第103話 エドと食事

「アイル、1人で大丈夫なのか?」



「大丈夫だよ、…多分。お酒は飲まない様にするし」



 心配そうにしているリカルドを宥めつつお迎えの馬車が来たと言うので部屋を出た。

 宿を出ると「愛想? それって美味しい?」と言わんばかりに無表情のアルトゥロが待っていた。



「アイル様、お迎えにあがりました」



「私に丁寧なアルトゥロだなんて背中がゾワッとする! 普通でいいよ!?」



 貴族を相手にしているかの様に頭を下げるアルトゥロに対し、思わず思った事が正直に口から出てしまった。



「…………今夜のアイル様はエドガルド様の正式なお客様ですので」



 なる程、前回拉致られた時はアルトゥロ達と同じエドの愛人候補くらいにしか思って無かったから雑な対応でも許されたけど、今回は大事なお客様というカテゴリーって訳か。



 内心では私の事を罵倒してそうだけど、実害が無いだけ良しとしよう。

 馬車に乗り込む時に手を差し出されたりとどこぞの令嬢の様な扱いにソワソワしつつもエドの屋敷へと移動した。



 移動中に馬車の窓から外を眺めていて貧民街スラムの様子が前回と違う事に気付いた。

 虚ろな目で座り込んでいる人が見当たらない、酒瓶片手のお爺さん達の姿も。



「何か…雰囲気が変わったね…?」



「それはそうでしょう、エドガルド様が治安を良くする為に奔走しておられたのですから。私財により破落戸ごろつき達を雇って警備に回し、年寄り達には仕事中は酒を飲まない事を条件に孤児達に持っている技術を教えさせたりと………僕が子供の時にそうしてくれていたら…」



「アルトゥロ…」



 最後に遠い目をして呟いたアルトゥロに何と声を掛けたら良いのか分からず言葉が続かなかった。



「あ、いえ、何でもありません。一部の者以外には貴女の言葉が切っ掛けというのは知られていないのでエドガルド様が尽力されてとても安全で過ごしやすくなったと街での評判は素晴らしいものになってます。衛兵が動かない小さな揉め事にも店が登録料を払っていれば手助けする仕組みになっているので以前より商人ギルドを掌握出来てますし」



 それってみかじめ料とかいうやつなのでは…!?

 でもまぁ、クマノミとイソギンチャクよろしく助け合いになってるならアリかな。

 屋敷に到着すると見覚えのある厳つい人達が門番をしていた。



「「お待ちしておりました」」



「!?」



 馬車を降りた途端に見た目に似つかわしく無い言葉を掛けられ、思わず固まってしまった。



「いやぁ、お嬢さんの発案だったんだろ? ここの治安良くするっての、今まで遠巻きにされてた俺達がよ、今じゃ皆に感謝されてお礼言われるなんて昔じゃ考えられなかったからな。だからずっとお礼が言いたかったんだ、お嬢さんに感謝してんのは俺達だけじゃねえから代表して言わせて貰うぜ、ありがとよ」



 1人が照れ臭そうにスキンヘッドの頭をポリポリ掻きながら言った。



「私は提案しただけで何もしてないわ、頑張ったのはあなた達なんだから胸を張って良いと思うわよ?」



「ははっ、そうか…」



 鼻を人差し指で擦りながら目尻に光るものが見えた、鬼の目にも涙…見た目で思わずそう思った私は悪く無いと思う。

 食堂へと通されるとエドが着飾って待っていた、防具は外しているものの冒険者スタイルで来てしまって申し訳無いレベルだ。



 本当は街中を歩く用のワンピースを着て来ようかと思ったけど、仲間達に反対されてしまったのだから仕方ない。

 結局何かあった場合にいつでも俊敏に動ける様にとこの格好になったのだ、その事からわかる様にエドの信用は殆ど無い。



 私個人としては王都へ向かう時に私の変化に気付いてくれたのでエドの株は爆上がりしている。

 これで良識を持って変態じゃ無ければ、仕事も出来るし今のところ一途で誠実だからかなりいい男だと言えるだろう。



「ようこそアイル。お腹は空かせて来てくれたかな? アイルがくれたお土産で料理人が張り切っていたから楽しみにしてくれていいよ」



「うん、お腹空いたから早く食べたいわ」



 20畳程ありそうな食堂にしてはこじんまりとしたテーブルが置かれている、床に残る跡を見る限りテーブルを入れ替えた様だ。

 大きいテーブルだと距離があるから会話しやすい様に…なんだろうか。



 誘惑を跳ね退け食前酒を断り果実水にしてもらった、アルコールの匂いさせて帰ったらホセに絶対バレるし。

 運ばれて来る料理は絶品だった、そして魚料理とソルベの後に出てきたメインディッシュに刺身…、うん、刺身には違い無いが魚では無く肉が運ばれて来た。



「これは…馬刺し?」



 個人的にはニンニク醤油や生姜醤油よりわさび醤油にネギで食べるのが好きだ。

 もにゅもにゅとした食感を楽しみながら味わう。



「ほぅ…、アイルは食べた事があったんだね。馬肉は貴重だから珍しいかと思って出したんだが…食べ方も綺麗だしアイルは貴族なのかい?」



 この世界で馬は貴重な労働力なのでその辺の馬でも家一軒くらいの値段はする。

 不慮の事故に遭ってもポーションで回復させる為、食肉になる事は滅多に無い。

 なので私が食べたのは日本でだけだったりする、九州へ旅行に行った時や取り扱ってる居酒屋で食べたくらいかな。



「違うよ、貴族にならないかと誘われた事はあったけどね」



「それは…断ったと判断していいのかな?」



「もちろん、私は冒険者を続けたいし」



「良かった、貴族になってしまったらまともに話も出来なくなってしまうからね、その原因を潰さなくてはならないところだったよ」



 ニコニコしているが言っている事はかなり物騒だ、やはりエドには良識やら常識が欠けている気がする。



「あはは…。あ、そういえばエドから貰ったドレスがあって助かったんだ、ありがとね」



「え…!? アレを着てくれたのかい!? だったら今夜着て来て貰えば良かったなぁ。私もアイルが着たところを見たかった、いつ着る様な場面が?」



「ガブリエル…王立研究所員のエルフの彼ね、そのガブリエルが夜会に出なきゃいけなくて、その時パートナーとして出席したの。暗器も扱いやすいデザインだったから助かったわ」



「!? 暗器が必要になる様な危険がアイルの身に?」



 エドの身体から殺気が漏れ出す、その空気を感じ取ったのかアルトゥロや控えていた給仕が息を飲んだ。



「違う違う、同席していたお…っとぉ、コレは秘密にしなきゃいけない事だから内緒。危なかった、ポロっと国家機密をバラしちゃうところだったよ、あはは。ふぅ、このデザートのケーキも美味しいね」



 違う意味でアルトゥロ達は再び固まってしまったけど、エドは国家機密に触れるなんて流石アイルだ、なんて笑っていた。

 帰りにはエドと何故か更に対応が丁寧になったアルトゥロに馬車で送って貰い、エドは翌日必ず見送りに来ると言い残して帰って行き、私はホセに匂いチェックされた。

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