【短編】太陽系の外からコンニチワ
Edy
彗星の落とし物
「なんで地球圏まで来て働く必要あるんだよ」
「仕事なんだからしょうがないでしょ。少しは会社員の自覚持ったら?」
「お前は船を動かしてるだけじゃねえか。身体使うのは俺だ――イテェ!」
大人しく座っているかと思ったらタブレットPCが飛んできた。頬に刺さる。
止める間もなく、彼女の右手には次弾が装填されていた。
「ジョン! 今、お前は、口にしてはいけない事を言った! 覚悟しろ!」
「馬鹿! 止めろ! 物を投げるな! アイタ!」
「いい加減にしろ! 二人とも、じゃれるな!」
ゴン。
やべぇ。流れ弾が
「お前ら、
「ボス! ブリーフィング進めましょう! 私、仕事大好きです!」
「汚ぇ」
やっと離してくれた。ああ、首が痛え。折れるかと思った。
キャプテンは漂うハンドグリップを拾い、片付けろ、とユッタに投げる。
仕方ねえ。仕事するか。
表示されっぱなしのパネルの中央には今回のターゲットとなる馬鹿デカイ雪だるま。氷の塊と言った方がいいか? そして、その針路を示す破線の先には低軌道ステーションがあった。このまま進めば衝突する。しかしこのサイズならシールドドローンと
低軌道にデブリが溢れていた時代に建造されたステーションだ。防御は万全。
それでも対処時に生まれるデブリを考えると力押しはやりたくない、一度キレイにした低軌道は汚したくないのはわかる。
「簡単に言うと、彗星の欠片が低軌道ステーションにぶつかる前に軌道を逸らす。それだけだ。彗星の分裂が確認されたのが6時間前。そのせいで対応が遅れたんだと。破片の大きさは直径10m。ステーションとの接触は22時間後。ブースターを使って外宇宙に押し出す。2ndプランは爆発による軌道変更だ。で、地球に落とす、と。以上。質問は?」
ユッタからは何もない。そもそも、こいつがブリーフィングで質問したところを見た事がない。初めは何も考えないだけかと思ったが、こいつが事前に資料を確認しているところは何度も見てきた。確認して、調べた上でのブリーフィング。質問する必要がないんだろうな。実際、ユッタの判断はいつだって的確だった。
「なんで俺たちが態々、他所様の縄張りで働かな駄目なんすか?」
「今、対処できるのが俺たちだけだからだ」
どういう事だ? いくら低軌道にデブリ対応できる船が少ないからといって、たかが10mの氷の塊ぐらい、どうとでも出来るだろうに。火星圏なら日常茶飯事だ。
「アレの対処に必須となる大型デブリシールドが装備されている船は地球圏に1隻だけなの。こっちではほとんど必要ないから。で、その船がオーバーホールで月に行ってるのよ。その穴埋めとして、私達が火星圏から呼び出された。ちゃんと資料読んだら?」
「そういう事だ。俺たちは後方よりターゲットに接近。相対速度ゼロでランデブー、俺とジョンでブースターを取り付ける。ブースターの制御はユッタの担当だ。まあ簡単な仕事だな。欠片に接近したら作業開始……まだ2時間近くあるか。俺は寝る。お前たちも休んでおけ。喧嘩するんじゃないぞ」
はい、はいっと。やる事もないし、窓から久しぶりの地球を眺めた。火星まで行って世界が広がった今ならちっぽけに見えそうなもんだけど……
「デカいな」
「そりゃあ、火星に比べたら大きいでしょ。ジョン、どうしたの? 疲れてる? 仕事に難癖付けるなんて珍しい。地に足がついてない感じがする」
「宇宙だからな」
てきとうに誤魔化そうとしたが、突っかかってきた。
「茶化さないで。私は真面目に聞いているの」
「……んー。仕事辞めて地球に降りようかな、と」
「なんで? 仕事つらい?」
「いや、そうじゃなくて、さ。俺、跳ぶのが好きなんだよ」
地球を眺めたまま、答えた。降りたところでやりたい事が出来るはずもないのは良くわかってる。
「俺さ、ガキの頃、跳ぶのが好きで好きで、高跳びを始めたんだ。で、もっと跳びたくなって棒高跳びに転向した。結構良い成績だったんだよ。でも、その内、物足りなくなった。5m程度じゃな。で、もっと跳びたいと思って宇宙まで来たんだよ」
「だったら、天職じゃない」
「違うんだよなー。思ってたのと。跳んでるつもりでも、感覚的には落ちてるんだよ」
「それがこの仕事を選んだ理由で、辞めたい理由? 馬鹿じゃない? 仕事なんだから余計な事考えてないでシャキッとしなさい。でないと、死ぬわよ」
ヒドイな。真面目に話してるのにそれかよ。そこまで言うのなら、さぞかし立派な志があるんだろう。
「だったら、お前はどうなんだよ」
「私? まあ、似たようなものかもね」
「話せよ」
「そうね、この仕事を無事に終わらせたら話してあげるわ。私も少し寝てくる。おやすみ」
盛大にフラグを立てたな。事故が起きたら、ユッタのせいだ。
