第5話

 蜥蜴ちゃんの体はどこもかしこも冷たくて、抱き合っていると自分の体から熱が奪われていくのがわかった。それは無理に突っ張っていた力が抜けていくような、気持ちのいいものだった。呼吸にあわせて優しく上下する彼女の滑らかな腹部はまるで爬虫類のそれのようで、僕は彼女を蜥蜴ちゃんと呼ぶことにますます愛着を感じるようになった。

 それから僕は、蜥蜴ちゃんの家でほぼ同棲しているような状態になった。彼女の家はいつも洞窟のように薄暗くて涼しく、大きな窓から見る夏の強い光と暑さとは、まるでスクリーンで観る映画の中のもののように他人事だった。僕は彼女の家から予備校に通い、講義がはけるとまた彼女の家に帰った。蜥蜴ちゃんは毎日僕に弁当を持たせ、どんなに暑い日でも、墓地の通りまで迎えに来てくれた。

 この頃から僕は、時々理由のわからない頭痛に悩まされるようになった。吐き気を伴うこともあり、予備校での勉強の効率はガタ落ちした。ところが、蜥蜴ちゃんの家ではなぜかこれらの症状がまったく出なかった。僕はますます彼女に依存した。

 やがて八月がやってきた。実家から連絡があり、盆休みくらいは帰ってこいという。僕も素性のわからない女性の家に入り浸っていることや、謎の頭痛のために模試の成績が下がったことについては両親に対して後ろめたさを感じており、この要望は無視することができなかった。

 蜥蜴ちゃんにその旨を告げ、三日ほどここを空けると言うと、彼女は「寂しいな」と呟いて、藤椅子に座っている僕の肩に、後ろから顔を載せてきた。

「また来てね」

 彼女の冷たい頬が僕の頬に触れ、そこだけ水に浸かったようにひんやりとした。

「誰も連れてこないでね。私の家に八巻ちゃん以外の人を入れるの、厭なの」

「わかってるよ」

 そう答えて顔を上げると、口に懐紙を咥えた般若面の女の絵が目に飛び込んできた。


 この日、蜥蜴ちゃんは庭先まで出て、僕の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 彼女は紺の地に白い朝顔を染め抜いた麻の浴衣を着て、赤い帯を締めていた。それは僕が特に気に入って、何度もしてもらった格好だった。素足には出会ったときと同じ草履を履いていた。

 それが、僕が最後に見た蜥蜴ちゃんの姿になった。

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