手をのばした先にある光
風月那夜
第1話
「柿原、冒頭を読んでくれ。……おい柿原起きろ」
「んん? あー俺?」
古典の授業中のこと、先生に当てられたのは私の前の席に座る柿原くんだった。居眠りしていて聞いてなかったのか後ろを振り向いて私の教科書をのぞき込み、どこ? と聞いてくる。
「あ、の、ここ」
しどろもどろになりながら答える私に柿原くんは小さく、サンキュ、と言った。
「やべ教科書忘れたんだった」
そう言いながら私の教科書を見る柿原くんに私は自分の教科書を貸そうと持ち上げる。
「はい」
「おお助かる! 『秋のけはひ?』あれ?」
「柿原もういい座れ。次、影山読んでくれ」
当てられた私はか細い声で返事をして立ち上がった。
けれど私の教科書は、……まだ柿原くんが持っている。返してと言えば良いだけなのにそれさえ言うことも出来ず、私は息を吸って肺に空気を満たす。
「『秋のけはひ入りたつままに、土御門殿の有様、いはむかたなくをかし。池のわたりの梢ども、遣水のほとりの草むら――』」
紫式部日記の冒頭一文を四行ほど暗唱すると、先生に、そこまで、と止められた。
「スゴいじゃん影山さん」
「いえ、あの、私の教科書……」
「あっ悪い。ありがと!」
渡されるそれを私は小さく会釈しながら受け取った。
「柿原、影山に迷惑掛けるんじゃないぞ。柿原に特別な問題だ。紫式部の代表作は?」
「それは知ってますよ~、『源氏物語』です! 光源氏っていうプレイボーイの話だよね」
「プレイボーイって柿原のことじゃん」
「えー俺ってプレイボーイ?」
「あー、静かにしろ。授業を続けるぞ」
ざわついた空気が先生の声で静かになる。
だけど柿原くんは振り返って私に小声で囁く。
「俺ってプレイボーイ?」
そんなの私に聞かないで欲しい。というより、それ気にしてたの?
*
休憩時間、トイレに行って教室に戻ってくると、私の席にはクラスメイトが座って柿原くんたちと喋っていた。
柿原くんは自然に人を集めるタイプで私なんかとは正反対。友達といえる友達もおらず私はいつだって一人で行動している。存在感だってなく、教室にいてもいなくても私のことを気にする人なんていない。
席に戻りたいが仕方がない。次の授業が始まるまで離れた所に立っておこうと思ったその時だった。
「あ、影山さん帰ってきた。座りなよ。ほら渡辺、ここ影山さんの席」
「影山?」
私の席に座っていた渡辺くんが、誰それ? と言いたげな表情で立ち上がる。私の認識なんてそんなものだ。
「ごめんね影山さん。邪魔って言ってくれていいんだよ」
「そんな」
私は首を横に振る。まさか邪魔だなんて言える筈もない。
大丈夫です、と言うのとチャイムが鳴るのが同時で私の小さな声はそれにかき消された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます