第73話 頼み事

「ほら、エドガルドとか言う男から丁度良いドレスも貰ってたでしょ? 本当なら私が贈ったドレスを着て欲しいけど、オーダーすると王都だとひと月は掛かっちゃうし…」



 ガブリエルのお願い、それは魔導期の新たな魔導具が見つかった事を祝う王立研究所主催のパーティーのパートナーだった。

 しかも王族が参加してガブリエルにお褒めの言葉を賜るらしく、1人で参加しようものなら娘を押し付けたい貴族に囲まれるのは目に見えているから助けて欲しいとの事。



 いくら変わってるエルフとはいえ、見目麗しく独身で実力ある伯爵だもんね。

 現役で魔法が使えるエルフが身内に居たら色々頼み事とかしそう。

 だけど貴族どころか王族も参加するパーティーってダンスとかありそうだし、社交ダンスなんてした事もないから踊れないし。



「う~ん、そのパーティーって踊ったりするの? 私踊れないよ?」



「大丈夫! 研究所員は平民も多いから無理に踊らなくても問題無いよ、だからドレスも貴族だけの夜会みたいに豪華じゃなくても良い訳だし」



「う…っ、う~ん…」



 最大の問題が解決してしまった、刺身が食べたい気持ちと王侯貴族も居るパーティーで何か粗相をして目をつけられたら大変だし面倒だという気持ちの天秤が均衡を保ちつつもグラグラしている。



「そういえばサブローが王都の先にある港はすぐ側に山があるから、山から栄養がたっぷりの川の水が流れ込むお陰で魚が凄く美味しんだって。今回逃したらウルスカから態々こっちまで来るの大変だよねぇ?」



 私の葛藤を見透かした様に続けられたガブリエルの言葉で心の中の天秤がカターンと音を立てて傾いてしまった。



「く…っ、わかった、引き受ける…ッ」



「おっ、よく決心したな! アイルのお陰で美味い魚が食いに行けるぜ、ありがとな!」



 私が答えるとホセがぐりぐりと頭を撫でつつ尻尾を振っている。

 私の判断を固唾を飲んで見守っていた皆は明らかに喜んでいた、半日の我慢で皆がこれだけ喜んでくれるならまぁいいか。

 認めたく無いけど、幼く見える私を連れて行ってロリコン疑惑が広まっても知らないんだからね!



 それから騎士団の指導までの4日間は各自自由に過ごした、リカルドとエリアスとホセは主にギルドに顔を出して訓練に行っていたが、香水の移り香をつけて帰って来た日もあったので娼館にでも行ってきたのだろう。



 ビビアナは庭に的を用意してもらって弓の練習をしたり、指導日に出会うかもしれないイイ男の為にエステなんかにも通ってた。

 私は何をしていたかと言うと、屋敷の料理人達に料理を習っていたりする。



 日本の万能入れるだけな調味料の数々が手に入らない異世界ではレパートリーがグッと減ってしまったのでメニューがマンネリ化していたからとても嬉しい。

 代わりに唐揚げとか仲間達が知らなかったレシピを教えてWin-Winな関係を築けた。



 そして騎士団へ行く前日、納得いく出来になったからと夕食に唐揚げが出された。

 ぶっちゃけ私のより美味しい、風味も違うから使ってるお酒とか変えてるのかな。

 皆も美味しい美味しいと山の様にあった唐揚げがどんどん消えていく。



「このカラアゲ、アイルが作るのより美味うめぇんじゃねぇ?」



 ホセの言葉に周りは明らかに「それを言うなバカ」という顔をしたが、私は怒ったりしない。



「ホセ、こんな話知ってる?」



「ん?」



「とある有名な画家がファンに用意した紙に絵を描いて欲しいと頼まれて30秒程で描いたの。そして画家は…えーと、金貨100枚を要求して、頼んだ人は「たった30秒で描いた絵にどうしてそんな高値をつけるんだ」と言ったらその画家は「この絵を描くのに私は30年と30秒掛かったんだよ」と言ったそうよ。同じ様にこの唐揚げを作るまでにここの料理人達は食材の選び方や火の通り具合をこれまで作ってきた料理で長年研究してきたからこそこんなに美味しいの」



「つまりはプロだから美味くて当然って事か?」



 ドヤ顔で披露した渾身のうんちくは間違って無いけど微妙に理解して貰えなかった様だ、他の人は感心した様に頷いているので理解したらしい。



「これまでの努力があるからこそこんなに美味しい唐揚げが作れてるって事!」



「ふふ、今の料理長は丁度30年くらいここで働いているから今の話を聞いたら喜ぶんじゃないかな? アイルの事も手際が良いって褒めてたらしいよ」



「本当!?」



 ガブリエルの言葉にテンションが上がった、プロの料理人に褒められるなんて凄く嬉しい。

 もしかしたら手際が良いの前に「素人にしては」が付いてるかもしれないけど素直に喜んでおこう。

 港町で新鮮な魚をお土産に買ってきたら喜んでくれるかな。



 ご機嫌で夕食を済ませて明日の為にその日は全員早く寝た。

 翌朝朝食を済ませた私達はガブリエルと一緒に馬車に乗り、騎士団の訓練場のある王城の手前の施設で降ろされた、帰りは騎士団の馬車で送ってくれるらしい。



 ここは中級・下級騎士の寮と訓練場のある施設らしい、門で受け付けを済ませると案内人が現れた。



「『希望エスペランサ』の皆様ようこそ、訓練場にわたくしヘルマンが案内します」



 なんと案内人は別人の様に礼儀正しくなったヘルマンだった、驚きのあまり固まった私をホセが手を繋いで引っ張って移動させてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る