第87話 賢者サブローの玄孫

「店主、試飲はできるかい?」



「はい、こちらに並んでいるものでしたらございます」



 賢者サブローが定住した国の輸入品の店に到着したら、ガブリエルが貴族だからか店主が案内してくれている。

 試飲用の小さなカップを手に取ろうとしたら直前でホセがサッと取り上げてしまった。



「ちょ、ホセ! 少しだけだから酔わないよ、私も試飲するんだから返して!」



「待て待て、そんな事言っても数種類試飲するんだろ? それに他の酒屋でも試飲するならもうちょっと減らしておいた方が良いって」



 そう言うと自分が飲み終わったカップに私の分のカップから半分以上移し替えてしまった、返されたカップに残っているのは刺身醤油程度の量。

 頬を最大まで膨らませて無言で睨みつけ、抗議の意を表明したがホセはしれっと移し替えた分を飲んでしまった。



「ん? 要らないならオレが飲んでやろうか?」



「飲むもん!」



 私達のそんなやり取りを店主は苦笑いして見守っていて、そして次のお酒から私の分だけ凄く少なくされてしまった…。



「これは甘い酒で好き嫌いが分かれるんですが…」



 そう言って店主が出したのは飴色のお酒、匂いを嗅ぐと少し発酵中のパンの様な…。



「うぅむ、俺はちょっと苦手だな…」



 リカルドが顔を顰めている横で私はプルプルと震えていた、実際飲んだ事は無かったけどコレは多分アレだ。



「味醂…! こっ、コレ出来るだけ欲しいんですけど…!」



「「「「「は?」」」」」



 その場に居たガブリエル以外の人…店主までもが呆気にとられた声を出した。



「おいおい、出来るだけって…毎日飲むつもりか?」



「違うよ、コレはお酒でもあるけど調味料なの! コレがあれば照り焼きとかバージョンアップ出来るんだよ!?」



「ほぅ? テリヤキとは?」



 ホセとの会話に店主が入って来た、照り焼きって和食なのに賢者サブローが伝えてないはずは…、もしかして照り焼きも結構新しい料理?

 ドラマ化もした某漫画で信長の時代に無いのは知ってたけど。



「照り焼きは味醂と醤油を使った艶やかな照りが出る料理…かな?」



「なるほど、私も知らないモノをご存知とは…その髪と目の色といい、もしやお嬢さんは賢者サブローの縁の方ですかな? そういえば今日到着する予定だと…「店主! 居るか!?」



 いきなり店内に大きな声が響いた、入り口の方で他の店員が「伯爵様の接客をしてますので」と止めているのが聞こえる。



「噂をすれば…ですね、やはりお嬢さんはタイチ殿の娘さんでしたか。少々失礼しますね」



 店主はニコニコしながらそう言うと店の入り口に向かった、今タイチって言った!?

 久々に耳にしたサブロー以外の日本人の名前に思わず反応した。



「何か誤解されてねぇ?」



「だよね、タイチって名前からすると賢者サブローの子孫だとは思うけど…。会えば違うってわかるだろうから誤解も解けるでしょ、それより味醂の在庫ってどのくらいあるんだろ…」



「俺は凄く嫌な予感がする」



「おいやめろ、リカルドの嫌な予感って結構当たるんだからよ! アイル、オレ達から離れるな」



「でもいざとなったらガブリエルの屋敷に逃げ込めばいいんじゃない? その時は僕達が足止めしてガブリエルとラファエルにアイルを任せよう」



「わかった、任せて!」



 ガブリエルが機嫌良く答えた時、入り口の方から店主が20代半ばくらいの男性を伴って戻って来た。

 久しぶり自分以外で見る黒髪、真っ黒では無いものの、今時であればこのくらいの髪色は普通に居る。

 瞳の色も室内であれば黒に見え、顔立ちもちょっと濃いめ程度の日本人顔だった。



「珍しい黒髪黒目だったのですぐにわかりましたよ、タイチ殿の娘さんなんでしょう?」



「まさか…、確かに10年前この国に来た時アルマという娼婦に入れ込んだが…その時の!? 知らなかった…、いや、知らなくてすまない…お父さんだよ」



 タイチさんは目を潤ませてヨロヨロと近付いて来たので、皆はポカンとしている。

 そして気付いた時には力強く抱き締められていた。



「ちょ、ちょっと待って、違う! 違うから! 私賢者の子孫じゃない!」



「そうか、母親に知らされてなかったんだね。アルマとは一緒に暮らして無いのかい? 優しそうな目元は母親譲りかな?」



 ジタバタと暴れていたら肩を掴み身体を離すと顔を覗き込んで勘違いを暴走させている、だがこちらには間違いを裏付ける事実がちゃんとあるのだ。



「私…っ、15歳だから!!」



「「えっ!?」」



 私の言葉にタイチさんと店主が驚きの声を上げた。



「「「「ぶはっ」」」」



 希望エスペランサの皆は思い切り吹き出して肩を震わせている、そう、さっきタイチさんは入れ込んだと言ったのだ。

 つまりは10歳くらいに見られているという事、首から下げているギルドカードを服の中から引っ張り出して年齢がわかる様に見せつけると2人は言葉を失った。

 タイチさんが20代半ばという事は15年前は10歳くらい、流石に子供をつくってるという事はないだろう。



「あはは、本当にアイルと居ると退屈しないねぇ」



 呑気に笑うガブリエルの言葉にラファエルも複雑そうな顔で頷いた。

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