第10話 ずいぶん、と彼女は冷たく言った

「おにーちゃん!」

 3103号を探しに外に出たシンヤは、とにかくあたりをうろついていた。行く先の心当たりなど当然あるわけがないのだが、しかし、彼の足は無意識に、川岸に向かっていた。

 背中から、追ってきたエリの声がする。

「ホントに考えたの?」

「なにを」

「死ぬって」

「…………」

 エリは慕う兄から何らかの答えをもらいたかった。だがそれはあくまでネガティブなものではなかった。

「おにーちゃん!」

「疲れてたんだと思うんだよ。なかなか就職できなくてさ、きょう行くはずのところで何か所めかな、そこが死人の面接だっていうんなら、もうそれでもいいかなって思ったんだ……」

「ずいぶんあきらめが早いのね」

 405号が冷たく言う。身体は小さいのに、しっかりとしたその目は、いままでいくつものなにかを見てきたに違いなかった。

「だって!」

「死神のわたしたちには、うらやましいけど」

 あきらめることも、もう、できないのよ。わたしたちは。

 そんな気持ちの吐露が見えて、エリは思わず、405号の肩を抱いた。

「必死だったんだ。ずいぶんまえに、約束があってさ。……でもうまくいかない。身体は大きくなったけど、面接は落ちるし、偉くなるどころか、定職にもつけないし」

 シンヤの言葉に、エリは思い当たる節があった。

「その約束って……」

「エリも覚えてるだろ、昔、うちで飼ってた犬」

「ああ、サト……」

 3103号がそっと姿を現した。胸にぎゅっと握った手を当てて、その表情は悲しそうだった。

 405号はそっと3103号の近くへ行き、抱きついた。

 3103号は405号を支えて抱きしめる。

「俺が拾ってきてさ、育てて、散歩もいっぱい行って……毎日、毎日、話なんかしてさ、そうしたらサトもうれしそうに笑うんだ」

「かわいい子だったよね」

「母さんが、犬は人間より歳とるのが早いのよ、って言うから、じゃあ俺も早く追いつくようにするよって、いっぱい飯食って、大きくなって、偉くなるよって、サトと約束、したんだ」

 思わず――3103号の、唇が、動いた。

「その、サトちゃんは、どうなりましたか」

 シンヤは驚いて振り向く。聞かれて、とても言いにくそうに、言った。

「いなく、なった」

「……散歩の途中だったっけ」

「うん。川に流されてる、小さな小さな仔犬を見つけて……俺の手から、離れて、川に飛び込んで……」

 そこから先のことは思い出すのも嫌だった。結局サトの姿は消え、そのあと、シンヤとエリが、家族と一緒にどんなに探しても見つからなかった。

 言葉をどうしてもつむげないシンヤに代わって、3103号が、静かに言った。

「――それっきり。一緒に流されて、そうして、」

 405号も、3103号にくっついたまま、言う。

「わたしたちはふたりで、ゼロさまのところへ行った」

「ちょうど……この場所、でしたね、シンヤ」

 シンヤは3103号と405号をまっすぐに見た。

「え? なんで、知って……」

「やっぱり、めぐりあわせなんですね。ゼロさまのおっしゃった通り」

「約束、守らなきゃだめよう」

 先に気がついたのはエリだった。見た目こそ人間の姿形をしているが、目の前にいるのは――

「え、じゃ、もしかして⁉」

「お久しぶりです。いまは、名前が変わりましたけど」

「サト……!」

 もう、なにも否定のしようがなかった。シンヤは3103号と、見つめあった。

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