タイムスリップ

「タイムスリップするならどこに行く?」

 若い頃、まだまだ義務教育も修了していない歳。否、いくつになっても思わず話したくなる話題。

「そうだな~。あの時お前に誘われた起業する話、断らなければよかったよ」

 誰だって「タイムスリップするなら」を考えたことがあるだろう。教科書でしか見たこともない偉人のいた時代に戻ったり、すこし先の未来に行ってみたり。こういった妄想が科学を発展させ、技術を発展させてきた。

 生活感の溢れた部屋に二人の男がいた。小さなテーブルをはさみ、二人してお酒を片手に持っていた。

「お前が断らなければ、もう少し裕福な暮らしができただろうに」

 そう言って爽やかで清潔な青年が部屋を見回した。

「はぁ、俺ももうすぐ就職か」

 お酒を飲む手が止まらなかった。二人の青年は再びお酒を口へと運ぶ。

 一人は高校卒業後、とあるビジネスを始めて成功した。

 もう一人は高校卒業後、大学へと進学した。人生何があるか分からないが、こちらの青年は後悔していた。

「まぁ、今じゃどうしようもないけどな。もうお前も社会人だな、これからがんばれよ」

 そういうと青年は帰っていった。残された男からはため息が漏れる。そしてニヤリと笑った。

「あいつには悪いけど、俺はもうこの世界からいなくなるよ」


 男が訪れたのはとある大きなビルだった。

「予約していた佐藤です」

 男は自分の名前を言うと奥の部屋へと案内された。部屋には特殊な機械が設置されていた。

「では、こちらにお座りください」

 男は言われるがまま椅子に座った。

「タイムスリップする年代をお伺いしてよろしいですか?」

 男はこの世界からいなくなる。それは嘘ではなかった。今から行うのは過去へと戻るタイムスリップだ。

「俺の高校時代……、4年前ぐらいだろうか」

 男がそう言うと、頭に機械を装着させられた。乗り物のような機械ではない。実際に体が戻るわけではなく、意識だけを過去に戻すのだ。

「では、始めます」

 店員がそう言うと頭に強い衝撃が走った。視界が真っ暗になり、意識が途切れる。しばらくして視力が回復すると、そこには見覚えのある建物があった。

「やった成功だ!」

 男は喜びのあまり大声を出す。周りには制服を着た学生たちが、不思議なものを見るような目でこちらに視線を向けていた。

 男が選んだ戻りたい過去というものは、自身の高校時代だった。たった今男が見ている光景は朝の登校ラッシュだ。

 男はかつて授業を受けていた教室へと入ると一人の男子生徒が話しかけてきた。

「おう、おはよう」

 爽やかで清潔な青年だった、彼だ。高校卒業も間近に迫っている時期で、もう学校に来るのも今日が最後の日だ。

「久しぶり」

「なんだよそれ、昨日の俺の真似か?」

 彼が笑って、男も笑った。男はすこしばかり感動しつつ、久しぶりの高校生活を満喫した。

 チャイムが鳴り、放課後となった。男はとある場所へと向かう。普段は誰も近づかない体育館裏だ。

「佐藤君、話したいことって?」

 そこにはクラスで人気の女子生徒が一人、男を待って立っていた。

 男がなぜこの時代を選んでタイムスリップをしたのか、それは親友とビジネスを始めるためでも、高校生活を満喫したかったわけでもない。好きな子に告白する機会を逃した悔しさを晴らすためだった。

「好きです」

 自分の想いを分かりやすく伝えた。恥ずかしさはない。むしろどこか誇らしい気分になった。

 告白の返事を、男は期待していなかった。フラれてもいい、告白することに意味があったのだ。そう自分に言い聞かせて。

「佐藤君、そんな人だと思わなかった」

 予想外の顔をされた。どこか軽蔑するような顔でこちらを見ている。彼女の返事を不思議に思った男はすぐに聞き返した。

「どういう事?」

「タイムスリップしたのはあなただけじゃないわ。そんな事しないと女子に告白できないなんて、弱虫ね」

 彼女はそう言うと、学校一のイケメンに電話した。男の目の前で。ショックで立ち尽くす男は、ほかにもタイムスリップした人がいるのではないかと思ったが、すぐに考えるのを止めた。

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