第40話 覚醒
『父さん! 一緒に遊ぼ!』
『いいぞ蓮。じゃあ菫、行って来るよ』
『行ってらっしゃいあなた』
『行ってきます母さん!』
黒髪の子供が父親に手を引かれながら母親に手を振っていた。その姿を二人は微笑ましそうに見ていた。
やけに見覚えがある。いや、俺は実際にこれを見たことがある。
この子供は、俺だ。まだ両親が俺の手が届く距離にいる、幼い頃の記憶。こんな何気ない日のことなんてもう覚えてなかったのに、なんで今になって俺は思い出しているんだ? というか俺何してたんだっけ?
確か、失恋してたら異世界に召喚されて、魔王になるために迷宮を攻略していて、ヒュドラにリタと挑んでいて、銀頭が現れたと思ったら…………ああそっか。俺がリタを庇って極光に飲まれたんだったか。そこからどうなったかは覚えていないことから意識を落としんたんだろう。
リタは逃げ切っただろうか。俺は死ぬんだろうな。なら、幼い俺が部屋で泣きじゃくっているのも、全部走馬灯ってやつか。
死を予感しているのに、意外と心は落ち着いている。いや、冷めきっていると言うべきか。
そう思いながら次々と流れていく過去の思い出を眺める。
中学剣道の全国大会で渚が優勝した時は自分のことみたいに喜んだ。
二年になって深雪に嫌がらせをしていた男子とOHANASHIした時はスカッとしたな。
突然深雪が眼鏡を外して教室に入ってきた時は目を見開いて驚いたっけ。何故か渚は嬉しそうにしていたが。
三人でボウリングに行った時は渚の圧勝で深雪と二人で悔しがった。
高校受験で深雪のスパルタ教育に渚と一緒に涙目になった。
高校の入学式で深雪が新入生代表挨拶をした時は渚と二人ポカンとした。深雪のドヤ顔は今でも思い出せる。
----そして天川結城が現れた。
あっという間にクラスに馴染み、中心人物となったあいつの隣に二人はいつのまにか立っていて、それを俺は遠くから眺めているだけだった。二人にとやかく言う資格なんて俺には無いのに、二人が俺から離れていくことに苛立ち、怒りを抱いた。
そして渚に失恋して疎遠になった。三人で勉強することも、三人で遊びにいくこともなくなった。
蝉の鳴き声と太陽の灼熱を浴びながら図書室から響く楽しそうな声を俺はただ呆然と聞くことしかできなかった。俺が走り去った先は光のない真っ暗闇だ。
自業自得だ。だから、両親も愛想つかして俺から手を離したんだ。
だから深雪は離れていったんだ。
だから渚はあいつを選んだんだ。
結局、俺は一人なんだ。いつでも、どこにいても、最後には一人になる。
もう疲れた。もう頑張らなくていいじゃないか。何をしたってどうせ一人になるんだ。なら、もういいだろ?
自分と周りの境界が分からなくなる。俺が溶けて消えていく。ゆっくりと瞼を閉じ、俺は死を受け入れた。
----唇が何かに触れた。柔らかくて、温かい何か。なんだこれ?
唇からそれの温かさが広がっていく。身体の境界がはっきりしていく。と同時に感じる、冷え切った身体が熱々の風呂に入った時の快感。どんどん身体が熱を帯びていくと同時に、身体の奥の奥、魂とも言える場所が温かく包まれる幸福感と歓喜。
そして、思い出す。いつも俺の隣にいてくれたユーグのこと。いがみ合っていたが、肩を並べて戦ったリタのことを。二人に会えなくなることが悲しくなって、寂しくなって、もう一度だけ会いたくなる。そうか。俺はユーグのことが、リタのことが………。
温もりが離れて、今度は俺の頰に手が触れた。まるで愛おしいものに触れるかのような手つき。
「---絶対、責任取らせてやるから」
リタの声。責任って? どうして逃げてないんだ? そう疑問に思った時には、俺に触れていた手が離れていった。うっすらと目を開ける。血で赤く染まった視界に映ったのは、光弾の中を必死に走っているリタ。
障壁も何も展開しておらず、リタは後衛職で体術なんてからっきし。当然光弾の嵐を躱しきれず肩を掠めた。
「あぐっ!?」
リタがうめき声をあげるも、立ち止まることなく走り出した。銀頭はそんなリタを嘲笑い、わざと掠めるように光弾を放ちリタを痛めつける。それを見ている俺の胸中に激烈な怒りが暴れ回る。
俺は何をしている? いつまで眠っている? また奪われるのか? 両親の時のように。渚の時のように、ただ黙って見ているのか? こんなところでリタを奪わせるのか?
否! 断じて否だっ!!
立ち上がろうと俺は力を込める。"魔力支配"で体内の魔力を繰って無理やり立ち上がる。軋むような痛みに歯を食いしばり一歩踏み出し…………地面に倒れた。どうして、どうして俺をリタのところまで行かせてくれないんだよっ!
