第38話 守護者

 赤い魔法陣が刻まれた頭がガパッと口を開けたと同時に俺とリタはその場から飛び退いた。先ほどまでいた場所に次々と炎弾が降り注いだ。


 続いて緑頭が俺へ風弾を、青頭がリタへ氷弾を放つ。俺は"縮地"と"魔力障壁"で空中へ離脱。リタは自らに風を纏い浮遊した。


 "魔力障壁"を足場に降り注ぐ魔弾を躱しながら先制攻撃を仕掛けてきた赤頭に急接近。俺に食らいつこうと大口を開け突っ込んでくるのを回避し、赤頭に剣を突き刺す。皮膚を貫く刃に苦悶の声をあげ俺を振り落とそうと頭をブンブン振るが、構い無しに剣に"纏い"で鋭さをあげ体重をかける。

 ズブリと半ばまで突き刺さると赤頭がビクンッと痙攣したのち、地面に倒れていく。チラリとリタの方を見れば、青頭にお返しとばかりにこれでもかと氷槍で滅多刺しにしていた。既に青頭の眼には光が宿っていない。


 ズシーンと二頭が倒れ臥す音が広大な空間に響く。俺は地面に着地しリタも俺の隣に降り立つ。


「とんでもない怪物が出てきたなと思ったら、案外拍子抜けだったな」

「案外早く終わりそうね」


 最初はヒュドラを相手にするとかマジか、と思っていたが、動きはそんなに速くないし、図体がでかいから攻撃が当てやすく、十分剣でダメージを与えられることができるのは見ての通り。

 結論、意外にラスボスが弱い。これなら確かに早く終わりそうである。


「クルァァァン!!」


 と思っていたら突然、白頭が甲高い声を上げる。すると、刻まれた白い魔法陣が輝き、それに共鳴するように赤頭と青頭の魔法陣が輝き出した。嫌な予感がした時には既に遅く、頭蓋を貫かれ絶命したはずの赤頭がゆっくりと起き上がった。青頭の方を見れば氷槍によってできた傷が完全に塞がり、こちらもゆっくりと起き上がっていた。


「「ガァァァァァっ!!」」


 怒りを孕んだ咆哮をあげる二頭。蘇生させる魔法など聞いたことないがどうやら白頭は回復役のようだ。


「なら、白いのを殺る!」

「援護するわ!」


 その言葉に頷き俺は駆け出す。当然、他の三頭が俺の接近を許さず口から魔弾を放とうとする。


「『氷槍』『炎槍』『風槍』」


 俺の背後から飛来してきた三色の槍に襲われ、至る所に穴を開け悲鳴の咆哮を上げる。簡単そうに魔法を放っているが、三属性同時発動などあのディアブロでさえ出来ない芸当である。それを普通にしてくるあたり、やはりリタはチートだなと戦闘中にも関わらず、隣にいることを心から頼もしく思った。


 全力で身体強化を行い"縮地"を発動。ドゴッと地面が陥没するほどの力で蹴る。景色が一気に流れ白頭へ肉薄する。白頭は俺の姿を捉えきれていない様子。


 った。そう確信した瞬間、白頭と俺の間にスッと黄頭が割り込まれた。


「クルァァン!!」


 黄頭が叫んだ瞬間近くの柱が砕け、コブラのように広がった頭部にバキバキと音を立てながら集まった突き立てた俺の剣がガキンッとありえない音を出して弾かれた。弾かれた衝撃で両腕が痺れる。


「攻撃、回復役に盾役とは厄介だなっ!!」


 両腕の痺れと徹底されたヒュドラの動きに愚痴をこぼすも、黄頭が大口開けながら迫ってくる。"魔力障壁"を足場にその場から高速で離脱。リタの隣に再び戻ってくる。両腕に光の粒子が集まりすぐに痺れが引いていく。リタの回復魔法だ。ありがたい。


