夜のコンビニ、激辛カップ麺と出会う

 学校近くの住宅街の一画にある渉の自宅の玄関前。

 渉は、住宅街に入ってからしきりにそわそわしている少女に命じる。


「そこで待ってろ、すぐ取ってくるから」

「ほへー、見たことない形の建物ばっか」

「聞いてるか」

「えっ? なに?」

「聞いてないのがよくわかった」


 渉は半笑いになる。

それは何ですか? と少女が何かを見つけ彼の顔横を指し示した。

 指している方に首を回す。


「あーこれか、これはインターホンって言う訪問した人が家の在宅者に来たことを伝えるための装置だ。ボタンを押すと家の中でチャイムが鳴る」

「押していい?」

「中に誰もいないぞ」

「つまんないの、じゃあそれは?」


 次は逆の位置を指し示す。

 同様にそちらにも彼は首を回した。


「これは表札って言うその家に住んで……」

「焼殺?」

「何を焼き殺すつもりだ。焼殺じゃなくて表札だ」

「秒殺?」

「殺す以外の選択肢はねーのかよ」

「違うの?」

「全くもって」


 強く頷いた渉に、少女は不満げに唇を突き出す。


「うー、違うなら最初からそう言って

「なんだよ、俺が悪いみたいに」

「お腹が空いて、いらいらしてるんだよっ!」


 不条理にブーたれた。

 わけもなくへそを曲げた少女にいちいち言い返すのが億劫になり、渉は玄関のドアノブに手をかける。


「そこで待ってろ、すぐ取ってくるから」

「お腹空いてるから早くしてっ!」


 目角を立てて少女は彼を催促した。

 空腹でいらついてやがる。 

少女の激憤を意に介さないようにすっかり無視してドアを閉め、財布を取りに自室へ早足に向かった。


 財布を取りに行ったついでに借り物のノートを机に置いて、渉が玄関から出ると

いきり立っていた少女がいつの間にやらしょぼくれたようにうな垂れていた。

 意気消沈してる。


「どうした?」

「お腹空いたー」


 さっきまでの怒りっぷりはなんだったんだ。

 一変してバイタリテリィーの感じられない少女の、顔を覗き込める高さに腰を落とした渉は彼女の肩に優しく手を置いた。


「コンビニに着くまでの辛抱だ、頑張れるか?」


 弱く横に首を振る。


「歩きたくない」

「歩きたくないか、はあ仕方ない」


 渉はさらに腰を落として背を向ける。


「ここで飢え死にされても困るし、食べさせてやるって約束したしな。負ぶってってやるよ」

「……ありがと」


 小さな声でそう言って、のろのろと渉の肩に両手をかけて背中に身を預ける。

 すごい軽い。

 後ろ手で少女を支えながら、渉は落としていた腰を上げコンビニへと足を歩き出した。

 コンビニへの徒歩で数十分もかからない道のりを、小柄な少女を負ぶって歩くところを知り合いの誰にも目撃されないことを心中で願いつつ、渉は少女の身体を最低限揺らさないようにして歩いた。

 やがて彼の歩く道路脇に、駐車場で奥まった光を漏らすコンビニの建物が見えてくる。

 二十四時間営業って便利だな。

 そうコンビニの利便性の高さに改めて感嘆し、渉は背中の少女におどけた声で話しかける。


「よかったな、コンビニが二十四時間営業で。感謝の意を込めて拝んでみたらどうだ?」

「拝む? 何に?」


 開いているのかどうか怪しい真一文字の目でぼうっと少女が尋ね返した。

 周り見えてんのか、こいつ。


「あれ」


 彼女が視覚できているかは気にかけず、夜の闇を迎えずに絶えなく光を漏らす店舗を、顎で示した。

 わかったやってみる、と少女はふわりと片手を渉の肩から外し掲げる。

 少女はいざ拝もうとしが、無論敬拝の言葉に詰まった。


「……なんて拝むの?」

「俺も知らん」


 にこやかに渉は答えた。

 少女からリターンはこない。 

 喋るのも辛いほど腹空かせてるんだな。なんでもいいってことだし無難におにぎり買うか。

 そう簡潔に目当ての商品を決めて、彼はコンビニに入った。

 客のいない店内の明るすぎる照明の下で、渉は陳列棚の前で弁当コーナーのすぐ上の段に並んだ種々のおにぎりに目を配る。


「なにか食べたいのあるか?」

「……」


 少女から返事はない。


「適当に選ぶぞ、いいか?」

「……」


 もしかして寝てる?

