おまけ

 20話のそのあとに


***


 目当てにしてきた穂高はいなかった。

 代わりに、やたらとにこにこと笑っている男がカウンターの中にいた。

「お待たせしました、ギネスとハイネケンね」

 手つきは鮮やかに、無駄のない動きでグラスを音も立てずに置く。随分慣れているんだな、と原口は見るともなしに男を見ていた。こういうのを、優男って言うんだろうなあ、などと松井と話しながら要らぬことを考えていた。

 ふわふわとした長めの髪を後ろで結んでいるのがよく似合っている。バーと言うよりはカフェにいるような雰囲気の人だ。口調も丁寧なのか砕けているのか、絶妙な距離感だ。優しいお兄さんって感じ。

「はい、ステーキサンド。刻みわさび入ってるんで気をつけて。あ、ナイフいるかな?」

 いや大丈夫です、と断って、かなりボリュームのあるサンドイッチふたつを、松井とひとつずつ頬張った。

 美味い。

 なにこれ死ぬほど美味いんですけど。

 松井が感嘆の声を上げる。

「美味いな。おまえよくこんな店知ってたな」

 女の子の店になんか行かなくて正解、と松井が言った。原口はにやっと笑った。

「ああまあ、なりゆきっていうか…あの、すいません」

 カウンターの端に行ってしまった男に声を掛けると、気がついた男がこちらを向いてにこにこと笑った。

「はいはい、何でしょう」

 やって来た男に原口は聞いた。

「こないだ、卵の、えーとなんつったかな、オムレツ? なんかケーキみたいなんだけどしょっぱいやつ出してもらったんですけど、それあります?」

 隣の松井がなにそれ、と笑っている。

「あーキッシュのこと?」

「あ、それそれ」

「ないですね!」

 にこにこと笑顔のまま男は切って捨てるように言った。

「作ってるやつがどっか行ったまま帰って来ないんで、今日はナシってことで!」

 きょとん、としたまま男を見上げて、はあそうですか、と原口は言った。

「あのー」

「何でしょう」

「なんか怒ってます?」

「まさかあ」

 にこにこと笑って男が言った。いや絶対怒ってるよなこれ、と思いながらも、ですよねー、と原口もにこにこと笑い返した。

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卵を抱いて眠る 宇土為 名 @utonamey

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