第2話 ちょっと、と彼女は慌てた

 天気の良い公園で、全身真っ黒な服に身を包んだ少女が頭をさすっている。

「痛ーい…………」

【下】をのぞきこんでいたら、ちょっと足を滑らせて落っこちた。何かとぶつかったのは覚えているが、それが何だったのかは覚えていない。目を回して起きたときには、周りに何もなくなっていたのだ。

「ワケわかんなーい。あー、上にも戻らないと、仕事もたまってるだろうし」

 ベンチで頭をさすっていると、405号が目の前に現れた。

「あーっ、いたっ」

「あれ? 405号? どうしたの?」

 あくまで能天気な少女に、405号はちょっとしっかりした様子で言った。

「ゼロさまがつかまえてこいって」

「誰を」

「3103号と、面接から逃げたひと」

「わたしと……え、面接から逃げた?」

「自分は死んでないって言いはって、飛び出しちゃったの」

「大変じゃない! ゼロさまのとこに戻さないと!」

 自分も戻らなければならないことはさておいて、少女――3103号は慌てた。

「だから来たんだけど」

「あ、そっか。じゃあ、手分けして探しましょ。わたしはこっちに行くから、あなたはあっちね。見つけたら、合図をちょうだい」

「はーい」

 なんとも素直に、405号は3103号の指示した方向へ走って行った。

「……でもどこから探したらいいのかしらね。匂いがたどれたらいいんだけど、このかっこうじゃあ……」

 うーん、と、迷った3103号のそばを、女子高生が通り過ぎる。学校帰りなのだろう、カバンを持って、きちんと歩いている。

 3103号は思わず、声をかけた。

「あのう」

 女子高生はすぐに答える。

「はい?」

「……あ、そうか、普通のひとには見えないんだっけ……」

 3103号は、女子高生が返事をしたことに気づかず、あちゃちゃしまった、と、その場を去ろうとした。女子高生がずっと3103号を見ていることに、彼女が気づいたのは、何メートルも離れてからだった。

「あれ?」

「なんですか?」

 ようやく反応してくれた、と、女子高生はほっとした様子だった。

「見えるの?」

「なにがですか?」

「わたし」

「見えますけど」

「なんで!」

「なんでって言われても」

 時々、自分たちが見えてしまう人間もいるとは、3103号も聞いたことがあった。まさかこんなタイミングでそういう人間に会えるとは思わなかったので、彼女はラッキーとばかりに、逃亡者の捜索に一役買ってもらおうと思った。

「じゃあ、ちょっと聞くけど、……」

 言いかけて、3103号は、逃亡者の特徴はおろか名前も聞いていなかったことに気がついた。しまったーと頭を抱える。もう一度405号と打ち合わせしなくては。

「どうしたんですか?」

 そのときだった。3103号の耳に、ブザーの音が聞こえた。

 あのブザーの音は、自分たちが連絡を取り合うときの音だ。405号に違いないと3103号は思った。

 目の前の女子高生に構っていられず、3103号は走り出した。

「え、ちょ、ちょっと!」

 女子高生も慌てて3103号のあとを追う。話がまだ途中も途中、訳のわからない展開に頭は混乱をはじめていた。

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