夢のちから

「おじさん、何してるの?」

 一人の男の子が訊いた。

「ん? 何も……」

 男の子の顔を見て、ため息交じりに答えた。男は公園に設置されたベンチに何もせずただ座っていた。公園で遊ぶ小さな子供たちを眺めたり、空を見上げたり。それだけを繰り返していた。

「何もって、おじさん何してる人?」

 好奇心旺盛な男の子は、更に質問をぶつける。すこし困った様子で男は口を開いた。

「君こそ、何をしているんだ?」

 男が逆に質問を返す。目の前に立っている男の子は隠すことなく今の状況を話してくれた。

「俺は今友達を待ってる。いつもここに集合して遊ぶんだ」

 男の子は答えた。だが、男はこの子のことを詳しく知りたかったわけではなかった。雑な相槌を打つとベンチから立ち上がりこの場から離れようとした。

「待てよ、おじさん。もしかしておじさん、女子を狙った不審者なんじゃないの? もしそうなら警察呼ぶよ!」

 男の子は元気よく大声を出した。公園で子どもを見守っていた保護者と思われる大人たちが、一斉にこちらに視線を向ける。

 怖いもの知らずの子どもだと男は思った。普通は焦ってしまうこの状況、だが男は冷静さを保ったまま答えた。

「俺はおじさんじゃない。それに不審者でもない……」

 立ち去ろうと試みた男は、今にも大声を出して助けを求めようとする男の子を見て、今日一番のため息を漏らす。

 男は体を公園の出口から再び公園内に向けた。男はジリジリと男の子へと歩き出す。男の子はすぐにでも殴り掛かれるように拳を握り締め構えた。

「な、なんだよ」

 男の子は恐る恐る話しかける。無言で近づいてくる男に、警戒を解かずにそのままの体勢を保ったまま。男はその様子を見ながら間合いを取って立ち止まった。

「少年、見てろ」

 男は手を握り締めて男の子の前に差し出した。すこしの膠着状態の後、ジリジリと寄ってきた男の子が手のひらを皿のようにして、男の作った握りこぶしの下に持ってきた。

 男が手を広げると、とある物体が男の子の手のひらへと落下した。太陽の光を反射して強い光沢が出たそれは、誰しもが見覚えのある金属だった。

「えっ! くれるの!?」

 男の子の手のひらには光輝く五百円玉が一枚乗っていた。鋭くとがっていた男への視線も、キラキラと輝く子ども本来の瞳へと変わった。露骨に態度の変わった男の子を見てさらにもう一枚の硬貨を渡した。

「俺はなんでもできる超能力を持っている」

 突然の発言に男の子は硬貨をポケットに入れてすこし後ろに下がった。こういった発言は普通、頭のおかしい人物が言うものだ。予想通り、男の子はすこし軽蔑するような目で男を見た。

「おじさん、こんなの超能力じゃないよ、手品だよ。本当の超能力は空を飛んだり、心を読んだり、金属を簡単に曲げたりすることだよ」

 呆れた顔で男の子は言った。すると男はジャンプしてそのまま空中に静止して見せた。

「これだけじゃない。君が今考えていることを当てたり、あそこにあるブランコを柔らかい粘土のように丸めたり、天候だって変えられる。俺にできないことはない」

 地面に降り立つと男の子が駆け寄ってきた。先ほどよりも目をキラキラと輝かせている。

「おじさんすごい! 俺もそんな夢みたいなちから欲しい!」

 抱き着いてしまうのではないかと思うほどの勢いで男の子は迫ってきた。男は羨ましがる男の子を見て、今日初めて笑った。その奥には哀しさを含んで。

「夢みたいなちから、確かにそうだな。これは夢のちからだ。でもな、一つだけできないことがあるんだ。それは、この夢の世界から目覚めること。それだけは絶対にできない」


 とある病室にて。

 手入れされた清潔なベッドで眠る青年を、年を取った女性がお見舞いに来ていた。

「和樹、もう一年だよ。お前が昏睡状態になってからもうそんなに経ったんだね。あの日、お前と接触した車の運転手は退院したそうだ。……今頃は夢でも見ているのかな。早く目を覚ましておくれ」

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