3
夕闇が落ちる。歩いていく私たちを、車が追い抜いていき、そのたび自分達の影がいくつも、足元をくるりと回るように、追い越しては消えていく。それはさながら行進しているようで、「怖いよね。夜の行進の話を聞いた後に、こんな……」と私は影を指さした。
「怖くないよ。ただの影じゃない。ひなは怖がりだなあ。ねえ、教育相談室で、私が聞いた話、聞きたい?」
「聞いた話? 紗那が話を聞かれたんでしょ?」
「型通りはね。でも本当は、先生たちが夜の行進の話がしたかったみたい。」
「あんなの、都市伝説だよ!」
私は強く首を振った。
「そうかもね。でも……先生たちとしては、防げるものなら防ぎたいんでしょうね。生徒が何人もいなくなったら、大騒ぎになるもんね」
「それで……、どんな話だったの?」
「あれ? 聞くの?」
「聞くよ! 聞かなかったら、ずっと気になっちゃうじゃない!」
「ひな、可愛いなあ。もう、大好き!」紗那はくすくす笑って、私に抱き付いてきた。
「あのね……中村に呼ばれても、振り返るな、って」
「うん。……それで?」
「それだけ」
「えーっ! そんなの当たり前じゃない!」
「まぁね」
紗那はニヤニヤ笑って私を見ていた。
「ちょっと! からかっただけでしょ! もう、先生たちがそんな都市伝説の話をするなんて、おかしいと思ったよ」
「ごめんごめん」紗那は笑った。「ひな、可愛いから大好き!」
「もー、誤魔化されないからね!」
頬を膨らませて怒った顔をしてみせると、紗那が笑い転げた。
よかった、紗那はこんなに楽しそうに笑っているんだから、夜の行進に入った方が楽、なんて思わないよね。私はひそかにほっとした。
紗那が急に立ち止まって言った。「ゴメン! 忘れ物しちゃった。先に帰ってて」
「待ってるよ」
「いいの? じゃあ急いで行ってくるから、ここで、待ってて!」
紗那は制服のスカートを翻して、校舎の方に戻って行った。
紗那の姿が見えなくなった頃、「坂上」と誰かが紗那を呼ぶ声が聞こえたような気がした。しばらく耳を澄ましていたが、時折車が行き過ぎていく音が聞こえるだけで、悲鳴も話し声も何も聞こえてこない。
きっと空耳だ。さっき、紗那に変な話を聞いたせいだ。
そう思ってみても、不安な気持ちは消えない。じっとしていられなくて、走って曲がり角まで戻り、道の先を覗いてみたけれど、やっぱり何も異常はなかった。紗那の姿もない。きっと、もう校舎の中に入っているのだろう。
(気にしすぎ。なんでもないじゃない)と苦笑した。
それから私はぼんやりと道端に立って、なんども追い越していく自分の影を見つめていた。この中に、中村君は入ってしまったんだろうか? そして、紗那を呼び込もうとしているんだろうか? おあいにく様、紗那は振りかえらないよ、と私は影に向かって言う。
だんだん暗くなっていくと、車のライトがだんだん強くなっていく。そして影もだんだん色濃くなる……。
紗那、早く帰って来ないかなあ……。
予想に反して、紗那はなかなか帰ってこない。
もう帰っちゃおうかな? という気持ちが頭をもたげる。ダメダメ、もう少し待ってみよう。待っているって約束したんだから。
「おーい、ひなー!」
ほら、戻ってきた!
「紗那! 遅かったじゃない!」
私は勢いよく振り返った。
そこには黒い影になった紗那が立っていた。そして驚いている私を突き飛ばした。
車のライトが私を照らし、足元に出来た影がくるりと追い越していく。影の行列の中に落っこちていきながら、私は紗那の声を聞いた。
「ひな、だーいすき……」
振り向いてはいけない 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika
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