コーカサスオオカブト

鮭さん

第1話

 コーカサスオオカブトが止まっている。白い壁に。郊外の団地の、白い壁に。


 どういうことだろう。日本に住んでいるはずがない。何処かから逃げてきたのだろうか。そうだろう。そうに違いない。


 コーカサスオオカブトは立派なツノを持ち艶やかな黒に覆われていた。遠くから見てもわかる。こんなところには場違いの、美しい虫だ。小さい頃図鑑で見たことがあるだけで生で見たのはこれが初めて。日本のごく平均的なカブトムシなら飼っていたけれど。「たかし」と名付けて飼っていたけど、あのコーカサスオオカブトにも名前があるのだろうか。


「たかし」


 私は呼び掛けた。コーカサスオオカブトに向かって。


 ブンブン、ブーーーン


 コーカサスオオカブトは羽を広げ、疲れ切ったサラリーマンのように飛び立った。


 ブーーーーーン


 ああ、たかし。お前には満足に飛ばせてもやれなかったなあ.....。


 あいつが眠っている実家はもう売り払ってしまった。


 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コーカサスオオカブト 鮭さん @sakesan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