偽ココロ

音御旗

第1話 新しい季節



4月



「ゆ、雪野・・・どうしよう・・変なとこ飛んでったらどうしよう」

「先輩、あんな大きい的外せませんよ」


体育館の通路で雪野春樹ゆきのはるきは周りの先輩に苦笑されながら肩を落とした。

雪野より慎重の少し高いおろおろとしている人物はのはこれから新一年生への部活紹介で矢を放つ一つ上の最高学年である南雲優なぐもゆう


どうしてこうこの先輩は的前に立つ前に情けない恰好するんだろうか・・




静かな体育館でマイクで話す部長の田畑春武たばたはるむの声で南雲が足を進める。

体育館の前方には的がつけられた大きな巻き藁がある。

羽が少し短めの巻き藁矢を弓に付けた。

ゆっくりと横に顔を向ける。


その顔はもうさっきまでの情けない顔ではなくて、いたって真面目な顔だ。


構えた弓をゆっくりと掲げる。


弓側の手を的側に向けると少し弦がしなる。


そのまま腕を広げるように下におろす。


口元に合わせる。


緩まないように的を見据える。


俺はこの焦らないゆっくりとした動きと、一度ずつゆっくり止まるところが好きだ。

口元が緩んでしまう。


1‥2‥3‥4‥



そして、小さいブンという音が鳴りパス・・・と紙の破れた音が鳴った。


小さくおお・・と声がした。



弓返りした手と弾いた手を降ろす。



息をついて、いつもの優しい顔になった。





やっぱり・・・かっこいいなぁ・・・



ほぼ中心に中った的を見て笑った。






「あーよかったぁ・・てかすごくね!ほぼ真ん中!な!真ん中!」

部活紹介が終わり、体育館通路で弓具を持ったままどや顔で近づいてきた南雲にため息をついた。

「ちょっとうるさいです先輩、さっさとかけ外して部室行きましょ。」

「いつもながら冷たいよ!ドイヒーだよ!」

弓の間に腕を通し、くしゃぐしゃと頭をなでられた。

「古いです。」

それを嫌な顔をしつつ南雲の足袋を見下げてそのままにいた。

「おーい、ゆっきーに引っ付いてねえでいくぞー」

「たく・・後輩にめーわくかけてんじゃねーよー」

「犬かお前は」

けらけらと笑っている先輩たちのところへ南雲が駆け寄っていくのを見ながらツキンと心臓が痛んだ。



あーあ・・・



「ゆき、これ一緒に持ってー」

「おう・・」


同い年の鹿野正彦かのまさひこと巻き藁を立てていた三脚を持ちに振り返った。

鹿野の後ろに回り、足部分を抱える。


ぐっと持ち上げた三脚は重くて、一緒に歩く鹿野の話に合図地を打ちながら弓道場に戻る。



この学校は昔生徒人数が多く、弓道場も男女が分かれている。

今となっては男子部員が3年6人2年4人、女子部員が3年8人と2年6人

田舎の学校なんてそんなもんだ。

無駄に広い敷地と無駄に多い教室。

2つの体育館の真逆に後者を挟んで2つの弓道場。

現在地から遠い場所に弓道場がある。




やっとのことで学校の端にある男子弓道場に着くと、南雲が使わない弓具をしまっていた。

「お、ありがとなー」

「いえ」

「先輩かっこよかったですよー」

三脚を置いて靴を脱ぎ、南雲の横を通って奥に置いた。

「お!だろだろ!もー雪野はそーゆうの言ってくんねえからさぁ」

怒っているように文句を言う。


「はいはい、そうゆうゆきが好きなんでしょー」

「あ、わかるー?いて」

ケタケタ笑う南雲を小突いたのは隣にいた先輩の月本快つきもとかい


「お前は早く片付けろ、雪野たちも部活準備しろー、今日は袴だぞ」

あきれた声で言う月本にうげ・・と鹿野は言った。

「すんません俺体操着教室おいてきたっぽいんで取ってきます!」

「おーはやくなー」

「はい!」


ばたばたと取りに向かった。


他の二年生と共に袴に着替える。

真っ白の道衣と紺の帯、金色で自分の名前が入った黒の袴、白の足袋。


たまにしか着ない道着は好きだ。

特別な感じがする。



道場のシャッターを上げると、奥に土が盛られた的場が見え、そこにはすでに先に来ていた同級生たちが的を準備している。

そちらから声がして順番に的位置を見て、最後に真ん中に立って高さと向きを確認する。


サァ・・・と春の優しい風が吹いた。

袴と短髪の髪が後ろになびく。

目の前にある田舎感満載な小さな山と、矢が飛んでいかないための防矢ネットなどがあるがあるのに、風が抜ける開放感のあるこの場所も好きだ。


大丈夫そうだったので弓を準備しようと振り返ると、南雲がニヤニヤしていた。


「・・・なんですか・・・」

目を細めて顔をゆがめると、ふふんと笑った。

「いんやぁー?別にい?」

「・・・月本先輩、南雲先輩が殴って欲しいらしいですよ。」

「そうかわかった任せろ。」

「ちょ!?まっ!」


月本が早口で言って南雲の頭をつかんだ。

そこに道着を着てホワイトボードの日付を変えていた田畑の声で制止が入った。

「おーいやめとけー新一年生が血ぃ流れてる先輩見たら引くだろー」

「え?まって?俺血流すまで殴られる前提なの?タバタバぶちょー」

ピクリとして顔を南雲達のほうにむけてじっと見た。

「・・・もっつーアイアンクローしてやれ」

「りょ」

「あだだだだだっ!」

ちなみに田畑は、タバタバと言われるのが嫌いだったりする。


「なんで地雷踏むかなぁ・・・」

ため息をつきながら1年生のために簡単に弓道用具などの説明を書いている田畑の元に行くとなぜか頭を撫でられた。

「えっと・・」

「いつも悪いな、俺の代わりにがんばれ」

「は、はぁ・・・」

がくりと肩を落とした。

先輩が1年生だった時、南雲に引っ付かれていたのは田畑だった。

元々スキンシップが多い上、冷たい態度は南雲にとっては気になる性格らしく、たまに褒めると調子に乗るので言っていないのに何故か懐かれて、田畑に頼んだと告げられた時にはすでに遅く冬。

