通り道の公園、ショッキングなものと出会う
「お前、なんでいんだよ」
校門の外に出ると同時に渉は、塀に背を預けていた黒いワンピースの上に灰緑色を羽織った少女に顔をしかめた。
少女も渉の存在に気付く。
「何やってたの?」
「それはこっちの台詞だ。夜遅いからとっとと家に帰ればいいのに」
「家になんて帰りたくない」
少女ははっきり言いきった。
はぁあ? と渉の鳩が豆鉄砲を食ったように愕然と下顎が落ちる。
「またそりゃ、何で?」
「帰りたくないものは帰りたくないんだよ」
「親が心配してるぞ」
「知らない」
「知らないって……親の身になって考えてみろよ」
「それより私、お腹空いた。何か食べたい」
業をにやした少女は、すねた口ぶりになる。
「それこそ家に帰れば、何かしら食えるだろ」
「だーかーらー、家に帰りたくないんだよ」
こりゃ、説得は無理っぽいな。
頑として帰宅を嫌がる少女に、質問を変えて渉は尋ねる。
「今日一晩どうするんだよ? 家に帰らないんだろ」
「君はどうするの?」
「帰るに決まってんだろ」
「私はどうすればいい?」
「家に帰ればいいだろ」
「絶対に帰らないし、知らない土地だから帰れないんだよ」
「……マジで?」
そーだよ、と少女は事も無げに頷く。
口を開けたまま渉は呆気にとられ再確認する。
「嘘ついてないよな?」
「うん」
「マジで知らない土地なのか?」
「うん、夢にも出てきてない」
ついぞ出会ったことのない数奇な身の上の女の子に、あがぁーと渉は喉を細くし嘆声を漏らした。
少女は自身の度し難い境遇もなんのそので、うなだれる渉に若干親しげに笑いかける。
「大丈夫、君に助けてもらうから」
「なんで俺が……」
「君しか頼れそうにないもん」
「自分でなんとかできねーのか」
「うん」
他意なく頷く。
渉は悩まし気に眉間を押さえる。
「お腹空いたって、さっき言ったよな?」
「言ったよ、なにか食べさせてくれるの!」
少女の顔に喜悦が芽生えかける。
「ああ」
「ありがとっ」
喜悦が満面に萌芽した。
こんなに嬉しそうにするなら、食べる物くらい買ってやるか。
「なんでもいいか?」
「わかんないから任せる」
少女は食事メニューの選択を、渉に一任する。
「一度財布取りに家に寄ることになるから、少しだけ我慢してくれ」
「わかった我慢する」
「じゃ、行くか」
学校の行き来に使っている道を渉は歩き出す。
彼の左隣を少女が歩く。
渉は少女の雪那より小さな歩幅に気づき、その歩幅に自身の歩幅を合わせようと努めながら自宅に向かった。
慣れない小さな歩幅のせいか渉は、学校から家ってこんなに距離あったっけ? と舗道を歩きながら思い始めた頃、少女がすっかり暗くなった公園の前で足を止めた。
渉も少し進んだとこで、立ち止まった少女振り返る。
「どーした?」
「ねぇ、誰かベンチに座ってるよ」
「構うな、ろくでもない」
どうせ酔いつぶれたサラリーマンとかだろ。
「お腹空いたんなら、早く行くぞ」
「なんか、すごく顔と顔が近いよ」
「はあ?」
少女がまじまじ夜の公園のベンチを見つめる視線の先を、渉も目を凝らして見遣る。
次の瞬間彼の瞼がひんむかれ下顎が勢いよく落ちた。
彼が目にしたものそれは__
「男性と男性が接吻してるぅー」
ひげ面のがっちりしたいかにも野蛮そうな男と度付きの眼鏡をかけた痩せぎすのいかにも堅実そうな男が、ベンチで抱き合い唇をひしと触れ合わせていた。
渉は背中と服の隙間に冷水を流し込まれる寒さを覚え、血色がさあっと悪くなった。
一方少女は何の気なく眺め続ける。
「あれって楽しいのかな?」
「知るかよ、ほら行くぞ」
「痛いよ、引っ張らないで」
凝然たる少女の手首を引っ掴んで向かうべき方向へと引きずり、ベンチの方を極力見ないようにして渉はその場から離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます