第3話

 翌日の放課後は手芸部の活動がお休みだったのでそこで衣装を縫っていた。白雪姫のドレスは一応完成した。次は王子様。真っ白な布地を広げ型紙通りに裁断する。


 ハサミで布を裁ち切る、しょきん、という音に混じって静かに扉が開いた。


「ここにいた」

「え? 柿原くん?」

「先生に生地が届いてるから持っていけって頼まれてさ」


 柿原くんは抱えていた段ボールを机の上に置いてくれる。


「ありがとう」

「今日も一人?」

「今日は手芸部お休みで」

「そうじゃなくて衣装係」

「その、……みんな苦手みたいで」

「苦手だから許されるの? なら俺も苦手なんだけど」

「え?」


 柿原くんから苦手なんて言葉が出てくるとは思わず言葉が止まる。それに何を指して苦手と言っているのかも分からない。


「セリフ覚えるのがさ」

「苦手?」

「そう。王子のセリフなんて短いのに全然覚えられないんだ。影山さんは覚えるの得意そうだよね。古典の授業でも暗唱してたじゃん、あれ格好良かった」


 格好良いなんて初めて言われ反応に困る。


「『なんと美しい』までしか覚えれてないんだよ。どうしたら覚えられる?」

「えっと、私は一度読んだらだいたい頭に残るの。参考にならなくてすみません」

「マジ? スゴいねそのスキル」

「そんな事ない。柿原くんの誰に対しても分け隔てなく明るく接する事ができる能力の方が凄いと思う」


 身を乗り出すように言った後で、こんな事言ったら引かれたかも、と思ってしまい俯く。それに柿原くんからの反応もなくて益々顔が上げられない。


「……べつにフツーだけど、真っ直ぐ言われると照れるな」


 ちらりと顔を上げると柿原くんの耳が少し赤くなっているように見えた。もしかしたらそれは窓から差し込む夕陽のせいかもしれないけど、少し恥ずかしそうな彼の顔を見てしまうと私の頬も夕陽を受けたように温かくなっていた。


「影山さん台本読んだ?」

「はい、一応」

「じゃあ全部頭の中に入ってんの?」

「全部って訳じゃないけど、だいたいは」

「ならさ、今日も一緒に帰んない? 帰り道、台本の読み合わせに付き合ってよ?」

「私でいいの?」

「うん、だからお願いしてる」

「分かった」


 承諾したはいいけれど、なぜか私の胸は緊張のようなそわそわしたものに包まれ早鐘を打っていた。



 暗い道に柔らかい月明かりが照らされ、昨日と同じように二人並んで歩く。


「なんと美しい姫だろう。私の城に連れて帰りたい」

「王子様どうか白雪姫を助けてください」

「助けるとも。そうしたら……えっと」

「城に連れて帰ることを」

「そうそう、城に連れて帰ることを許してくれないか」


 王子様と小人の台詞がたどたどしく夜道に紡がれる。


「だいぶ覚えれた気がする。ねえ明日もいい? って言うか文化祭まで練習に付き合ってくれない?」

「えっと」

「嫌?」


 そんな聞き方狡いなんて言えなくて、嫌じゃない、と返した。

 そして柿原くんは読み合わせの対価だとでもいうように私を家まで送ってくれる。


「じゃあまた明日」

「また明日」


 からりと笑って手を振る柿原くんに会釈してその背が見えなくなるまで見送る。


 そして一緒に読み合わせをしながら帰るのは本当に文化祭まで続いたのだった。

 私は下校が楽しみになっていた。この時間だけはからりと晴れた笑顔を独占してるみたいで。


 だから前日は、今日が最後なのだと思ってしまい寂しいような悲しい気持ちに襲われ胸がツキンと痛む。

 これで一緒に帰るのは最後なんだと感じると足取りは重くなり、それに合わせて柿原くんもゆっくり歩いてくれた。


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