02 終

「ねえ。信じられる?」


「いや。わかったから。わかった」


「結婚しようって言ったら、仕事だから後にしてくれ、ですよ。ありえないわほんとに」


「うんうん。ありえないねえ」


「ねえちょっと。ちゃんと聞いてよ」


「あんた何度目よその話」


「ほんともうありえない」


「あたしはあんたがありえないわよ」


 喫茶店、マインスイーパ。


「店長の旦那さんもお仕事なんですよね?」


「ええ。海外で命張ってるわ」


「そうなんですか。凄いなあ」


「凄いわよ。うちの旦那は。なにせお給料が高い」


「そこですか」


「給料と下半身がついてればあたしは満足だね。あと顔」


「なんかこわい」


「昔はねえ。あたしもあんたみたいに気を揉んでたなあ」


「そうなんですか」


「何十年も前の話よ。今はもう、この生活に慣れきったわ」


「慣れるの、かなあ」


「あんた。恋人の仕事知ってんの?」


「知りません。ぜんぜん」


 嘘だった。

 彼は。世界のどこかで、人を助けている。

 そして、それを隠してる。だから、わたしもそれに乗っかって、知らないふり。

 この前。死亡率の高い機雷掃海だったから。電話で、せめて命を引き留める助けになればと思って、告白したのに。邪険に扱いやがった。ゆるさねえ。会ったらラリアット決めてやる。


 扉が開く。


「嫁えええ。逢いたかったぞおおお」


 店長の旦那。


「うわ。うちの旦那来たわ」


 抱きつこうとした旦那に、綺麗に店主のラリアットが入った。これが、夫婦の呼吸なのか。すべての動作がスローモーションで、はっきりと見えた。そして、いたそう。ごきって音した。


「え、課長。え」


「いいラリアットだねっ。さすが嫁っ」


 遅れて、彼が。入ってきた。


「あれ。なんでお前ここにいんの?」


「おいっ。結婚の申し出を仕事だから後にしろとは、どういう了見っ」


「あ、ごめん。先に課長と報告書を書くから。後にしてくれ」


 またか。


「えいっ」


 身長差のある彼の首に、腕を叩き込んだ。


「お?」


 抱きつこうとしたのと勘違いされたのか、腰を抱かれて軽く持ち上げられた。


「満足か?」


「ちがうちがうちがう」


 ラリアット。ラリアットなのに。抱きつこうとしたわけじゃないのに。


「ほれ。も少しここでコーヒー啜ってな」


「ラリアット。ラリアットなのに」


「後にしてくれ」


 彼が、店主の旦那さんと一緒に奥へ消える。


「ううう」


 コーヒー。ストローでずるずると啜る。


「おかわりっ」


 店主にコーヒーのカップを突き出す。それを見た店主が。にんまりと笑う。


「あんた。左利きだったねそういえば」


「なんすか。店長。おかわりおかわり」


「わかったよ。鈍いねあんたも」


「何がですかっ」


 コーヒーがぶ飲みしてやる。やけ飲みだ。


「左手。薬指」


 店主が。指差す。

 自分の。

 左手。薬指。


 指輪がはまっていた。


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後にしてくれ 春嵐 @aiot3110

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