「グルゥゥ……ッ」
銀頭が喉を鳴らし仰け反った。銀頭の狙いは当然、地面にへたり込んで涙を流しているリタだ。大口に銀の光が収束していくのを、俺はスローモーションのようにゆっくりと見ていた。
どうして身体が動かない? なぜリタを殺す? どうしてリタを痛めつけた? また俺から奪うのか? どれだけ俺から奪えば気が済むんだ? どうして俺の邪魔をする? どうして どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてっ!!!!
嵐のように荒れる怒りは、いつしか憎しみに変わっていく。リタを痛めつけた
憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
憎いっっ!!!!!
そう叫んだ時だった。突然、目の前に漆黒の剣が音もなく現れた。模様も何もない剣から、まるで意思でもあるかのように漆黒を俺に伸ばしてくる。それが俺の身体に纏わりつくと途端に力が湧いた。なんだ? 何が起こっている?
そして、頭に直接それは応えた。
『面白いじゃないか。さぁ、私を振るえ。憎悪の魔王』
女の声だった。何がなんだが分からないが、身体の芯から襲ってくる力は本物だ。得体の知れないモノからの力なんて絶対にヤバいだろうが、今はそんなこと言ってられる場合じゃないことは分かっている。
立ち上がり剣を手に取った瞬間、ゾゾッと身体が震えたと同時に、途方も無い力を感じた。
その時、身体を魔力の波動が襲った。ハッと顔をあげれば銀頭が極光を放たんとしていた。今追いついたとしてもリタを抱えて逃げられるか分からないが、せめてもう一度盾になろうと"縮地"を発動した。
----瞬間には、リタを抱え極光を置き去りにしていた。思わず唖然とするが、涙を流すリタを見て、自然と口を開いていた。
「泣くな」
「……………………えっ?」
泣き腫らした顔をあげ、薔薇色の瞳が俺を映す。それだけで俺はどうしようもなく嬉しくなった。
「よく頑張った。あとは任せろ」
「……………レンっ!」
リタがぎゅっと俺の腰に抱きついてくるので、俺も抱きしめ返す。もう離さないと誓うように、強く強く抱きしめる。胸に広がる温もりと幸福感とリタへの愛しさ。
もっとこうしていたいが、銀頭がイチャイチャしてんじゃねぇっ!!! と言わんばかりに咆哮をあげ無数に光弾を浮かべた。リタを抱え、この場から離脱しようと思ったが、不意にふらっと身体が揺れた。そうだった。身体の傷が治ったわけではなかったんだった。
「レン!」
リタが声を荒げる。それに大丈夫だ、と答える前に頭に声が響いた。
『躱す必要はない。ただ私を振るえ』
またあの女の声だ。信用はできないがしかし、この剣の使い方がなぜか分かった。頭に浮かぶイメージ通りに、漆黒の剣に魔力を込め振るった。
次の瞬間には、漆黒の斬撃が光弾全てを切り裂き、銀頭の左眼を抉った。絶叫が響き渡る。
銀頭の絶叫を聞いた俺は満たされたような感覚を覚えた。しかし、それも一瞬だけで、銀頭が俺に怒りの咆哮をあげたことで俺の意識はそっちに向いた。強い殺意を覚えた。今すぐにあいつを殺してやりたい。
「リタはここにいろ。すぐ終わらせてやる」
「何言ってるの! その傷じゃ無茶よ」
「何、こんなのお前が受けた傷に比べたらどうとことないさ。それに…………今度は俺が頑張る番だ」
「……………わかった。でも、これだけは守って」
「ん? なん、だ……」
リタの唇が、俺の唇と触れた。いつかのときよりも少し乾いていて、それでもとても柔らかかった感触はすぐに離れた。
顔を真っ赤にしたリタが口を開いた。
「絶対、帰ってきて。私、あなたに責任とらせないといけないから」
「……………分かったよ。お姫様」
それだけで帰ってくる理由には十分だ。さっさと憎いあいつを殺して戻ろう。
"縮地"を発動し、周りの景色を置き去りにするほどの速さで銀頭に肉薄する。当然、銀頭は目で追うことすらできない。
剣に魔力を込める。漆黒の魔力が吹き荒れ刀身に収束する。
「よくもリタを痛めつけやがったな」
怒りと憎しみの感情任せに剣を振り下ろす。断末魔をあげることすら許さず銀頭を両断した。次いで轟音。見れば銀頭の後ろの壁にも斬撃が届いていた。
また別の頭が出るかもと警戒するが、残ったヒュドラの胴体部分が砂のようになり崩れたのを見て、ようやく終わったと。そうして気を緩めたせいか、そのまま後ろに思い切り倒れてしまった。
「レン!」
リタの切羽詰まった声と駆ける足音を聞きながら、俺は意識を手放した。
幼馴染に失恋した俺は異世界の魔王に魔王として召喚された 鈍色空 @AinkLaDD
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