第4話 5人のニャンコとお風呂
その後、ノエル先生に改めて俺のこと紹介してもらい、続いて五人の子どもたちを紹介してもらう。
真っ白なツンツン頭と、サファイアのような美しい碧眼を持つレオくんについては、だいたいわかった。
そして、残る四人の子たちなのだが、部屋に入ってパッと見渡したとき、俺は全員女の子かと思った。だがそれは見当違いだということが、ここで明かされる。
まず、水色のミディアムヘアと、輝くような蜂蜜色の瞳を持つ少女。彼女はアリアちゃんと言って、この世界に転生してすぐに出会ったあの子だ。
そして、そのアリアちゃんとよく手を握り合っている少女はローズちゃん。紅柴色の綺麗な髪はツインテールでまとめられているが、おろしたら彼女の背中ぐらいまではあるだろう。
桃色の瞳はきりっとしているが、その中にどこかあどけなさを残している。
続いて、全身全霊からおっとりオーラを放つ女の子、マリーちゃんは、碧い瞳と濃い黄色に近い金髪が特徴的で、その髪はゆるふわボブだった。
「これからよろしくね、いぶき先生」
と、春光を浴びた花のような笑顔であいさつしてくれたところを見ると、彼女には余計な警戒はされていないようだ。
そして最後の5人め。俺は生まれて初めて、このタイプに出会った。
『シオン』という、どこか中性的な名前はまあ置いておこう。
少し明るめで
ダメ押しの、女の子らしい仕草と華奢な身体つき。そしてその身を包む黒いロングワンピース。
これだけの条件を揃えておいて、この子は俺と同じ性別らしい。
そしてこの俺、大和伊吹は、両親から授かった男のシンボルを持って生まれてきた。
「……えっと、シオン、くん? きみ、ホントに男の子なのか?」
「そうだよ? あ、信じられないなら……」
「いいい、いやいや、別に信じないとは言ってない! 滑らかにスカートの裾をめくろうとするな」
俺は、大慌てで彼の行為をやめさせた。
「くす、お兄さんおもしろいね。ちょっと興味出ちゃったかも。――あ、ボクのことは、シオンくんでも、シオンちゃんでも、シオンきゅんでも、好きに呼んでね」
さらっとツッコミどころ満載の台詞を残し、シオン……くんはふっと踵を返すと、リビングの奥にあるソファに歩いて行き、こちらを向いて横になった。
その美しい瞳は、何やら色香のような笑みをはらんでいるが、ま、まあいい。
これで俺と5人の子どもたちは、互いの素性を知ったわけだ。
彼らはみな身長も150㎝前後だし、本当に人間界の中学生の子どもたち、といった感じ。
しかし、精神年齢や物事の考え方といった部分は、人間と比べると少しズレているだろうか。
ノエル先生が改めるようにもろ手を打ち鳴らし、少年少女の注目を集めると。
「それじゃあみんな、今日からいぶき先生もみんなの担当先生だから、ほら、よろしくお願いしますって」
「くす、お兄さん、よろしくね」「いぶき先生、よろしくお願いしますっ」
シオンくんとマリーちゃんは素直だったが、残りの3人との間には、まだ決して低くない壁があるようだ。
「ま、まあ、よろしくな」
俺のぎこちないあいさつをもって、ひとまず自己紹介の場は締められた。
てなわけで、現段階では色々と課題も多いが、とにかく第二の人生も地に足を付けられたというところだろうか。
これでいちおう衣食住のすべてが揃ったわけだからな。
ノエル先生に案内されて残りの部屋も見て回ったが、改めてここに住ませてもらっていいのか、と思ってしまう。
リビングは10畳、ふすま3枚を隔てて隣接する和室は6畳という空間。
和室には2段ベッドとローテーブル、押し入れがあり、就寝時はリビングへテーブルを移動して布団を敷くのだとか。
リビングにはダイニングテーブルやソファなどが設置され、正直言って申し分ない設備である。
「あ、浴室の近くにある空き部屋は私たち教員用なので、必要があれば使ってくださいね」
「わ、わかりました」
「それから、こちらをどうぞ」
部屋の説明を終えたノエル先生が差し出してきたのは、けっこうなサイズの紙袋。
「これは……」
受け取った紙袋を開いて中を確認し、俺は思わずノエル先生の顔を見た。そこには、衣類と他に小物が少々。
「は、はい、ほんの心ばかりですが、お召し物と洗面用具などです」
「え、いいんですか、ここまで用意していただいて」
「ええ、遠慮しないでください」
と、例のごとく無自覚殺人スマイルを決めるノエル先生。
心ばかりと言うが十分すぎる。彼女いわく、この学園は最高のホワイト学園だから、とのこと。
これはますます尽力するしかないな。というか、もうここにずっといても良いような気さえしてくるが、俺は天国行き待ちの身だった。
