第2話 ネコネコ学園★ミチーノ
「おお~、この世界、空気の美味さは格別だなあ~」
猫耳美少女と別れて一時間。
俺はラーメルさんにもらった地図を頼りに歩きつつ、自然の香り豊かな空気を肺に取り込んだ。
ここまでの道のり、世界観を掴むため周りに目をやりつつ歩いてきたが、まさしくヨーロッパの中世、それも山間部の超のどかな田舎といった感じか。
「しっかしどうなってんだぁ~? 天から降ってきたときに遭遇した美少女ネコミミ以来、猫にも猫耳娘にも会わねえな」
思わず漏れ出す独り言だが、これだけは今も解せないところだった。
ところどころにレンガ造りの民家らしきものはあったが、さすがに中をのぞく勇気はない。
また、どの民家にも玄関の横に小さな入り口があるのは、恐らく人間態? でも猫の姿でも自由に出入りできるようにだろう。
人っ子ひとりいない理由は、猫だから夜行性……つまりこの世界において、夜と昼のあり方が人間界と真逆なのではないか。というのが俺の考察だ。
まあ、ただ人猫たちがあまり住まない、さびれた地域って可能性もあるが……。
その後ものどかな道を歩き続け、太陽が少しずつ西に傾きはじめたころ、俺は小高い丘の上に建つ、お城のような建造物を目の前にしていた。
「ま、マジで⁉ これがそうなのか? 丘にそびえる立派な建物……ラーメルさんの言ってた条件に限りなく近いが……」
俺はこたえをはっきりさせるため、丘を駆けあがり正面へ回って唖然とする。
「うっわ、すげえ~」
丘の反対側には、なんと街が広がっていたのだ。
こちらも、中世ヨーロッパ的な。
よく目を凝らして見ると、ちらほらネコミミを生やした人影や、普通に猫が歩いている。この丘を隔てて東は街、西は静かな草原ということらしい。そして、
「おお、ここだ! 『ネコネコ学園★ミチーノ』ホントにこんな名前だったのか」
ついにたどり着いた子猫のための学園兼孤児院。ラーメルさんに名前だけ聞いていたのだが、まったくそのとおりのふざけた名前だった。
正門らしき場所に誰も居なかったので、とりあえず学園の敷地内に足を踏み入れる。
「たしかまず学園長を訪ねろって……いや、どこだかわかんねえよ」
と、ここで俺はあることを思いだし、ズボンのポケットに手を突っこむ。そしてその手を引っこ抜くと、なんともかわいらいい黒のネコミミカチューシャが。
「……これを頭に付けておけば、猫語が分かるし猫に俺の言葉が伝わる、と」
しかし、この年になってネコミミとは気恥ずかしいものだ。
とは言え、コミュニケーションが取れないことにはなにも始まらないので、そこはがまんがまん。
「おっ、すっげえなあこの耳、本物だ」
と、思わず感激する俺。
カチューシャを付けた瞬間、それまでかすかに聞こえるのはネコの鳴き声だったのに、聞こえてくるのは、まるで都会の喧騒に溶け込む人のざわめき。
「お、おもしれえ」
俺が少し感動していると……。
「うにゃ⁉ あ、あんただれにゃあ!」
「えっ、なに⁉」
とつぜん背後からかけられた声におどろいてふり返ってみると、そこには、なぜか既視感のある可愛い制服姿にピンクのツインテール。桃色の瞳には驚きと警戒の光を宿した美少女が。
そして彼女にも、とうぜんネコミミと尻尾がついている。
やべえな、すっげえ顔で俺のことを睨んでるんだが……。
まあそりゃそうか、彼女からすりゃ俺は立派な不審者。
「あー……えーっとだな。と、とにかく、俺は怪しいもんじゃねえ。そう、ここの新しいせ、先生だ」
「あ、新しい先生⁉ ぜったいうそだあ、そんなの聞いてないし、だいたい、あんたみたいなちゃらんぽらんそうなのに、先生なんてできっこないわ!」
そんなことを平然と言って、相変わらず瞳孔を開き、俗にいうイカ耳状態の女の子。
しかし、いくら見た目がかわいいからといって、先の言葉は聞き捨てられねえ。俺はつかつかと少女に詰めより、しゃがみこんで顔を近づける。
「ひゃうう! にゃ、にゃにしゅる気⁉」
「おまえ、よくもまあ、初対面の相手にちゃらんぽらんだのなんだの言えたなあ。ちょっとかわいいからって調子のってねえか?」
「ふにゃああ……こわいよお」
