第74話 対魔物指導

 どうやらヘルマンの態度は陛下公認の正式な指導者という立場になった私達に敬意を払えという上からの命令によるものの様だった。



 初日の今日は午前中だけらしい、そして得意な戦闘スタイルに合わせて各自バラけて指導をする事に。

 そして私は気付いた、騎士の戦闘スタイルに暗器ってないよね?



 今回指導という形なので防具は暗器を仕込む体の籠手しか着けていない、つるんとしたフォルムの皮の胸当てをしてないのはイイ男が居た時の為にいつもより胸元を強調した服のビビアナと比べられるのが嫌とかいう理由ではない。

 あくまで魔物を相手にするわけじゃないから防具はいらないと思ったからである。



 そして私の前に残ったのはまだ戦闘スタイルが確定していない18人のヒヨッコ騎士、トレラーガに居た小隊長が監督係として残ってはいるけど。

 しかも残った騎士達の表情は明らかに「こんな小さい女の子に何を習えというんだ」と訴えている。



「隊長さん、私はこの人達に何を教えるべき? 座学で魔物の知識をつけさせてもいいし、それとも投擲武器の扱い方でも教える?」



 でも戦闘スタイルが決まって無いって言うけど、殆どの人は鑑定で向いてる武器がわかっちゃってるんだけどな。

 でもいきなり使用武器を決めつける冒険者って怪し過ぎるよね、せめて手合わせして動きを見て決めたってフリしたい。

 だったら防具をしっかり装備して来た方が良かったかなぁ。



「ふむ…、この場に残っている者は実戦に参加した事の無い者ばかりだからな、アイル殿を魔物に見立てて模擬戦というのはどうだろうか?」



「え? こんなに可愛い魔物なんて居ないでしょう? それに今日は防具を全部装備してきてないもの、柔肌に傷がついたらどうしてくれるの?」



「治癒師がいるから安心してくれ」



 な…っ! 渾身のジョークをノータッチで流された挙句、怪我上等…だと…!?

 もしかしてトレラーガでの事根に持ってて嫌がらせでもされてるのかも、挑発に乗っちゃダメよ、私。



「ふ、ふぅん。治癒師って事は治癒魔法が使える人が居るの? 部位欠損も治せる?」



 治癒師の腕前によっては無茶出来る度合いも変わってきちゃうから聞いておかないと。

 攻撃魔法はエルフくらいしか使えないって言ったのはエリアスだったっけ、治癒魔法はまだ使える人がいるんだろうか。

 そう思って聞いたのに、隊長は凄く呆れた目を私に向けてきた。



「治癒魔法なんて使える者が居たらとっくに教会総本部のお偉いさんか聖女様になってるだろうよ、今治癒魔法が使えるとしたら噂に聞いたエルフの神官だけだろうな。ここで使えるポーションは中級までだから欠損は治して貰えんぞ、アイル殿は下級騎士程度との模擬戦でそんな大怪我する気なのか?」



 小馬鹿にした様に見下して笑う姿にカチンと来てしまった、下級騎士の人達には悪いけど八つ当たりさせて貰おう。



「うふふ、まさか。どの程度の怪我ならさせて良いのか確認しただけよ。『身体強化パワーブースト』(ポソ)」



 口元を隠して笑い、ついでにこっそり身体強化を発動、私の実力に懐疑的な下級騎士達に『希望エスペランサ』の名に懸けて格の違いというものを教えてあげないと。

 なんだかんだとこの数ヶ月に魔物からの攻撃回避とか他の冒険者に絡まれた時の対処法とか皆に特訓してもらってたから身体強化しなくてもそれなりに動ける様になってきたもんね。



 訓練してわかったけど、この身体は日本で暮らしていた時よりもかなり性能が良いというか、優秀な様だ。

 しかもウルスカから王都まで馬に乗ってただけで素晴らしいクビレも出来上がっていた。(重要)