この時ばかりは殺意が芽生えた。


けれど、初めからかまってくれた時は嬉しかった。






弓道を始めたのは南雲の姿が影響だったからだ。





ちょうど一年前


春風が吹く中、パン・・と乾いた音を立てて的に中った。

顔を戻して弓を返して手に持つ矢をつけ、同じ動作をする。

まっすぐ放たれた矢は、姿は、かっこいいと思った。

そして射位から退いてふっと息をついて満足そうに笑う。

いつまででも、時間を忘れて見ていた。





多分その時にはもう、俺は南雲先輩が好きになっていたんだろう。





自覚したのは夏の終わりに先輩が彼女と歩いているところを見た時だった。



「お先でーす。ありがとうございました。」


南雲の声にはーいと声をそろえ、各々帰る準備を続ける。


「最近なぐもん早くね?」

「彼女できたんだと」

「マジ?!」

「だれだれ?」


彼女・・・

なぜ心がさっと冷えたのか


「2-3の南波瑠香ななみ るか

「まじぃ?!」

そう叫んだ青木健司あおきけんじは固まった。

「うわあかわいい子じゃんかぁ・・・」

「あれ?あお?おーい」

「ほっといてやれ、あいつ南波好きなんだと」

「あー」


ツキツキと痛む胸が何なのか


「お先失礼します。ありがとうございました。」


すべて無視してリュックを背負って靴を履いて弓道場を出た。


少し寒くなってきた9月末。

たまに早く帰るようになって一緒に帰らなくなったのはそれだったんだなぁと腑に落ちた。

なんとなく寂しかったのは寒くなるからだろうなと思った。


早く帰ろうと早足で歩いたのが悪かったのだと思う。


前から男女の笑い声が聞こえた。

それは南雲と彼女になったという南波だった。


「それ大丈夫だったの?」

「大丈夫だったよー、さっちゃんがすぐ拭いてくれたおかげでねー」



見慣れた横顔だった



そのはずだった




笑う先輩



いつも見てるじゃないか




隣が俺ではない



そんなの今まであるじゃんか




手をつないでる



そんなの








そんなの





喉と心臓がギュッとしてゆっくりになった足が止まる





ああ・・・


何必死に否定してんだ



これは



「好き?」



ぽつりと暗くなって街灯の電気だけが光る道を歩く南雲を見てつぶやいた。




手を放してその手は彼女の頭をなでた。



ヒュッと息が詰まる。



どんな顔で、自分は撫でられているんだろう・・・


あんな・・・


あんな顔で・・・



ゆがんだ視界に泣いていることに気が付いた。


「くそ・・・・」


その場に崩れ落ちた。


『ゆーきの!今日皆中したなぁ!初じゃね!くっそー!初めて5か月でとか!』


つい最近そう言って頭をぐしゃぐしゃにしたことに悪態をつきながら嬉しさがあふれた。


今思えば、あれはただ先輩に褒められて嬉しかった訳ではなくて、好きな人に褒められたからあれほどの嬉しさがあったんだ。



どうやって家に帰ったのかは覚えていない

家を親が明けている日でよかった

一人っ子でよかった


自室のベットでどうしようもなく泣いた。

声を上げるわけじゃない。

ずきずきと痛んだ心臓を握るように縮こまって、ただただ涙が止まらなかった。






「ちょっと、何雪野いじめてんのー」

後ろからのしかかって来た体重に少し揺れた。

はっとして横目に肩にある顔を見ると南雲がいた。

近すぎてよく見えないが心臓に悪すぎる。


「ばーか、お前じゃねぇんだからいじめてねぇよ」

田畑にデコピンをくらい、額をわざとらしくさする。

ほら、あいさつやんぞ、とペンを置いて弓道訓の紙が貼られた壁の前に正座をする。

前に主将の田畑と副主将の古川浩二ふるかわこうじ、その後ろに3年生、後ろに2年生が背を正す。


「黙祷」


目をつむり、静かになる。


矢道に短く切られた芝とその横の木々、奥の山に生えた木の葉の擦られた音がサラリと通る。


