第4話

 とうとう文化祭の日がやって来た。衣装も一人一人に合わせて完璧に仕上がる。


「大変! 桐谷さん休みだって!」

「え、桐谷さん休みなの? 白雪姫どうすんの?」


 クラスが一気にざわめく。それもそうだ、主役の白雪姫不在で劇は成立しない。


「影山さん」


 その時、柿原くんが私に声を掛けたのでクラス中の視線がこちらを向く。


「桐谷さんと背格好も同じだし衣装着れるでしょ?」

「ちょっと影山さんなんかに白雪姫をさせるつもりなの⁉」

「なんかじゃない。出来るよね、セリフ覚えてるもんね?」


 怖いくらい真っ直ぐに見下ろす期待に満ちた瞳に応えたくて、私は震えながらも深く頷いていた。


「よし、みんな支度しよう」


 未だざわめく教室の中で不審気な視線を浴びて居心地が悪くなるが、柿原くんが大丈夫と近くで囁いてくれた。だから自分でも大丈夫と唱え暗示を掛ける。


「まだ時間あるし白雪姫のセリフ確認しよ」

「おう、じゃ最初の場面から」


 教室内の空気が柿原くんの声でピリっと緊張したものに変わった。私はすぐに台本に目を通し桐谷さんが立つはずだった場所に立つ。


――大丈夫。どの台詞も頭の中に入ってる。私が白雪姫!


「さすが影山さん、頑張ろうな」

「はい」


 私が全ての台詞を覚えていた事にみんな驚いていた。もう不審気は視線はない。

 逆にクラスは団結しつつある。


「よし、みんな頑張ろうぜ!」

「おう!」



「影山さん化粧しよ?」


 そう声を掛けてきたのは大きな化粧ポーチを持った中谷さん。


「肌白いし綺麗だし絶対化粧映えすると思う。

舞台だからアイラインもしっかり引くね!」


 されるがままに任せていると出来上がった私を見て周りの人たちが驚いていた。最後に真っ赤な口紅が引かれる。


「誰?」

「影山さん」

「嘘! 可愛いー」


 髪も白雪姫らしく纏められ、仕上げとばかりに赤いリボンのカチューシャを付けられる。


「影山さん?」


 王子姿のキラキラした柿原くんが目を丸くして驚き口元を手で覆う。


「やべ」

「やばいくらい変?」

「いや、そうじゃない。……可愛い」


 そう言う柿原くんの耳は赤くて私の頬にも伝染する。ピンクのチークがきっとリンゴのように赤くなっているのだろう。



 劇は順調に進む。

 白雪姫が毒リンゴを食べ倒れると、いよいよ王子様の登場だ。毎日の練習の成果が発揮出来ますようにと目を閉じたまま祈る。


「なんと美しい姫だろう。私の城に連れて帰りたい」


 王子の台詞に会場から黄色い声が上がる。


 そしてシーンは王子が白雪姫に目覚めのキスのフリをする所。会場から見えない角度で顔を近付けるだけ、のはずなのに目を閉じている私の頬に温かい何かが触れた。


 もしかして、なんて思っても確認する事も出来ず王子の顔が離れていく気配を感じて慌てて劇に集中した。


 拍手喝采の中、舞台が暗転する。


 全身が高揚する中、誰かに手首を掴まれ引っ張られた。暗い中でも分かる白いシルエットは柿原くん。そのまま人気のない体育館裏まで行くと柿原くんは大きな息を吐き出した。


「あー、上手く出来た。影山さんのお陰ありがとう」

「ううん、私も柿原くんのお陰です。……あの」

「何?」

「目覚めのキスの時」

「ああ、あれ。王子の気持ちがちょっと分かったな。死んでてもキレイだと思ったら衝動的にそうなるんだよ」


 どういう意味? と問いたい声は出ない。代わりに胸が飛び出しそうなほどドキドキと大きな音を立てる。


「文化祭終わったけど良かったらこれからも一緒に帰らない?」


 望んでいた言葉に嬉しい気持ちが溢れリンゴ色の頬に雫が伝う。

 からりと晴れた笑顔を私は真っ直ぐに見上げ決心する。


 この胸の中にある想いを伝えよう。




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手をのばした先にある光 風月那夜 @fuduki-nayo

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