「え?」
先の態度はどこへやら、ちょっと詰め寄っただけなのにペタンと座りこんで半泣き状態の彼女。
女の子座りがまたかわいいんだが、黒タイツに包まれたその両足が小刻みに震えている。
俺が、さすがにちょっとやりすぎたかと思ったとき。
「あ、あああ、あなた、ローズになにしてるの! は、早く離れて!」
背後から、これまた女の子らしさ満載の、かわいい震え声がかかる。
「は、はいい! べ、別になにもいかがわしいことは……って、きみはさっきの!」
「あ。あなたはさっき、私をがおーって食べようした怖い人!」
俺と彼女は思わずお互いを指さしあう。
その
思わず立ち上がる俺だが、これはいきなりやらかしている。
相変わらず、ふたりの少女から見れば俺は完全に不審者だ。そして、状況は悪化を続けているとみえるな。
出会って早々の少女をライオンの真似で脅かし、今もつい詰め寄ってしまった。
自分でも怪しいと思ってしまうのだから、少女たちからの第一印象は、俺が感じた二割増しで悪いと想定したほうがいい。
俺はひとまず深呼吸をして落ち着き、しゃがみこむ。せめて身を縮めて少しでも無害をアピールしなければ。
「あ、あ——……ごほん、と、とにかく、いちど俺の話を聞いてくれ。なっ!」
「「……………」」
二人のねこみみ美少女は、相変わらず疑念の表情で
そこで俺は、恐怖からかお互いの小さな手をぎゅっとつないでいる少女たちを、かわいいと思いつつ、天使に遣わされて先生になるために来たことを伝える。
ラーメルさん曰く、この猫界には天使の来訪が多いので、しゃべっても問題ないらしいので。
ただ、人間であることがバレると猫たちはビビってしまうらしいので、俺が天国行き待ちの人間ということは伏せておく。
「—――てなわけなんだ。だから俺は、天使さんに遣わされた手下みたいなもんだ。これでも疑わしければ、誰か先生を呼んでくれればわかる。話は通っているはずだからな」
わりと具体的に時間をかけて説明したので、少女たちはどうやら厳戒態勢の警戒は解いてくれたようだ。
「ほ、ほんとに? 本当に天使さんの手下なの?」「う~ん、なんとも言えないけど怪しいわ」
「いや、いい加減に信じてくれよ」
と、俺が改めて理解を求めたとき、背後にある木の枝がガサガサと揺れる。
「――んっ、なんだ」
思わずそちらに意識を向けたわけだが、その正体をつかむより早く、思わぬ目に遭うことに……。
「おいてめえーっ! 二人から離れろ!」
「……へっ? って——うわあっ! いってえ、なんだあ!」「よし、効いてるぞ! うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……ほにゃあああ!」
「ぐへっ!」
突然の飛びかかり、からの顔面ひっかきについでの連続猫パンチ……。
それをくらい、俺は芝生の上にぶっ倒れた。直後、腹の上になにか重みを感じて視線を動かすと……。
「いってえなあ……。って、今度はねこみみ男の子じゃねえか」
「くっ、なんだこいつ、オレの攻撃が効いてねえのか⁉」
のしかかっていた白髪碧眼の男の子は、実に素早い動きで俺の上から飛びのくと、たじろぎつつも少女ふたりを守るように背後へ隠し、臨戦態勢だ。
やべえ、とりあえず彼の誤解も解かねば。最悪また猫パンチラッシュを食らいそうだ。
あと少し威力が弱けりゃマッサージなんだが……。
「ええっとだな、うん、そうだ! まずは互いに自己紹介しよう。俺はやまと……」
「問答無用! ふたりには手えださせねえからな、くらええ~っ」
「ぎゃああっ! ま、ちょっと待ってくれえ、俺は怪しいもんじゃねえって言ってるだろ……いや、君に言うのは初めてか? ぬわあああっ!」
と、こうして俺の自己紹介仲良し作戦は見事失敗したわけだが、ここでようやく。
「ちょっとみんな、なにしてるの?」
「「「あっ、ノエル先生」」」
「な、なにっ、先生だって!」
わずかに緩んだ美少年ニャンコの拘束を振り切って体を起こすと、そこには黄金色の柔らかな髪を、サイドテールでふわっとまとめた超絶美人がいる。
「ひゃっ! あ、あの、あなたは……」
