ドッペルゲンガーは二度笑う

@smile_cheese

ドッペルゲンガーは二度笑う

この世には自分とそっくりの姿をした、いわゆるドッペルゲンガーと呼ばれる者が確かに存在する。

そして、その姿を見てしまった者は不可解な死に方をすると言う。


国民的アイドルグループの一員である渡邉美穂は市の図書館でドッペルゲンガーについて調べていた。

怖い話が好きで過去にも何度か金縛りにあっている美穂がそれに興味を示すのは何ら不思議なことではなかった。

しかし、美穂がそれについて調べているのはただの興味本意からではない。

ここ数日、美穂には全く身に覚えのない目撃情報が数多く寄せられるようになったからである。

最初はたまたま似ている人が居ただけだろうと思い気にもしていなかった美穂だったが、目撃者から写真まで送られてくるようになり、見るとそこには本当に美穂と瓜二つの人物が写っていたのだ。

美穂はすぐにブログで自分ではないことを発信したが、その後も目撃情報は後を絶たなかった。

そして、ファンの間ではドッペルゲンガーなのではないかという噂まで広がりはじめていた。


ドッペルゲンガーを見た者は死ぬ。

最初は恐怖心からそれについて調べ始めた美穂だったが、次第に好奇心が芽生え始め、ついには実際にこの目で確かめたいと思うようになっていた。

そして、ついには目撃情報のあった場所まで足を運び、張り込みをするようになってしまっていた。

張り込みを始めて数日、自分と背丈が同じくらいの女性が目の前に現れた。

女性はフードを被っているため顔ははっきりとは確認できない。

美穂は気づかれないようにと回り込んでその顔を確認した。

そこに居たのは渡邉美穂そのものだった。

似ているだとかそういう次元ではない。

正真正銘ドッペルゲンガーだ。

言葉にならない恐怖が一気に押し寄せてきたが、同時に美穂は少し安堵した。

ドッペルゲンガーを見たが、自分はまだ生きている。

安心した美穂が再び視線を戻すと、既にドッペルゲンガーは居なくなっていた。

本に書いてあったことは嘘だったのか。

そう思い、拍子抜けした美穂が帰ろうとしたその時だった。


『ミ ツ ケ タ』


美穂の背後に誰かが立っている。

その何者かは再びかすれた声で呟いた。


『ア ナ タ 、ホ ン モ ノ?』


間違いない。

背後に居るのはさっきのドッペルゲンガーだ。

血の気が引いた美穂に緊張が走る。


『ア ナ タ コ ロ セ バ、ワ タ シ ホ ン モ ノ』


その言葉を聞いた瞬間、美穂は走り出した。

逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ。

自分の身に何が起きているのかは分からないが、逃げなければいけないことだけは理解できた。

振り返るとドッペルゲンガーが無表情で追いかけてきていた。

体つきも美穂そのものであるため、走る速度も美穂と全く同じ。

そのため、すぐに追いつかれることはないが、逃げ続けなければいずれは捕まってしまう。

そんな恐怖と闘いながら、美穂は必死で走り続けた。

そして、入り組んだ路地などを使い、逃げきるに成功した美穂はなんとか家に帰ることができた。

美穂は恐怖に震えながらも、ドッペルゲンガーについてさらに調べることにした。

すると、調べていく内に、自分の体験とピタリと合う情報へと辿り着いた。


ドッペルゲンガーを見た者は死ぬ。

これは正しくはない。

正しくは、ドッペルゲンガーに捕まったら殺される。

殺されたらそのドッペルゲンガーが本物として本体を乗っ取るのだ。

つまり、捕まらなければ死ぬことはない。


もう一つ回避方法がある。

それは、ドッペルゲンガーを殺すこと。

ドッペルゲンガーは本物と同じ方法で殺すことができる。

つまり、人間を殺すことと同じなのだ。


美穂は自分に問いただした。

自分にはドッペルゲンガーを殺す覚悟があるのか。

もちろん殺したくはない。

けど、殺さなければ、殺される。

一体どうすれば?嫌だ、怖い。怖い。怖い。

すると、ブログに1件のコメントが届いた。


『ミ テ イ ル ゾ』



この瞬間、美穂には恐怖よりも怒りの感情が沸き上がってきた。

なぜ本物の自分が怯えて過ごさなければならないのか。

美穂は覚悟を決めると、しばらくの間、アイドル活動を休むことにした。


それから数週間が過ぎた頃、美穂は人通りの少ない静かな路地を歩いていた。

この日のために念入りに準備を進めてきた。

美穂は建物の物影に隠れ、周囲に気を配りながらその時を待っていた。

勝負は一度きり。失敗は許されない。

そう思った、次の瞬間だった。


『ミ ツ ケ タ』


いきなり姿を現したドッペルゲンガーは相手に抵抗する隙も与えぬまま両手で力強く首を絞め続けた。

自分と瓜二つの存在を殺すのはどういう気持ちなのだろうか。

そして、絞め続けること数十秒。


『ワ タ シ ノ カ チ ダ』


倒れ込む死体を見てドッペルゲンガーはにやりとほくそ笑んだ。


「いいえ、私の勝ちよ」


ドッペルゲンガーの背後にはナイフを握りしめた美穂が立っていた。

逃げる隙を与えぬよう、美穂はそのままドッペルゲンガーの背中にナイフを突き刺す。


『ド ウ シ テ』


その答えを聞く前にドッペルゲンガーは力尽きてしまった。

美穂は全身の震えが止まらなかった。

自分と瓜二つの存在を、いや、人を殺すとはこういう感覚なのか。

とにかく美穂は勝負に勝ったのだ。


では、ドッペルゲンガーが絞め殺した相手は誰だったのか。

答えは美穂が手に入れた情報の中にあった。


この世には自分とそっくりの姿をした、いわゆるドッペルゲンガーと呼ばれる者が確かに存在する。

そして、ドッペルゲンガーは"一人とは限らない"。


つまり、美穂を狙っていたドッペルゲンガーが殺した相手もまた美穂のドッペルゲンガーだったのだ。

ブログのコメントに寄せられていた目撃情報からドッペルゲンガーがもう一人いると推測した美穂は、そのドッペルゲンガーを囮に今回のドッペルゲンガー殺しを計画したのだった。

そして、計画は見事成功に終わり、美穂は再び平穏を手にすることが出来たのだった。

しかし、このとき美穂は気づいていなかった。

その平穏がほんの束の間に過ぎなかったということを。

ドッペルゲンガーは"一人とは限らない"。

そう、"二人とも限らない"。



『ミ ツ ケ タ』



一週間後。

そこには笑顔でステージに立つ美穂の姿があった。

しばらく活動を休止していた美穂だったが、ブログで復帰を宣言し、この日が復帰後初のライブだった。

美穂の復帰に会場は大いに盛り上がりを見せた。

そして、その日の美穂のブログにはたくさんの応援コメントが寄せられていた。


『渡邉美穂、なんか雰囲気変わった?』


それを見て、渡邉美穂はにやりとほくそ笑んだ。



完。

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