その後、荷物を教員用の部屋の棚に片付けてリビングに戻った俺は、少しでも早く新たな日常に慣れるべく、ノエル先生にこれからどうするのかを確認する。
「そうですね、普段は15時くらいに学校が終わって、18時から部屋ごとに夕食。その後は基本的に自由時間で、子どもたちは遅くても22時に就寝する感じです。今日はこれからお風呂ですね」
「わかりました、ところで――」
風呂はどんな感じで、と聞こうとしたわけだが、ノエル先生は再び子どもたちの注目を集めたかと思うと、ふいにぶっ飛んだことを。
「みんな、今日は誰とお風呂入る? ほら、せっかくだからいぶき先生に入ってもらったら?」
それがレオくんと、まあ……シオンくんに限ったことなら驚かないんだが、ノエル先生は明らかに、5人全員に向けて言ったのだ。
さらに子どもたちも特に驚くことはなく、談笑しながらそれぞれがどうしようかと思考している。
「オ、オレはいつも通りノエル先生とでいい」
平然と答えるレオくんに対し、俺が目ん玉をかっぴらいて驚愕しているなか、ローズちゃんがアリアちゃんとマリーちゃんの手を握り、
「じゃあ私たちは、今日は3人で入ってくる」
と答える。
そして、その様子をソファの上から見ていたシオンくんがこちらに歩み寄ってきて、俺の左手をぎゅっと握った。
「くす、しょうがないなあ。それじゃあいぶき先生にはボクが付き合ってあげる」
「……え、あ? ちょっ」
待て待て待て! 突っ込むべき項目が多すぎて俺の脳みそがパニックだ。
まず前提として、俺はひとりずつ入浴するものと思っていたのだが、みんなの反応を見る限りどうやらそうではない。
そして、ノエル先生の問い方、子どもたちの答え方から察するに、その組み合わせは日によって変動する。
さらに言えば、その組み合わせに関して教員と生徒、さらには男女の区別はない! ということか⁉
「えっと、の、ノエル先生、これは……」
「はい、お風呂です」
と、まるで何を聞いているのか分からないと言わんばかりに、誰でもわかる答えを提示してくれるノエル先生。
「あ、そうですね、いぶき先生は初めてですから分からないですよね。それじゃ今日は私が一緒に入ってご説明を……」
「い、いいえ、だ、ダイジョブです! えーっと……あ、そ、そう、天使さんにあらかじめ教えてもらってるので!」
「あ、そうなんですね、それなら安心です」
天使の笑みで安心を表現するノエル先生。
彼女の反応を見て、なぜかものすごく残念な気持ちになったが、うんあれだ。これは、俺の読みがみごとにあたったらしいな。
「あ、いぶき先生、すみませんけど、お風呂の順番最後でもいいですか?」
「え、あ、はい、俺は別に構わないです……」
「ホントにすみません。と言うのも、シオンは子どもたちの中でいちばん髪が長いので物理的に時間がかかりますし、あの子、すごいお風呂好きで長風呂なんです。大丈夫ですか?」
なるほど、非常に納得のいく理由だ。そして、俺は風呂やら銭湯やらが好きなのでそこは問題ない。
というわけで、レオくんとノエル先生、アリアちゃんたちキューティーガールズ3人組、俺とシオンくん。この順番で入浴することに。
ノエル先生とレオくんが当然のように揃って浴室へ行き、かすかに水音が聞こえた時点で、俺はついに自分を納得させた。
風呂に関する一連の流れ、ワンチャン、ノエル先生と5人の子どもたちによる、超リアルドッキリじゃないのか。
とまだ少し疑っていたのだが、こうなってはもはやその線も完全に消滅だ。
その証拠に、風呂の番を待っているレオくん以外の子どもたちは、まったく気にせずリビングでじゃれ合って遊んでいる。
すべて納得した俺はL字のソファの端に座り、学園案内の前にノエル先生から頂いた、教員のマニュアル的なものに目を通していくことに。
郷に入っては郷に従えだ。
ノエル先生たちは30分ほどでリビングに戻り、すぐにアリアちゃん、ローズちゃん、マリーちゃんが浴室へ。
「あ、おかえりなさい」
「ただいまです」
湯上りの美女に再びドギマギする俺、とは正反対に、余裕のエンジェルスマイルで応答するノエル先生。
おいおい、なんでまたお寝間着がシルクのネグリジェなんだよ。
絹の輝きと彼女の白い肌、しかしほのかな薄桃色に染まる秀麗なお顔。高く結い上げた黄金色の髪。もう全てがよろしくない。
「――ッ」
「? いぶき先生、どうかしました?」
と、手を伸ばせばぎりぎり届く距離から心配してくる美女。
「い、いえ! なんでもないですう!」
「――? あ、私ちょっと髪を乾かしてきますね」
「は、はいっ!」
そして、洗面所に戻っていくノエル先生の後ろを見て、思わず目を逸らす。
――なんでそんなに背中開いてるの?
