第88話 サブローが遺したもの
タイチさんの誤解を解いたあと、ガブリエルがサブローと知り合いだという事で、酒屋巡りを中断してガブリエルの屋敷でゆっくり話す事になった。
タイチさんは自分の乗って来た馬車で移動し、正式な客という事でサロンでお茶を飲んでいる。
ビビアナもエステが終わって合流し、タイチと挨拶を交わしたが、さりげなくビビアナの胸をチラリと見たのを目撃した。
そして意外な事に先入観持たれてる者あるあるでタイチさんとラファエルが意気投合した。
タイチさんは賢者の玄孫という事で知識が凄いとか、魔法が使えるとか思われてたりするので違うとわかった時にガッカリされるのがツライと愚痴り、ラファエルもエルフだからと魔法を使えるのが当たり前と思われて、魔法が使えないと言うのがツライと言って硬く手を握り合っていた。
「それにしても…ぷぷっ、アイルを娘と勘違いしちゃうなんて…」
「いやぁ、ウチの一族以外で黒髪黒目なんて見た事無かったし、しかも男しか産まれてないから娘が出来たと舞い上ってしまって…」
ガブリエルはまだ私が小さい子扱いされた事で笑いがおさまっておらず、その話題になる度に笑っている。
タイチさんはというと、娘が欲しかったのもあったらしく、違うとわかって凄くガッカリしていた。
「タイチさんもサブローの子孫なら背が低かったり、若く見られる人もいるでしょうに…」
ソファの隅っこでブチブチと文句を言っていたらタイチさんが期待の籠った眼差しで話し掛けてきた。
「アイル…だったね、タイチさんなんて丁寧な呼び方しなくても…俺は独身だけど、君さえ良かったらお父さん…って呼んでくれてもいいんだよ?」
「呼ばない!」
「まぁまぁ、アイル、君の事だからタイチに何か聞きたい事があると思ったんだけど?」
タイチさん…タイチは最初に私を娘と思い込んだせいか、娘として扱いたいらしい。
そっぽい向いて拒否してたらガブリエルが仲裁してきた、確かに他に残した知識とかあるか聞いてみたい。
拒否したすぐに質問するのはどうかとも思ったが、大事な事だから聞いておかなきゃ。
「うん…、タイチ…に聞きたいんだけど、賢者サブローが伝えた食べ物に関するものって味噌と醤油と味醂とお酒だけ?」
「え? ちょっと待ってくれな、う~ん…」
タイチは天井を見上げながらブツブツと指折り数えている、折られた指の数は4本以上あって、折られた指が今度はいくつか起こされた。
期待に胸が膨らみソワソワと思い出し終わるのを待つ。
「ふふっ、アイルったら目がキラキラしてるわ」
「何だかんだアイツ食うの好きだもんな」
「お陰で僕達も美味しいもの食べられてるんだけどね」
「
「大丈夫だよぅ、いざとなったら陛下にお願いして輸入してもらうから」
何やら皆がヒソヒソと話しているが、私はタイチの指が動く度に少しずつ近寄って行った。
広げられた手から再び指が折られ出し、ふとタイチが動きを止める。
「思い出すと結構あるなぁ、書き出した方がいいかも。アイルは全部知りたい?」
急いで鞄から出すフリでストレージから筆記用具を出すと、差し出しながらコクコクと頷く。
私の反応を見てタイチはニンマリと笑った、嫌な予感しかしない。
「それじゃあ…1度でいいから俺の事お父さんって呼んでみてくれない? そうしたら書いてあげる」
まだそのネタ引っ張るの!?
改めて言えって言われると何だか凄く恥ずかしいのは気のせいだろうか。
だけどお店で取り寄せしてもらうにも商品名がわからないとできないだろうし…。
視線を彷徨わせつつ迷ったが、一瞬恥ずかしいの我慢すればいいだけなんだからと自分の言い聞かせて覚悟を決めた。
チラリとタイチを見るとペンを片手に期待した笑顔を向けている。
「お、お父さん…」
もじもじしながらその言葉を声に出した途端、女神様が見せてくれた私のベッドに背中を預けながらお酒を飲む父の姿がオーバーラップして涙が溢れ出す。
止まらなくなった涙に、思い出す事も少なくなった向こうの世界にまだ未練がある事を自覚させられた。
「え? え? アイル、どうしたんだい!?」
私が泣き出したのでタイチはオロオロし、ビビアナがそっと私を抱きしめる。
「タイチがお父さんなんて呼ばせるから家族の事を思い出しちゃったのよ、お詫びとして早く書いてあげなさい」
「ひっく…あ、ありがと…ビビアナ…」
震える声でお礼を言いながらビビアナの胸に顔を埋めると、それを羨ましそうに見ていたらしいタイチがビビアナに怒られて急いで書き出してくれた。
書き終わる頃には私も泣き止み、一覧を見せてもらうと殆どはお粥やすき焼き等の料理名だったが、私の目を引いたのは『ひやむぎ』と『たれみそ』だった。
「タイチ、このたれみそって何?」
「そこにも書いてあるひやむぎってやつを食べる時につけて食べる調味料だよ。俺は作っては無いからよく知らないけど、ウチの味噌から出る醤油に出汁や何かを混ぜて作ってるんだ」
万能調味料のひとつ麺つゆキターーー!
名前的にもっと濃いものかと思った、残念ながら白だしは無かったけど麺つゆの存在は大きい。
「これって
タイチににじり寄る様に質問を被せ、さっき居た店にも置いてあるとの情報をゲットした。
「さっき泣いたのは何だったんだよ…」
上機嫌の私の耳には、そんなホセの呆れた呟きなんて聞こえるはずも無かった。
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