叶う本

 男は古本屋で買い物をしていた。分厚い本、タイトルに惹かれた本、専門書。様々な本を手に取ってレジへ向かおうとした。すると、古ぼけた本を並べている棚に妙なものを発見する。

「これは?」

 気になってそれを取り出した。表紙、裏表紙、背まで全て真っ黒な本。ペラペラと中をめくるが、どのページにも文字がない。

「なんだ、これは」

 男が元に戻そうとしたとき、店員が話しかけてきた。

「それ、貰っておくれ」

 しわだらけの顔に、かすれた声。店員は、それが長年この店に置いてあると教えてくれた。

 男に断る理由はなかった。タダでくれるものなら貰っておきたい。男は、購入した数冊の本とそれを持って店を後にした。


 就寝前、古本屋で買った本を読み終えてしまった男は、あの真っ黒い本を眺めていた。

「ん?」

 男が何か書かれていないか中を確認していると、最初のページに文字が書かれていた。印刷されていない手書きの文字。

“願いが叶う本”

 それだけがぽつんと中央にあった。その裏側のページには“欲を出すな”と書かれている。それ以外には、やはり何も書かれていない本だ。

「本当だろうか」

 男は机の上のペンを手に取った。口にくわえながら少し悩んで、文字を書き始める。

「そうだな、とりあえずお金が欲しいな」

 お金が欲しい、そう書いた。男は期待しながら何かが起こることを待ったが、数分待っても身の周りで変化が起こることはなかった。

「そうだよな」

 男はその本を閉じ、その日は眠りについた。


 次の日、男は目の前の光景に驚いていた。あの真っ黒い本の中から、数枚の紙幣がはみ出して挟まれていた。

「なんと、これは本物か」

 男は家を出るなり近くの店でその紙幣を使った。会計を済ませることができ、男は大変喜んだ。

「これがあれば、困ることはない」

 それから男はたくさんの願いを書いた。豪華な家が建ち、美人な奥さんや数人の子どもたちに囲まれた。男は幸せだった。

 だが、ついにそんな生活も終わりを迎えようとしていた。とうとうこの本の最後のページに到達してしまう。最後の願い、男は長い時間考え込んだ。男が最後のページを開いて悩んでいると、とあることに気付く。

 ページを切り取られた跡を見つけたのだ。ほんの少し破けた跡があり、男はこれが本当の最後のページではないと考えた。

「復元するとまだ使えるかもしれない」

 男は喜びながら最後の願いを書きこむ。破れた紙を直せ、と。

 男が見つめていると、みるみるうちに破けたページが現れ始めた。完全に元通りになると、再び願いを書きこもうとした。男がどうしようかと悩んでいると、裏に何かが書かれていることに気が付く。

「なんだ? 何か書かれているぞ」

 男より先に書かれていた文字。

“ここまで来たものは全てを失う 欲を出すべきではない”

 男は気にせず願いを書きこもうとした。家のどこかで火災が発生した事には気付かずに。

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