2
翌朝、「今日、学校を休んだら?」とお母さんが言ってきた。
「なんで? 今日は英文の暗唱のテストもあるし、行かないと」
病気でもないのに、学校を休んだら、なんて言われるのは初めてだ。
「ああ、そう。そうよね。だけど、ひなのクラスの子、行方不明になったんだって。昨日の夜から帰ってこない、って学校から連絡があったのよ。なんだか心配になっちゃって」
「行方不明?」
昨日の、紗那の存在が希薄な感じを思い出して、息が苦しくなった。……まさか、紗那が?
「お母さん、いなくなった子の名前は?」
「さあ、わからない。自動音声だったから聞けないしね」
急いで制服に着替えて、家を飛び出した。息を切らせて教室に駆け込み、紗那は……、と教室を見回す。
いた!
太ももに手をあてて、はーっと大きく息をつく。
よかった、と言う訳にはいかないけれど、いなくなったのは紗那ではなく、中村君だった。中村君と仲のよかった友達は、教育相談室に順番に呼び出され、行き先の心当たりを聞かれたり、スマートフォンでのやりとりの内容を確認された。
その間も、授業はいつも通り行われたが、絶え間なく誰かのささやき声が教室のどこかでさざめいていて、それをみんなが息をひそめて聞いていた。
いつもなら、私語が聞こえようものならすぐさま怒りだす先生も、今日ばかりは黙認していた。
『聞いた? あの話……』
『いや、知らない、何?』
『中村君、夜の行進に行っちゃったらしいよ』
『夜の行進? なにそれ? スタンプラリーか何か?』
『知らないの? 夜の魔物だよ。呼ばれるんだって、名前を。だから、つい振り返って返事をしちゃうだろ。そうすると、行進の中に取り込まれちゃうんだ。あとはもう何も考えずに、歩くだけ。行進の列に入って、前の人について行かなきゃいけないんだ。永遠に』
『怖え……』
二人の会話が、一瞬途切れた。一呼吸おいて、三人目が話し出した。
『それがさ、そうでもないらしいんだ。ひとたび行進に取り込まれちゃうと、恍惚として気持ちいいらしいんだよ。何も考えず、ただついて行くだけ。おれは羨ましいよ。……だって、楽だろ?』
『もう勉強しなくていいんだもんなぁ』クラスのあちこちで、ほうっとため息をつく気配がする。
『いや、勉強しなくていい、というよりも……、もう、何も考えなくて、済むだろ?』
その言葉はじわり、とクラスに浸み込んでいった。しん、と静寂が支配する。
私はそっと振り返って、後ろの席の紗那を見た。
紗那はうつむいて、教科書をのぞきこんでいたけれど、口元には笑みを浮かべていた。
ーー恍惚として気持ちいいらしいんだよーー
さっきの男子の声が耳に蘇る。
(紗那、何を考えているの……?)
私は膝の上で両手を組み合わせて、祈る様にぎゅうっと握りしめた。その時、ガラッと音がして、教室の後ろのドアが開いた。教育相談室で話を聞かれていた、外山くんが戻ってきたのだ。
「次、坂上紗那だって。教育相談室で、先生が待ってるから、早く来いって言ってたぞ」
紗那が静かに立ち上がる。
「待ってよ、紗那は中村君と仲良くなんかなかったじゃない。なんで紗那が!」
私は紗那の背中に追いすがろうとした。なぜか行かせてはいけない気がしたのだ。紗那に向かって伸ばした私の手を、外山君がつかんだ。
「仕方ないんだ。中村は、坂上紗那が好きだったから」と外山くんが言う。
仕方ないとは思えないし、中村君が紗那を好きだったとしても、なぜ紗那が事情を聞かれなければいけないのか、ちっともわからない。
けれど外山君は私の手を離してくれず、紗那は行ってしまった。
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