま眠ってしまいそう、話しかけられて何とか答えているけど何話したか覚えて無いかも。



「あったかいてがきもちいい…、ほんとじょうず…」



「それは良かった、人体の構造には結構詳しくてね、以前からマッサージは得意なんだ」



「あぁ…、あんさつしゃしてたらじんたいこうぞうくわしくないとだめだもんね…」



「ッ!? アイル、何故それを…!?」



 もう寝そう、というところでいきなりエドの身体が強張った。

 同時に仲間達が厳戒態勢に入ったのが感じられた。



「んん…? どうしたの?」



「アイル、何故私の過去を知っているんだい?」



 声色は優しいまま手は肩や首をゆっくり解しているが、しかし空気がピリついているのを感じる。

 お陰で寝惚けた頭がハッキリしてきた。



「え? エドが裏社会出身なのって公然の秘密じゃないの? 裏社会って言ったら暗殺組織、それに騎士からの呼び出しがあった時の身のこなしからして実行役だろうし。それを知った上で身を任せてるんだけど?」



 首を動かし、肩越しにエドに微笑みかけた。 

 まぁ、側に仲間が居るっていうのも大きいんだけど、それは言わなくても良いだろう。

 2人きりの時にこのマッサージを受けるかどうかと言われたら断っていたと思う、むしろ命より貞操の危機だと思う。




[side エドガルド]


 アイルと出会ってから私の人生は一変した、人は恐怖で縛るのが1番手取り早く、力でねじ伏せるのが簡単だ…そう思っていた。

 しかしアイルは力にも恐怖にも大した事は無いと言わんばかりに対抗し、逆に私をねじ伏せた。



 今まで感じた事の無い感情が生まれ、アイルの意に沿う様に行動した結果、多少忙しくはなったもののこれまでの人望とは比べ物にならないくらいに人心を掌握出来た。

 そして護衛依頼で王都へ行っている間、妙な輩に目をつけられないか心配で、あれだけ可愛かったアルトゥロにさえ呆れた眼差しを向けられる程に心が乱れた。



 そして待ち望んでいたアイル帰還の連絡を受けて宿泊している宿へと急いだ、宿の者がドアの前で声を掛けると愛らしい声で返事が聞こえ、我慢出来ずに宿の者を押し退ける様にドアを開けると信じられない光景が目に飛び込んで来た。



 パーティ仲間の獣人に組み敷かれているアイル、その状態で対応するという事は3人で楽しい時間を過ごそうと…!?

 思わずあらぬところが元気になりかけたがアイルに否定されてしまった。

 やはり初めての時は2人きりが良いという事だな、うん。



 マッサージをしていたというので自ら買って出た、暗殺者になる為に人体構造には詳しいし、ターゲットに取り入る為にマッサージの訓練も受けていたから得意だ。

 何よりこの手でアイルに触れる絶好のチャンスだしな。



 さっき宿に着いたばかりでアイルの小さな身体は疲労が溜まっている様だった、優しく解していくと手放しで褒めてくれた。

 そして馬に乗って移動していたので可愛らしいお尻に触れると軽く押しただけで痛みを訴える程に疲れている。



 本来指先を触れるだけで良かったが、役得として掌全体で形の良いお尻を包み込む。

 一瞬だけ身体に力が入ったが、すぐにまた力が抜け、私に身を任せてくれているのだという事に歓喜で心が震えた。



 気持ち良くて眠くなったのか、話し方もゆっくりになった事に思わず笑みが浮かんだ。

 しかしアイルの口から私が過去に暗殺者をしていた事が語られて動揺した、何とか心を落ち着かせて何故知っているのか問いかけた、さりげなくいつでも押さえ付けられる様に首元へと手を動かしながら。



 こんな会話でなければアイルの赤児の様な肌理の細かいしっとりとした肌をじっくり堪能するのに。

 アイルのパーティ仲間も私の動きを警戒しているのがわかった、しかしアイルはあっさりと公然の秘密となっている噂から推測し、そして元暗殺者だとわかっていて私に身を任せていると言ってくれた。



 アイルという人物を知れば知る程心が惹かれる、今すぐ連れて帰ってこの身と心を捧げて尽くしたいと思うが、アイルはそれを望まないだろう。

 マッサージを終えるとお礼兼お土産だと言って氷で冷やされた新鮮な魚の切り身を手渡され、その魚を使った夕食を共にする約束をとりつけて一旦仕事に戻る事にした。



 住居兼仕事場へと戻ると途中で放り出した仕事と共に、無言で不機嫌さを撒き散らすアルトゥロが待ち構えていたが。

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