第39話 自覚する想い
身体が地面に叩きつけられる。痛みが走って遅れて余波で私の身体が吹き飛ばされたんだと理解した。
身体を起こしてレンを見つける。両腕を重ねたままそこに立ち呆けていた。全身から煙が吹き上げ、持っていたはずの剣と鞘が砕け散っていた。
「………レン?」
訳が分からずレンを呼ぶ。いや、分からないなんて嘘だ。極光が放たれる直前、レンが私を庇って盾になってくれた。私のせいで………。
私の声に答えることなくレンの身体がグラリと揺れた。そのまま前のめりに力なく倒れる。
「っ、レン!!」
身体が疲労を訴えるが無視する。必死にレンの元まで駆け寄った。
ジワリと血で地面を濡らすレン。仰向けにしたレンの肩と脇腹、頰が焼け爛れていた。何より酷いのは両腕だった。指や腕の一部は骨が露出してしまっている。両腕で庇ったからだろう。
私は泣きそうになるのを堪える。ここで泣いてしまったら心が折れてしまいそうだったから。そしたら、レンを助けられなくなってしまう。
魔力を練って回復魔法をかけようとしたが、そんな時間を銀頭は待ってくれなかった。今度は光の壁と見間違うほどの無数の光弾を放ってきた。
私はすぐにレンを抱え近くの柱の影に隠れた。撃ち込まれる光弾によって柱が削られていく。この様子じゃ一分も持たない。
触れたレンの身体は暖かさなど皆無でまるで湖のように冷たかった。急いで回復魔法をかける。光の粒がレンの傷を覆っていく。しかし、いつまでたっても傷を塞ごうとしない。もう一度試すも効果は微々たるもの。どうしてよ!?
苛立ちを押し殺し、残っていた回復薬を傷口にかける。かろうじて止血はできたものの、すぐに塞ぐはずの傷口はそのままだ。回復が阻害されてる? 考えるのは後。
もう一本の回復薬を飲ませようとしたけど、レンはむせて吐き出してしまった。もう自力で飲むことができないのかもしれない。
そう思った私は自分の口に回復薬を含み、いつかレンがしたように私の唇を押し当てた。むせて吐き出そうとするのを押さえつけ舌を絡ませる。
あの時レンにされるのはとても嫌で抵抗したのに、今は嫌悪感すら抱かなかった。胸に溢れるのは、助けたいという気持ちと………レンと口付けできていることへの歓喜、幸福。
こんな状況なのに場違いなことを考えている自分自身にびっくりだ。けど、それ以上に納得した。
----私は、レンのことが好きなんだ。
その言葉はストンと胸に落ち、言いようのない温もりが広がった。思わず笑みがこぼれた。もう少しキスをしていたいと思うけど、もう回復薬は飲ませた。名残惜しいけどレンの唇から離れる。銀の橋が二人の間を繋ぎ、途切れた。
相変わらず傷の修復は遅いけど、若干肌が血色を取り戻したように見えた。無意識にレンの頰に手を伸ばし触れる。
食べられそうになるところを何度も助けられ、私の初めてのキスを奪って、たまに私の胸とか太腿とかをチラ見して、本当にただのむっつりスケベのはずなのに。
----どうしてこんなに好きなんだろ。
レンに触れれば触れるほど、好きの気持ちが溢れてくる。自分が自分じゃないみたい。でも、不思議と嫌じゃなかった。むしろ溢れすぎてどうにかなりそうだ。
柱を見るともうほとんど砕かれ、レンが動きけるようになるまで持ちそうにない。もう一度、眠ったままのレンに口付けする。それだけで力が湧いてくる。こんな単純な女じゃなかったはずだったのに。こうなったのも、全部、全部レンのせいだからね? だから
「---絶対、責任取らせてやるから」
私がレンを守る!
柱から飛び出ると同時に残っている魔力全てを練り始め『蒼焔』を用意する。躱されず一撃で倒すには炎属性最上級魔法であるこれしかない!
当然、銀頭は私を逃さんと光弾を放ってくる。魔力は『蒼焔』一発分しか残っていない。障壁を展開せずに死に物狂いで地面を転がる。受け身がうまく取れなくて痛みが走る。それでも足を止めない。魔力を練るのに集中しながら、ひたすら走り回る。
けど、もともと体術がそれほど得意じゃない私はすぐに追い詰められ……光弾が肩を掠めた。
「あぐっ!?」
掠めただけなのに、尋常じゃない痛みにうめき声をあげてしまう。思わず立ち止まりそうになるのを唇を噛んで堪える。そしてまた、走り出す。そんな私を銀頭は嘲笑うかのように声をあげた。
肩に走る痛みに涙を堪える。レンはいつも私を庇う時、この痛みに耐えていたんだ。そう思うと自然と踏み出す一歩に力がこもった。今度は私が堪える番。
ようやく『蒼焔』を放てるようになる頃には、私の身体は傷だらけだった。しかも、どれもただ掠めただけの軽傷。途中から痛めつけるように銀頭がわざと掠める程度に光弾を撃ち込んできた。
今にも痛みに声をあげて泣きたい衝動に駆られるけど時間は稼げた。これでレンを助けられる!
「『蒼焔』!」
両手を守護者に突き出し最上級魔法を発動。蒼い太陽が瞬時に銀頭を包み込み焼き滅ぼしていく
「ガァァァァっっ!!!!」
守護者の断末魔が響く中、私は魔力枯渇でへたり込んでしまう。身体中が痛い。けど、これでようやく………………え?
「グルゥゥ……ッ」
低いうなり声とともに蒼い太陽から姿を見せたのは、わずかに皮膚が焦げただけの銀頭だった。最上級魔法が効かなかった?
絶望に陥った私をさらに追い込むように銀頭が咆哮をあげ仰け反った。大きく開いた口に銀の光が収束していく。
避けないと。動かないと死ぬ。私が死ねばレンが死んでしまう。そう頭では分かっているのに、身体は言うことを聞いてくれない。
いつしか涙を流していた。悔しい。レンを守れないことが悔しかった。その間も光は収束していき……無慈悲に放たれた。
極光が迫るのを眺めながら、私は今までの記憶が脳裏に浮かんでいた。
小さい頃にマガレスと一緒に本を読んだ時のこと。初めて魔法を使えてお父様がその大きな手で撫でてくれたこと。お母様の服に悪戯して怒られたこと。
ムカデに食べられそうになったレンに助けられたこと。苦手な蜘蛛に捕まったところをレンに助けられたこと。スライムに服を溶かされてレンに助けられたこと。
レンの温もり。レンの呆れ顔。レンの怒った顔。レンの笑った顔。レンの………唇。
こんなにも好きなのに、助けられなかった。
ごめんなさい。助けられなかった。守れなかった。いっぱい迷惑かけた。いっぱい酷いこと言った。
それから…………ありがとう。こんな私を助けてくれて。傍に置いてくれて。一緒に戦ってくれて。
私は心からの謝罪と、精一杯の感謝を心の中で伝え目を閉じた。そして死を迎え入れた。
「泣くな」
「……………………えっ?」
私の身体に暖かい何か…………いや、違う。誰かが私を抱きかかえた。今まで何度も聞いた声が耳を打つ。私の心臓がドクンと脈打ち、その声の主を見上げた。
「よく頑張った。あとは任せろ」
「……………レンっ!」
私の愛おしい人がそこにいた。
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