アキノの想い。 ――そして




 家の窓から見上げる夜空に宝石が煌めいていた。


 アキノの胸のうちに言い知れぬ思いが湧き上がった。この心臓を針金で巻かれたような思いはなんだろう、あの青年と洋館での出来事が何度も波のように胸の中に押し寄せる。

 

 アキノはあの青年の中に真の魔人そのものを見ていたのだ。

 

 ――西条という天才があのマシンをつくったと言ったが、本当にそうなのだろうか……。 実は彼こそが西条ではないのか。

 たぶん、いや、きっとそうなのだ。真の天才とは彼なのだ。あんなものが並や大抵のことで出来るはずがない――。

 

 そう考えると果てしない彼への想いが胸に募った。あのときの彼の瞳の輝きを忘れる事が出来ない。確かめたいと思った。そうでなければこの胸騒ぎは治まりそうもない。

 そうだ、もう一度彼に会って真相を確かめるのだ。そう決心するとアキノの心中に熱い炎が凛として燃え上がった。




 * *


 


 だが、それから僅か三日ほど経った時、仮面の魔人の洋館が焼けたというショッキングなニュースが世間を騒がせた。

 失火か放火かどうかも分からない。仮面の作家の安否が取り沙汰されたが、魔人の付けていた指輪や焼け焦げた頭巾などが見つかったので、大方の予想は焼死だろうと言う。それを知ってアキノは心臓が止まりそうになった。

 

 納得できずにあの洋館を見に行ったほどだ。それから暫らくアキノは悲しすぎて家から一歩も出られなかった。

 仕方なく彼女は興奮して読めなかった『闇夜の訪問者』を涙にぬれながら読み始めた。起承転結のあるとても面白い話で、とてもこれを機械がしかも即興で書いたなどとは信じられないのであった。だがその最後のページにこう書かれてあった。


 

 ――いつか、いえ、近々に僕の家は焼けます。僕が自分で焼くのです。

 前にも申しましたが仮面の魔人を演じるのに僕は疲れ果ててしまったのです。新聞がどう書くかわからないですが僕は焼死なんてしません。安心してください。

 僕は生きている。そして頼みます。『闇夜の訪問者』をアキノさん、出版社に送ってください。必ず売れるはずです。直ぐにではなく暫らく間をあけるのです。

 悲劇的な死を迎えた魔人が生き返ったとしたら、世間が放っておくものですか、それだけで本はバカ売れするに決まっている。

 もちろん作者は仮面の魔人ですよ。そして僕はあなたに厚かましいお願いをします。どうぞおきき願いたい。あなたに仮面の魔人になってほしいのです。

 幸い仮面の魔人の素顔を誰も知らない。実を言うとあのマシンはあるところに隠してあるのです。だから作品には当分困らない。

 ね、アキノさん。僕の代わりにあなたに仮面の魔人になっていただきたいのです。今度お会いする時までにどうか腹を決めておいてほしいです。僕は君に切に、そのお願いをする限りです。

 

 では折を見てこっそりとご連絡を致します。

                           



                           安藤修一



                    


                  了


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仮面の魔人 松長良樹 @yoshiki2020

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