 念のため渉は少女の華奢な肩を揺する。


「起きてるよー」


 少女は間抜けた声を出す。


「どれ食べたい?」

「なんでも」

「じゃあこれで」


 渉が種々の中から選んだのは、味の無難なツナのおにぎり。それを買って外に出た。

 自動ドア辺りの低い段差に少女を座らせる。

 少女におにぎりを渡す。

 受け取った少女はおにぎりを見つめるばかりで、フィルムを剥がそうとしない。


「剥がし方がわかんないのか?」


 小さく少女は頷く。

 マジかよ、ビニールの剥がし方を知らないとは。

 仕方ないなと渉は手のひらを突き出す。


「貸してみろ、俺が剥がしてやる」

「ありがと」 


 力ない声で彼の手のひらにおにぎりを置く。

 渉は手早くフィルムを剥がし、おにぎりの本体が露になる。

 途端、彼の持つおにぎりに少女の小口が迫る。


「ほら、あっ」


 あっという間に、彼の手に持ったおにぎりにかじられた跡が出来た。

 少女は口に含ませもぐもぐ頬張る。

 極めて細まっていた瞳が、嬉々として本来の大きさまで開かれる。


「美味しい!」

「そ、そうか」


 突如活力を取り戻した少女に当惑し、渉は適当に相槌を打つ。

 んふふと心から嬉しそうに少女が破顔する。


「ほんとに美味しい、ありがとっ!」

「お、おう」


 屈託ない笑顔で言われて、渉はこそばゆく視線を逸らした。

 こうも素直に感謝されると、なんか恥ずかしいな。

 おにぎりを食べ終えた少女は、不安げに笑顔を引っ込め眉を下げた。


「なくなっちゃった。食べたりないよ」

「まあ、おにぎり一個だけだしな」


 少女はまじまじ渉を乞うように見つめる。


「何か買ってきて」

「何故?」

「食べたりないから」


 贅沢言うなよ。

 少女が嘆願する。


「お願い、これで終わりだから」

「ったく、本当にこれ以上は買ってやらねーからな」

「うん」

「で、何食べたい?」


 少女がうーん、と唸り考える素振りを見せる。


「刺激が強いものかな?」

「そんな漠然としてていいのか?」

「さっき食べたの美味しかったけど、刺激がないのが残念だった」

「それで決まりでいいか、合うもの買ってくるぞ?」

「うん、よろしく」


 軽く笑んでいる少女を尻目に、渉は再び店内に入る。

 商品棚に目を配りつつ歩いて思案する。

 刺激が強いもの、か。具体的にどんな刺激かはわかんないけど、炭酸の飲み物とかか?

 考えながら飲料水の冷蔵しているショーケースの前まで来る。

 刺激っていえば炭酸ぐらいのもんだろ。

 ショーケースを開け、並べられている中の一番安価な炭酸飲料の缶を選び手にして、レジに足を向ける。

 その時彼の視界の左に映った棚の、見覚えのない赤々としたカップ麺の容器に目に留まる。

 新商品か、どんなのだ?


 渉は目に留まったそれを手に取り、パッケージで商品名を見て取る。

 麺王超激辛ラーメン。麺王シリーズ最強の刺激。これだ!

 悪童の笑みを浮かべると、炭酸飲料のついでにそれをレジに持っていき購入。

 待って食べるだけの状態まで店員に準備してもらい、一人分の割り箸を受け取って外に出た。


「買ってきたぞ」


 振り向き少女はぱっと笑顔になる。


「早くちょうだいっ」


 伸びてくる手から、容器の入ったビニール袋を遠ざける。


「待て待て、まだ出来上がってねぇーよ」

「どういうこと?」

「どういうことって、カップ麺の常識だろ」

「カップ麺って?」

「え、あぁー、まあカップに入った麺だ」

「そうなんだ、面白い食べ物だね」


 少女は愉快に笑う。

 面白いのか?

 渉は少女のユーモアの感性に疑問を覚えた。


「いつになれば食べられるの?」

「ほんの少しだ」


 少女の隣に腰かけて渉は答える。

 不意に沈黙する。

 渉は話題を思い付こうとしながら人気のない道路を眺め、少女は彼には目もくれずその手にあるビニール袋に力強く視線を注いでいる。透視でもしようと言うのか?

