第86話 アイル、口が滑る

「お帰りなさいませ! お待ち…お待ち申し上げておりました!」



 王都に到着し、ガブリエルの屋敷に帰ると家令のおじ様が心の底から待っていたと言わんばかりにお出迎えしてくれた。

 後から出てきたラファエルもホッとしている、何かあったのか首を傾げていたらリビングでお茶を飲みながらラファエルが話してくれた。



「兄さんが2日に1回は自分も港町に行くとか、毎日研究所に行く前に行きたくない、やる気が出ないと言っては機嫌が悪かったんだ。アイルに関して呼び出しではないけど王太子がいつでも遊びに来ていいと言ってるとかで更に機嫌が悪くなってたし…。皆が帰って来たからこれで機嫌も直るかな」



「オレ達が遊んでる間も仕事してたわけだから仕方ねぇな、帰って来たら構ってやれよ」



 ホセが揶揄う様に私に話を振ってきた。



「構うってどうすればいいの? 犬なら撫でたり散歩すればいいけどガブリエルだもん」



「うふふ、バカね、男相手に構うと言えばデートしか無いでしょ! あ、明日の夜はセシリオとデートの約束してるから夕食は要らないわ」



 唇を尖らせつつ愚痴るとビビアナが笑みを浮かべつつキッパリと言い切った。



「デートかぁ…、休みの日に出掛けるのはアリだね、酒屋巡りもしたいし」



「ちょっと待て、酒屋巡りをするのなら俺達の誰かも一緒に連れて行く様に。ガブリエルだけだとアイルが試飲しても止めたりしないだろうからな」



「「「確かに」」」



 リカルドの言葉に3人が頷き、ラファエルが不思議そうに首を傾げる。



「試飲くらいいいんじゃないのか?」



「だめだっつぅの! いいか? 港町でアイルはな…」



 港町での失敗談をホセにバラされ、呆れているラファエルと表情には出して無いけど同じ事を思っているであろう家令のおじ様の視線が痛い。



「食事の時も食前酒以外に酒を飲まそうとしない皆の気持ちがわかったよ…。兄さんが知ったらむしろ甘えて欲しくて飲ませる気がする」



 ラファエルは頭痛がするとでもいう様に顳顬を人差し指でグリグリと押した。



「私がどうしたって?」



 声に振り返るといつの間にか帰って来ていたガブリエルが居た、執事の1人が先導して来たのか扉の音がしなかった。

 気配をあまり感じさせないのが一流の使用人らしいけど、ここの人達は扉の開け閉めさえも凄く静かだ。



「おかえり、ガブリエルが休みになったら一緒に酒屋巡りでもしようかって話してたんだよ」



 サラリとエリアスが嘘では無いが本当でも無い事を言った、こういうのはエリアスが1番得意なので任せる。



「本当かい!? 君達が帰って来るから明日を休みにしたんだけど正解だったよ! ラファエルも一緒に行くなら馬車は2台必要だね、レアンドロ、手配は任せたよ」



「はい、畏まりました」



 上機嫌に指示を出すガブリエルに、家令のおじ様は恭しく頭を下げた。

 その後すぐにメイドさんが夕食の準備が出来たと呼びに来たので皆で食堂へ向かう。

 料理長に言って明日はお土産の新鮮なお刺身を夕食に出してもらう事にした、ホセ達は肉料理だけど。



 その日の夜は久々の広いお風呂と寝心地抜群なベッドでぐっすり眠った、ここのベッドに慣れてしまったら安宿で眠れなくなりそう。



 翌朝、ビビアナは潮風で傷んだお肌と髪の手入れの為に酒屋巡りは止めてエステに出掛けた。

 なのでお酒を選びたい男性陣とガブリエルとラファエルと私の6人で酒屋巡りに出発。



「まずはあそこかな、サブローが定住した国の輸入品を扱っている商会があるんだ。サブローが教えたという商品をいくつも取り扱ってるからアイルが欲しいものもあるんじゃないかな?」



「へぇ、それは期待できそうね!」



「サブローは味噌蔵の3代目で40代でこっちに来たんだ、だから結構物知りだったんだよね。向こうに奥さんも子供達も居たけど、こっちで3人の妻との間に4人の子供も出来て孫も産まれてたから晩年は幸せそうだったよ」



「へぇー、そうなんだ…」



 一夫多妻オッケーなこっちの世界でウハウハだったんだろうなぁ、味噌や醤油に関して感謝してるけど、好感度は一気に下がった。

 一夫多妻を否定する気は無いけど、同じ日本人として複雑な気持ち。



「アイルは賢者サブローの子孫って訳じゃないの?」



「違うよ、同郷ってだけで……あっ」



 ラファエルの問いに自然に答えてしまった、ラファエル以外は知っているというのもあって油断した。

 ガブリエルはにこにこしてるけど、3人が呆れた顔で見て来るので居た堪れない。



「同郷…って、アイルも賢者ってこと!?」



「あっと…えーと、その……賢者って訳じゃ……。な、内緒にしてね?」



 驚くラファエルにしどろもどろと視線を彷徨わせつつ言葉を濁すが、否定も肯定もし辛いのでとりあえず口止めをする事にした。



「兄さんがアイルに執着してる理由がわかったよ…、賢者が居れば新しい発見がたくさん出来るだろうね」



 あれ?



「その為だけじゃないよ!? アイルの作る食事は美味しいし、たまに訳わからない事言うしやらかすから面白くて見てて飽きないし!」



「うんうん、わかってるよ」



 ニコリと微笑んで答えるラファエル。

 やっぱり気のせいじゃないみたい、屋敷に来た当初みたいな敵意というか、悪意をラファエルから感じる。

 あとガブリエルその理由は友人としてというのならアウトだよ、利用してるとか下に見てるとか言われるやつだからね。



 ラファエルの感情…、これは魔法が使える賢者に対する…嫉妬?

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