 相手を怪我させる前提の言葉に騎士達はムッとして殺気立った、態と気にしない素振りで訓練場にいくつかある武舞台のひとつに上がった。

 国立競技場くらいの広さの訓練場に合計5つの武舞台があるのでここで大会とかしているのだろう。



「貴方達の指導係のアイルよ、よろしく。じゃあ各自使いたいと思っている武器を持って私という魔物対騎士団って事で模擬戦ね」



 そう言うと各自槍に見立てた棒や木剣、矢の先端が丸い布で覆われた弓矢などを持って武舞台に上がって来て武器を構えた。



「もう始めていいの?」



 そう問うと全員が頷いた、隊長だけは渋い顔をしているが武舞台の上にいる者達は気付いてない。



「はい、ダメー!」



 そう言うと騎士達は眉を顰めたり首を傾げたりしている、何がダメなのか全くわかってない様だ。



「まず1つ、この中で誰が全体を見て指示を出すかとか決めてない。2つ、そのせいで陣形とか全く考えられてない。ほら、そこ何で弓使いが前に居るのよ、矢をつがえてる間にやられると思わないの? 余程早撃ちに自信があるのね。逆にそこ、何で剣を持って1番遠くに居るのよ、余程脚に自信があるの?」



 煽る為に態と嫌味ったらしく言ってやった。

 隊長はこっそり笑いを堪えつつ、自分が言いたかった事を私が言ったせいか満足そうだ。

 騎士達は顔を見合わせながらリーダーを決めた様だ、1人だけ木剣じゃなく鋼で出来た潰し身の剣を持ってニヤついていた男。



 見た感じ忖度で決まった様なので高位貴族なのかもしれない、周りの雰囲気からの人望は無さそうだし。

 一応集まってボソボソと作戦を立てて陣形が整えられた。

 既に弓を引いている者が居て誤射したらどうするんだとツッコミたかったが実践じゃないし後で注意しよう。



「じゃあ私に死んだと言われた人は速やかに舞台から降りる事、じゃないと本当に動けなくなる怪我をする事になるからね。隊長さん合図をよろしく」



「わかった、始めッ」



 最初に木剣を持った騎士達が突っ込んで来て、バックステップで距離を取った途端木剣部隊が左右に分かれて矢が飛んで来た。

 うむうむ、ちゃんと作戦考えてるね、だけどこんなヒョロイ矢じゃ簡単に避けられちゃうよ。



 弓使いは4人、陣形の横に移動して投げナイフで弓の弦を切断し、アワアワしている隙に背後に回って籠手の内側から棒手裏剣を取り出して首を横に撫でる。

 ヒヤリとした金属の感触に首を斬られたと錯覚してもらう、実際は薄皮1枚程度傷付いたくらいだろう。



「はい、死んだ」



 ポンと背中を叩いて次の獲物に向かう、身体強化した私は獣人のホセと同じくらい俊敏に動けるので、一瞬の出来事に何が起こったのか理解出来ずに全員の動きが止まった。

 そうなれば恰好の餌食というやつだ、弓使い全員が死亡扱いになったところで我に返ったリーダーが指示を飛ばした。



「背後を取られ無い様に2人1組になれ!」



 お、ちゃんと対応してきた、だけど死角をカバーする為にも3人1組にした方が安全だよ。

 背中合わせになった木剣騎士を真横から蹴りを入れて2人まとめて吹っ飛ばす、近くに居たもう1組も巻き込む角度で。



 飛んで来た仲間に武器を向ける訳にもいかず、驚いている間に巻き込まれて一緒に倒れ込んだ。

 蹴られた人達は普段カルシウムちゃんと摂ってるかな、青痣確定だけど骨が弱かったらヒビくらい入ったかも。



 小柄な私に体格の良い仲間が吹っ飛ばされたのを目の当たりにして焦ったのか、隙だらけで突っ込んで来る者続出。

 槍に見立てた棒を構えて突っ込んで来た者には籠手で軌道を逸らして懐に入り込み、正面から棒手裏剣で首を撫でて微笑み付きで死亡宣告。



 残り3人になったところで惜しげ無く棒手裏剣を投擲、余興の意と魔力を込めてベルトを同時に切断。

 タイミングを合わせて私に斬りかかって来た時だからズボンが下がって痛そうな転け方をした。



 ちなみに最後の3人の中には勿論リーダーは含まれます。

 顔の真横に棒手裏剣が刺さる様に投げ、最初に私に向けていたニヤついた笑みを真似して死亡宣告をしてやった。



 勝負が着いて治療が済んだところで全員に向いてる武器をアドバイスして、リーダーだった騎士に弓を勧めると反発したが、弓の指導者がビビアナだと言うといそいそと合流しに行った。

 残念ながら君の様に身分と金に物を言わせて女遊びしてそうな輩にビビアナは興味を持たないのだよ。



 そして全員に適正武器を勧めたせいで翌日から指導する騎士が居なくなった事に気付いたのは、夕食を食べながらリカルドに指摘された時だった。

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