夕闇が落ちる。歩いていく私たちを、車が追い抜いていき、そのたび自分達の影がいくつも、足元をくるりと回るように、追い越しては消えていく。それはさながら行進しているようで、「怖いよね。夜の行進の話を聞いた後に、こんな……」と私は影を指さした。

 「怖くないよ。ただの影じゃない。ひなは怖がりだなあ。ねえ、教育相談室で、私が聞いた話、聞きたい?」

 「聞いた話? 紗那が話を聞かれたんでしょ?」

 「型通りはね。でも本当は、先生たちが夜の行進の話がしたかったみたい。」

 「あんなの、都市伝説だよ!」

 私は強く首を振った。

 「そうかもね。でも……先生たちとしては、防げるものなら防ぎたいんでしょうね。生徒が何人もいなくなったら、大騒ぎになるもんね」

 「それで……、どんな話だったの?」

 「あれ? 聞くの?」

 「聞くよ! 聞かなかったら、ずっと気になっちゃうじゃない!」

 「ひな、可愛いなあ。もう、大好き!」紗那はくすくす笑って、私に抱き付いてきた。

 「あのね……中村に呼ばれても、振り返るな、って」

 「うん。……それで?」

 「それだけ」

 「えーっ! そんなの当たり前じゃない!」

 「まぁね」

 紗那はニヤニヤ笑って私を見ていた。

 「ちょっと! からかっただけでしょ! もう、先生たちがそんな都市伝説の話をするなんて、おかしいと思ったよ」

 「ごめんごめん」紗那は笑った。「ひな、可愛いから大好き!」

 「もー、誤魔化されないからね!」

 頬を膨らませて怒った顔をしてみせると、紗那が笑い転げた。

 よかった、紗那はこんなに楽しそうに笑っているんだから、夜の行進に入った方が楽、なんて思わないよね。私はひそかにほっとした。

 紗那が急に立ち止まって言った。「ゴメン! 忘れ物しちゃった。先に帰ってて」

 「待ってるよ」

 「いいの? じゃあ急いで行ってくるから、ここで、待ってて!」

 紗那は制服のスカートを翻して、校舎の方に戻って行った。

 紗那の姿が見えなくなった頃、「坂上」と誰かが紗那を呼ぶ声が聞こえたような気がした。しばらく耳を澄ましていたが、時折車が行き過ぎていく音が聞こえるだけで、悲鳴も話し声も何も聞こえてこない。

 きっと空耳だ。さっき、紗那に変な話を聞いたせいだ。

 そう思ってみても、不安な気持ちは消えない。じっとしていられなくて、走って曲がり角まで戻り、道の先を覗いてみたけれど、やっぱり何も異常はなかった。紗那の姿もない。きっと、もう校舎の中に入っているのだろう。

 (気にしすぎ。なんでもないじゃない)と苦笑した。

 それから私はぼんやりと道端に立って、なんども追い越していく自分の影を見つめていた。この中に、中村君は入ってしまったんだろうか? そして、紗那を呼び込もうとしているんだろうか? おあいにく様、紗那は振りかえらないよ、と私は影に向かって言う。

 だんだん暗くなっていくと、車のライトがだんだん強くなっていく。そして影もだんだん色濃くなる……。

 紗那、早く帰って来ないかなあ……。

 予想に反して、紗那はなかなか帰ってこない。

 もう帰っちゃおうかな? という気持ちが頭をもたげる。ダメダメ、もう少し待ってみよう。待っているって約束したんだから。

 「おーい、ひなー!」

 ほら、戻ってきた!

 「紗那! 遅かったじゃない!」

 私は勢いよく振り返った。

 そこには黒い影になった紗那が立っていた。そして驚いている私を突き飛ばした。

 車のライトが私を照らし、足元に出来た影がくるりと追い越していく。影の行列の中に落っこちていきながら、私は紗那の声を聞いた。

 「ひな、だーいすき……」

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振り向いてはいけない 和來 花果(かずき かのか) @Akizuki-Ichika

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