どうやら『性格:ビビり』であろう、巨乳えちえちなノエル先生とやら。彼女に怪しまれたら絶対終わりなので、俺は切り札を出す。
「あっ、ど、どうもすみません、俺は大和伊吹といいます。……これをどうぞ」
それは、ラーメルさんにもらったいわば天使と契約した者の証で、俺の無害を証明してくれる最強のお守り。
俺が天使に遣わされたこと、学園長先生の許可も得ていることが証明され、ラーメルさんの直筆サイン入りだ。
学園に着いたら先生に会い、これを渡すように言われている。
俺が渡した名刺サイズの紙を見た先生は、あからさまに警戒を解き……。
「……あっ、ではあなたが学園長のおっしゃっていた新しい先生なんですね。すみません、子どもたちが攻撃してたから私てっきり不審者かと……」
「いえ、大丈夫です」
俺も脅かしちまったし、なにより彼女が美人過ぎて心拍数がやばいんだ。まともに会話できねえ……。
少年少女たちも、信じられないという表情ながらに警戒は解いてくれたようだ。一応は……。
「みんな、もう夕方だからお部屋に戻りなさい。先生はいぶき先生を学園長先生のところへご案内してくるから」
ノエル先生が優しい声で言うと。
「「は、は~い」」
「ふん……おまえ、ノエル先生に変なことすんなよ! じゃあな」
「ちょっとレオ、なんてこと言ってるの。いぶき先生に失礼でしょ……」
ノエル先生がすかさず注意するが、子猫たちはもういない。
「先生、すみません。悪い子じゃないんです」
「い、いえいえ、大丈夫ですよ。でも、元気いいですね。あの子、レオくんって言うんですか」
緊張でそれぐらいしか言えない俺に、ノエル先生はかわいらしい笑みをもって答える。
「ええ、男の子のなかではいちばん元気で、ちょっと元気よすぎるところはあるんですけど……」
彼女も少し緊張しているようで、それ以来、学園長先生の部屋につくまで謎の無音空間が続いた。
部屋の前につくと、ノエル先生が立派な木の扉をたたく。
「学園長先生、いぶき先生をお連れしました」
すると中からご年配のご婦人のような声で返事があり、それを待っていよいよ学園長先生とご対面だ。
ノエル先生に続いて扉を抜けると、そこには暖かい雰囲気に満たされた部屋が。
壁には、子どもたちが描いたらしい学園長先生の絵なんかが貼ってあり、一番奥の立派な机に、彼女は鎮座していた。
妙な迫力があり、まさに女性の学園長先生といった雰囲気だ。お顔は長い前髪で見えなかったが、さぞや威厳のある方なのだろう。
彼女の頭でピコンと動く茶色いねこみみに動揺しつつ、俺は背筋を伸ばしてお辞儀をする。
「ど、どうも初めまして。おれ……わ、私は大和伊吹と申します。これから一生懸命働かせていただきますので、どうかよろしくお願いします!」
今の俺にできる、精いっぱいのごあいさつ。それがすむと、しばらく沈黙があった。
そして……。
「まあまあ、ご丁寧にありがとうございます。私はここ『ネコネコ学園★ミチーノ』で学園長をしてます、キナコです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
と、思ったより十倍以上優しい声であいさつを返された。うむ、すげえ和風で可愛らしいお名前だなあ……。
それから、書類を書いたり、もろもろの説明を受けたりして、二十分ほどですべて完了した。
「それじゃあノエル先生。伊吹先生に、学園内を紹介しておくれ」
「はい、学園長先生。それじゃあ、行きましょう」
と、笑顔で促されまた心臓がやばい。
この世界、なんでこう美男美女しかいねえんだよ、これじゃあ心臓がもたないぞ。
が、ここは落ち着いて学園長先生にもう一度頭をさげる。
「伊吹先生、子どもたちをたくさんかわいがってあげてくださいね」
「——は、はいっ!」
こうして俺は、晴れて猫世界の教師になったわけだが、この先どうなることやら。
差し当たっては、子どもたちに慣れてもらうところからだな。そんなことを思いつつ、ノエル先生に学園を案内されるのだった。
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