 しばらくして渉が前を見たまま切り出す。


「刺激が強いので良かったんだよな?」

「え? うん」

「それならいいんだ。さて、そろそろかな」


 呟いて渉はビニール袋からカップ麺の容器と割り箸を取り出し、足の間に置いてわずかに開いた蓋を剥ぎ取った。

 容器の熱湯から湯気が立ち、付属していた幾つかの粉末調味料を振りかける。

 割り箸を割る乾いた音がする。


「熱いからな、ゆっくり食べろよ」


 割り箸で掻き混ぜると、熱湯は次第に濁った赤に染まった。

 縁に立て掛けさせた割り箸ごと容器を少女に手渡す。

 少女は何も言わず両手で受け取る。


「熱っ」 


 想像以上に高い熱を帯びた容器に触れて、びっくりした声を上げる。

 ははっ、と渉はついと言った感じで笑った。

 笑われて少女はむっと彼を睨む。


「なんで笑うの」

「いやぁ、熱いとわかっててわざわざ熱いって言う人見たことなくて」

「だって熱いもん」

「はいはい、せっかく買ってやったんだから熱くても食べ切れよ」


 少女はむっとしたまま容器に向き直るが、食べ方がわからない。


「どうやって食べるの?」 


 致し方なく彼に教えを乞う。


「割り箸で食べるんだろ」


 心得ていない顔付きで首をかしげる。


「割り箸って?」


 こいつ、マジで外国人なのかも。

 すかさず渉は箸の持ち方を、少女に指導する。


「うーん、上を人差し指と中指で挟んでそれを動かして下は添えるだけ、でいいのか」

「え、え、よくわかんない」

「説明するの難しいな、お前一度持ってみろ」

「う、うん」


 上の一本は言われた通りに挟めたが、下の二本目をどう持てばいいかがわからず一本だけ浮かせて戸惑う。


「ここからどうするの?」

「えっとだな……こうして」


 渉も口頭での説明に困窮し、やむを得ず割り箸を持つ少女の手に自分の手を重ねる。


「二本で挟んで親指はこうで、おしこれでいい」

「君の手が邪魔で食べられない」


 早く食べたい少女は口を尖らせた。


「人が教えてやってるのに」

「ほら、できるよ」


 箸で麺をすくう。するする麺は汁に帰していく。


「あれぇ」

「はは、できてないじゃねーか」

「また笑ったあ!」


 うーと唸って少女はむくれる。

 渉は気安く提案する。


「食べないなら、それ俺が食べるぞ」

「いやーだ、私が食べる」

「意地になって食べるほどのもんじゃねーぞ」

「意地じゃない、人にあげたくないだけ」

「そんなこと言って、後悔しても知らないぞ」

「脅して巻き上げようなんて、君もこすいね」


 お前のために言ったのに、辛い辛いってわめくんだろうな……悪戯考えたの俺だけど。


「よーし、この赤い汁飲んでみる」


 意気って容器を口につけ傾ける__が彼女は開いた小口にスープを流し込こうとしている自分を、辛くてわめき出すのを待って喉をゴクリといわせて見つめている渉に気付く。


「欲しいの?」

「え、いいや」


 聞かれた渉は首を振る。


「遠慮することないよ。君が買ったんだもん」


 急に気変わりするなよ!

 笑顔で述べる少女に内心で突っ込んだ。

 とはいえ怯えさせるような所懐を露骨に言うのをはばかられ、渉はやんわり断る。


「俺はいらないから、お前食べろよ」

「一人で食べても味を共感できないし、私だけで食べちゃうのは君に悪い」

「俺はいいって」

「ほら、先食べて」


 無情にも少女は容器と箸を差し出してくる。

 過剰な香辛料の匂いが渉の鼻孔を容赦なく襲う。


「うっ」


 反射的に鼻を押さえる。

 絶対にこれ、えぐい辛さだ。


「ほら」


 平然と少女は催促する。

 こいつがなんともなさそうにしてるんだ、きっと色が真っ赤だから脳がえぐい匂いだと思い込んでるだけだな。

 鼻を押さえている手を離して、嗅ぎ直す。

 やっぱそうだよ、匂い全然しないじゃん。※否、嗅覚がイカレ始めてるだけです。


「じゃあちょっと貰うぞ」


 箸と容器を受け取り、麺を一口含ませる。

 普通においし、うっ!

 束の間、非常に猛烈な辛味を越えた痛撃が口内で繰り広げられ、耐えがたく渉は涙を流す。


「泣くくらい美味しいんだね」

「…………」 


 悪戯の域じゃねぇ、拷問だ。

 口を押えて無言で悶絶する渉は、否定する口すら利けなかった。

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魔法使い少女は帰りたくない 青キング(Aoking) @112428

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