 が、回復できるのはあちらも同じでリタが三頭に与えた傷は白頭によって回復されていた。それを見上げながらリタへ問う。


「さて。どうやってあの盾を突破するかだが、なんか策とかない?」

「少しは自分で考えようとはしないわけ?」

「いやぁ〜俺も魔法が使えればよかったな〜と、無いものをねだっても仕方ないだろ泣かせんな」

「あ〜その………ごめん?」

「謝られると余計悲しくなる………」


 軽口を叩いている状況ではないはずだが、リタがいるだけでなんとかなると思ってしまっている自分がいるのだ。どうにも緊張感を持てない。

 赤頭、青頭、緑頭が『俺達のこと忘れてんじゃねぇっ!!』とばかりに魔弾を放ってくる。会話を中断しその場から別々の方向に退避。リタが牽制の魔法を放ちながら『念話』の魔法を飛ばしてくる。魔力によって声に出さなくても会話ができる魔法だ。


"盾役もろとも白頭を殺れる魔法ならあるにはあるけど、集中しないと撃てない"

"ならその間、俺がお前を守る"

"…………簡単に言うわね"

"お前を守るくらい朝飯前だ"


 再び合流した俺とリタ。リタが俺へ嬉しそうな顔を一瞬だけ向けた気がした。


「なら任せたわよ! 埃一つ通したら許さないから!」

「厳しいなおい」


 それを合図にリタを中心に真紅の波動が起こった。身を打った魔力の波動に一瞬グラッとするがすぐに立て直す。守るってリタに言ったのだ。この程度で倒れてしまえば一生笑い者にされてしまう。

 当然それはヒュドラも同じようで、体内の魔力をかき乱された波動に『グワッ』と驚愕の声を上げるも、すぐに魔力を整え元凶であるリタを見下ろし魔弾を放ってくる。 


「通さねぇよ」

 

 そう言いながら不敵に笑い、左手を掲げ"魔力障壁"を発動した。漆黒の魔力による壁がリタをドーム状に覆い全ての魔弾は愚か、巻き起こった埃からも身を守った。俺はしっかりと約束は守る男なのである。くだらない約束以外は。

 魔弾が通じないと思ったのか、しびれを切らした赤頭が"魔力障壁"へと大口を開け接近してくる。


「汚ねぇ口見せてんじゃねぇっ!!」


 地面を蹴り身体強化を施した蹴りで赤頭の大口を強制的に閉じさせる。下から突然加わった力に抵抗できず上を向く赤頭。間抜けなそれをリタから遠ざけるよう回し蹴りで蹴り飛ばす。

 その間も真紅の波動はどんどん密度を増していく。それに焦りを覚えたヒュドラが白頭以外で特攻を仕掛けてくるが、"魔力障壁"に到達する前に俺が撃墜するか"魔力障壁"に阻まれるかで為す術もなかった。



 そしてついに真紅の波動が収束した。見れば、真紅の魔力にゆらゆらと髪をなびかせるリタがそこにいた。リタ以外が視界に入らないほど、俺はその光景に見蕩れてしまっていた。

 白頭を庇うように他の頭が重なった。黄頭は咆哮を上げ自らを盾に変え、近くの柱も盾のように変形させた。リタの唇が震え、言葉が解き放たれた。


「『蒼焔』」


 ----蒼い太陽が顕現した。見ているだけで肌を焼きそうなそれは、ヒュドラへ一直線に落ちた。


「「「「「クルァァァンっ!!!!!」」」」」


 ヒュドラが断末魔の悲鳴をあげる。なんとか逃げ出そうとしているのだろう。だが、逃さないと言わんばかりに蒼い太陽はそのほむらで飲み込んだ。


 いつものごとくリタがヘタリと座り込む。一気に魔力を消費したことによって荒い息を吐きながら俺に笑みを見せ右手の親指を立てた。頰を緩めながらサムズアップを返す。納剣しヒュドラのわずかに残った胴体部分に背を向けリタへ歩みだした時だった。


「レン!」


 リタの切羽詰まった声が響いた。目を見開いたリタの視線を辿ると、そこには音もなく現れた銀頭が。六頭目が俺を睥睨し、蛇に睨まれた蛙のように思わず硬直する。

 

 だが、それもわずかな時間だった。銀頭の赤黒い眼が俺から座り混んでいるリタへを映した瞬間に俺は全身の悪寒に従い"縮地"でリタの前へ立ち塞がった。直後、予備動作もなく極大の銀の光が大口を開いた銀頭から放たれた。

 頭の中で絶えず響く警鐘に従い"魔力障壁"を幾重にも発動。剣を抜き放ち左手に鞘を握る。残った魔力全てで"纏い"を発動。剣と鞘を強化し一時だけの盾とした瞬間



-----閃光が視界を塗りつぶした。

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