ネグリジェの後ろが、腰のあたりまでV字にがっつり開いていて、ノエル先生の美しいお背中が見えちゃってます。
すると……。
「おい、いぶき先生! おめー、いまノエル先生の背中見てなに考えてた!」
斜め下からふいに飛んでくる、少年の鋭い一撃。ビクッとして、
「へっ⁉ いや、別になにも?」
「ほんとかあ?」
「ほ、ほんとほんと。あ、そうだ、ミルク飲むか?」
ここで慌てた俺がとっさに出したる強力なカード、『ミルク』。
ノエル先生いわく、子どもたちはこのミルクが大好物で、特に風呂上がりの一杯には目がないとか。
「――! し、仕方ねえ、飲んでやるから早く出せ」
「お、おう」
目を急に輝かせ、その後すぐにハッとして平静を装うレオくん。
どうやら本当に大好物なようだ。俺はそっと胸をなでおろし、キッチンの冷蔵庫からミルクのビンを一本取ってきて、レオくんに渡す。
風呂上がりの美少年は、それを美味しそうに一気飲みした。
ノエル先生によると、このミルクはただ美味しいだけでなく、子どもたちの成長に必要な栄養素を補うものらしい。 ゆえに、一日に飲んでいい量が決まっているとか。
その後、ノエル先生に頼まれていたので、リビングのソファにレオくんを座らせ、俺はソファの後ろに回り、少年の髪をタオルドライで乾かしてやる。
レオくんはしぶしぶという感じだったが、断固拒否でなかっただけ良しとしよう。
「大丈夫? 痛くないか?」
「あ、ああ、大丈夫だ。まあ、ノエル先生のほうが100倍うまいけどな」
「ははは、まあ初めてなもんで」
何かと毒づいてくるが、少しは慣れてくれた……かね。と、思いながら美少年の綺麗な白髪を乾かしつつ、ふと彼を見下ろす。
「…………」
う~ん、これは――。
今のレオくんは、彼の身体のサイズにしてはかなり大きい、ダボダボの白ティーシャツと、黒いショーパン。
ゆえにだ。ダボダボのティーシャツの隙間から、レオくんの身体がチラチラと見え隠れする。
白い肌、華奢とも言えるが、それでいてしなやかな体つき。そして白く綺麗なうなじ――。
って、やばいやばいやばいやばい! 何を考えているんだ俺は!
「……い……おいってば! なに止まってんだよ!」
「ん⁉ あ、ああ、ごめんごめん!」
レオくんの声でハッと我に返った俺は、大慌てで無意識に止まっていた両手を動かした。
すると、それまで自分の長いしっぽで遊んでいたシオンくんが俺の横に……。
「くす、あれれ? いぶき先生ってば、男の子に興味あるの?」
「――へっ⁉」「は?」
俺からはひっくり返った焦り声が、レオくんからは、冷めきった声があがる。
レオくんはまさに子猫と言うべき俊敏さでソファから飛び上がり、距離を取ってちょい威嚇態勢に。
「な、お、おめー、ほんとか⁉ 後ろからオレに何をしようと」
「ちょ、ま、待ってくれ、完全に誤解だ。安心しろ、俺が好きなのは女の子だから。なっ!」
それでも
「うふふ、レオ、大丈夫だよ。……たぶん」
「いや、たぶんじゃないからね、シオンくん」
と、微妙な空気が流れかけたところで、髪を乾かしていたノエル先生と、アリアちゃんたち三人が戻ってきた。
いやあ、助かったぜ。
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