第2話

 柿原くんは誰に対しても気遣いができる優しい人。それに私なんかの名前も覚えてくれている。


「それでは二年C組は白雪姫に決まりました」


 そう言ったのは黒板の前にいる学級委員。来月に行われる文化祭の出し物がクラスの多数決で決定した所だ。


「それでは配役を決めます。自薦他薦ありますか?」

「白雪姫は桐谷さんがいいでーす」

「王子はやっぱり柿原くんじゃない?」


 誰がどの役がいい、とあちこちから声が飛ぶのを学級委員が上手くまとめ配役はすんなりと決まった。


 だけど前の席に座る柿原くんは内心では嫌なのか深い溜息を吐いたのを見てしまう。


 それから手芸部の私は自然と衣装係になっていた。係ごとに集まった時、衣装係は5人でみんな口々に「衣装なんて縫えない」と顔を歪ませている。


「それなら私が縫います」


 小さく手を挙げ勇気を出して声を出す。


「ありがとう任せた。あ、採寸だけしてあげるよ」

「柿原くんの採寸できるなんてラッキー」


 そう言ってすぐに解散してしまった。

 もしかして苦手な事だからと押しつけられたのかもしれない。だって衣装係は他の係からあぶれた人たちの寄せ集めだったから。


 仕方ない。でも私は好きだから頑張れると一人自分を励ましてやるべき事に着手した。



 放課後、誰もいない教室に手芸部のミシンを一台運んで規則的なリズムを奏でる。白雪姫のドレスはたっぷりのギャザーを寄せてお姫様らしくふんわりと。きっと桐谷さんが着たら本当のプリンセスのように見えるだろう。そう考えただけでわくわくしながら足下にあるコントローラーをゆっくり踏んだ。


 その時、教室の扉が開いてドキリとする。誰だろうと振り向くと部活終わりの柿原くんがタオルを首に掛けてそこにいた。


「あれ影山さん一人?」

「は、はい」

「それって白雪姫?」

「はい」

「見てもいい?」

「はい」

「ぶふっ」


 いきなり吹き出した柿原くんにどうしたのかと思って、あの、と問う。


「いやさ、さっきから『はい』ばっかりだから。なんで敬語? 俺らタメだよ?」

「は、はい」

「ほら、また」


 そう指摘され私は口を押さえると柿原くんは隣の椅子に座ってこちらを見た。


「影山さんと桐谷さんて背格好似てるよね」

「まさか、とんでもない」

「ねえ、白雪姫着てみてよ」

「む、無理です」


 全力で断ると少し残念そうな顔をされた。


「なんで王子はさ、死んでる白雪姫に惹かれたんだろう、って思わない?」

「え?」


 そんな事考えた事なかったし、いきなり聞かれた事に私は狼狽える。


「王子のキスで蘇るなんて、王子も知らない訳でしょ。死体にキスする王子ってどうなのって思っちゃうんだよね」

「そんな事考えた事なかった」

「そうだよな、女の子の夢壊すようなこと言ったかも、ごめん」

「ううん、大丈夫」


 大丈夫と示すように手と首を振ると、その時丁度下校のチャイムが鳴り響いた。


「片づけなきゃ」

「手伝うよ」

「大丈夫、一人で出来るし、チャイム鳴ったから帰っ――」

「迷惑?」

「迷惑じゃ」

「一人より二人で片づける方が早いから」


 そう言って柿原くんは広げていた生地をてきぱきと畳んでくれる。その間に私はミシンを片付けた。


「影山さん帰れる?」

「あの私ミシンを手芸部に返して帰るから。手伝ってくれてありがとう」

「それ持つよ」


 柿原くんの言う、それ、を理解する前に柿原くんは私の手からミシンを取り上げる。


「へ?」

「電気消すよ、いい?」

「は、はい」


 慌てて鞄を持って廊下に出ると教室の電気を消してくれた柿原くんに、ミシン、と訴えると、柿原くんはからりとした笑顔を浮かべた。廊下は薄暗いのに、柿原くんの顔だけやけに眩しい。


「運ぶって、結構重いじゃん。ここに男手があるんだから使えばいいんだよ。ねえ手芸部どこ?」


 さらりと言った言葉だけど、女の子扱いされたみたいで少し恥ずかしい。熱い頬で、ありがとう、と言うとその顔を隠すように柿原くんの前に立ち高鳴る胸を抑えて手芸部まで先導した。



 二人で校門を出る。周りに生徒は誰もいない。


「結構遅くなったな」

「ありがとう。また明日」


 頭を下げる私の上から、なんで、と疑問の声が落ちて来る。


「どうせ帰り道一緒だろ? 一緒に帰ればいいじゃん」

「え?」


 友達でもないのに、と思う私の顔を見て柿原くんは、同中じゃん、と言う。


「知らなかった?」


 それに私は首を横に振って否定する。知ってた。同じ中学だった。三年間一度も同じクラスにはならなかったけど。


「地元一緒だろ。だから一緒に帰ればいいじゃん」


 あっけらかんと言われるそれに、私の心の中にあった、友達でもないのに、はどこかに行っていた。


「中学三年の時さ、影山さん生徒会だったよね」

「はい」

「書記で字がキレイで真面目。尊敬する」

「ありがとう。柿原くんは中学も高校もバスケ部だよね?」

「そうそう、よく知ってたね」


 他愛ない会話が心地よい。それに会話が続くようにと柿原くんが楽しく話しを繋いでくれていて、その優しさが温かく身に沁みていく。


 こういう所が柿原くんの良い所だ――とそう改めて感じながら二人並んで初めて一緒に下校した。

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