「やめ」


その声に目を開けて上半身を下げるのと同時に、両手の先を合わせ床について、額でその上に影を作る。


「お願いします」


田畑が発したその言葉の後に続いて声をそろえる。

低く重圧がある。

揃う感覚も一体感があり気持ちの良いものだ。


上半身を上げて立ち上がり、かけをつけに向かう。




パン・・と的に中った音が響けば、しゃ!と声を出す。

これは学校によってまちまちだ

長かったり、よし!だったり


その声にびっくりする1年生に俺もああだったなぁと思いだす。



ふと3番に立つ南雲を見た。


いつも通りの構え、動き、しぐさ、体のそらし方


放たれた矢は的枠ギリギリではあるが中った。


慣れたしぐさに去年とはスムーズさやしなりが違うところもあるけれど、変わらずかっこいいと思ってしまう。




空いた2番に入り弓を構えた。



ぶれている


気持ち揺らぐな


考えるな


ゆっくり


ゆっくりと


緩ませない


右手を徐々に引き


放った



狙った的は音を立て、後ろから声がした。


2本目は外してしまったが的枠に近かった。



「おっしーねぇ」

弓を置いて、胡坐をかいて順番待ちをする南雲の隣に座り、表に自分の中ったかそうでないかの〇×を書く。

「あとちょいでした」

「なんか今日ぶれてた?」

ニヤニヤとする南雲の顔を横目で見て前を見る。

あ、鹿野はずした・・

「まぁ・・・そうですね」

「緊張したか」

「・・・一本目中ったけどギリギリで緊張してた先輩に言われたくない」

あからさまにからかいながら揺れていた体が止まる。

「な、なんのことかな」

「嘘が下手ですね」

「うっ、中ったんだからいいだろ!?」

「そーですねー」

淡々と話していると1年生に説明中の田畑の声がこちらに向けられた

「南雲うるさい、今説明中」

「え?なんで俺だけ?」

「雪野、そろそろ矢取たのむわ」

「はい」

かけを外してテーブルに置く。

後ろで理不尽だ!と文句を垂れるのを聞きながら、ローファーや運動靴じゃ面倒ということで置かれているクロックスを履いて的場に向かう。

看的所に入り、矢が落ち着くのを窓から見る。

横ではドス、と土に刺さる音が聞こえる。


鹿野が道場から腕で丸を作ったのが見えた。


「入ります!」

声かけをすれば、お願いしますと返事が返ってくる。

回収していく矢

3つ目には南雲の矢

少し止まってしまったがしゃがんで、矢に触れて抜くと的は音を立てる。

紙というかプラスチック製なので音は大きいし、たまに黒板をひっかいた、まではいかないが嫌な音もする。


すべて抜き終わって、看的所に入り、どうぞと声をかければはーいと返事が返ってきた。

看的所を抜けて道場側に曲がる。

「半分ちょーだい」

「うわ!」


いつの間にいたのか看的所の外の壁横に南雲がいた。

大方田畑に言われたのだろう。

思ったより矢の数は多かったし、助かることは助かる。

「・・・普通に出てこれないんですか」

「?普通に出てきたじゃん」

位置的に隠れてんだろうが・・

そう思いながら3年生の矢を渡した。

練習やと本番矢があるが自分のものなので、筒が学年ごとに分かれているためここで分けたほうが早い。

南雲の横を歩きながら話をつなげた。

「・・・今年は何人入りますかね。」

「さぁ?見学もそんなにいるわけじゃないしね」

「ですね」

「どんな子が来るかなぁ」


少し顔を上げると、横顔でもワクワクしているという顔にふっと笑いながら、どうでしょうね。と早足に戻った










ねえ、先輩





あと一年




あなたのことを見させてください。




せめて最後まで先輩と後輩として話したい。



どうせ、男同士の片思いが通じることないんだから。



俺はとして好きですよ。





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