また窓から外を眺める。彗星の本体が薄く短い尾を引いていた。
「よし、始めるぞ。ユッタ。シールドを張れ」
「了承。減速開始……完了。前面へ対デブリシールドを展開します」
船内からはわからないが、船が振動していた。バカでかいシールドが船の前に広がっているはずだ。
モニタに映る欠片はじわじわと近づいてくる。いや、近づいているのはこっちか。
「相対速度ゼロ。本船との距離10m。これ以上の接近は危険です」
「上出来。後は俺たちの仕事だ。行くぞ、ジョン」
「了承」
スーツを着込み、エアロックに入って、スーツシステムをチェック。問題なしっと。
「キャプテン、いつでも行けます」
「よし。ユッタ、こっちはいいぞ」
『スーツシステムとのリンクに異常なし。エア残量、スーツ内温度、共に規定値以内、バイタル正常。エアロック減圧します……完了。ご安全に』
ハッチを開けてカーゴルームに入る。えーっと、持っていく物は、ブースター3本と工具類だっけ。
「キャプテン、ブースターって3本も必要なんすか?」
『1本は予備だって資料に書いてあったろ。準備はいいな? ユッタ! ハッチを開けろ!』
『カーゴハッチ開けます』
頭上の大扉が開く様は圧巻だけど、無音だといまいち迫力にかけるな……いや、目の前に彗星の欠片があった。
「おお! 近い! やるな、ユッタ」
『どうも。繊細な操船してるんだから、さっさと終わらせてよ』
「了承。先に行きます」
ハーネスを確認してからジャンプ。10mの跳躍。
地球なら大ジャンプだけど、宇宙だとなんか違うんだよな。なんだろね。やっぱり落ちてるって言った方がしっくりくる。こうじゃないんだよ、俺の跳ぶは。
おっと、少しずれてた。エア噴射で微調整してっと……よし、取り付いた。
氷の隙間にある岩盤にアンカーを打ち込む。
「取り付きました! ブースターをください!」
「下手くそ! このぐらいの距離なら、エア使わずに行け!」
確かに。ユッタが言うように気が緩んでるかもね。集中、集中っと。
ワイヤーを伝って流れてきたブースターを受け取る。フックを外して、足元に固定。
はい、2個目、3個目……完了。
その後に、工具を持ったキャプテンが着地。
『ユッタ、取り付いた。作業を開始する。ジョン、俺がドリルを使う。お前は保護シートの設置だ。デブリを撒き散らさないよう、しっかり貼れよ』
「了承」
二人とも、アンカーを打ち込み身体を固定する。俺が設置したシートの中央にドリルが突き立てられ、勢いよくブレードが回り始めた。
『この岩盤、やたら硬いぞ』
「そうすか、頑張ってくださいね」
『てめぇ……』
そっちは任せて、ブースター設置の準備をしておこう。ワイヤーは、どこに仕舞ったっけ?
その時、地球の影から太陽が現れた。
眩しいな。作業の邪魔だよ、太陽さん。
ヘルメットの遮光バイザーを下げる。それにしてもワイヤーはどこだ?
「キャプテン、ワイヤー知らないすか?」
『ああ? その辺に……』
向き直った時、嫌なものが見えた。キャプテンのすぐ、後ろに。
太陽に照らされ、急激に熱せられた岩盤が、氷を溶かす。氷にひびが入り、割れ、そこからガスが吹き出した。細かい破片が俺のスーツを叩く。バイザーを下げてて良かった。バイザー無しでは強化ガラスでも割れかねない。
視界が開けた時、俺は一人だった。
キャプテン! どこだ!? いた! アンカーごと打ち上げられている!
それほど勢いはないが、少しづつ、離されていた。
『ボス! 無事ですか!? エア残量低下! バイタルに変調あり! 血圧、心拍数、上昇! ジョン! どうなってるの!?』
「ちくしょう! キャプテンがガスに打ち上げられた! 流されてる!」
どうする? このままでは、確実に、死ぬ。どうすればいい? 俺に何かできる? 何か、何か手があるはずだ。
辺りを見回す俺の足がブースターに当たった。
……これを使えば、行ける。
ブースターの固定具を外し、取っ手に俺のハーネスを繋げる。しっかりと脇に挟み込み、狙いを定めた。
「ユッタ! 1番ブースターを俺の合図で点火しろ! 出力は5%、噴射時間は1秒!」
『は? 何言ってるの?』
「いいから、やれ! すぐに! 手遅れになる!」
『ああ! もう! どうなっても知らないわよ! 噴射5秒前! ……3、2、1、ファイア』
ブースターに跳ね上げられて跳ぶ。衝撃に負けないよう、歯を食いしばる。一瞬、置かれている状況を忘れかけた。
これだ、俺は、今、跳んでいる。最高の気分だ。もっと味わっていたかったが、キャプテンを助けないと。
もう、すぐそこまで近づけたのに、また少しずれていた。
「キャプテン!」
ちくしょう、意識が飛んでやがる。
エアで微調整……ブースターが重いな。もうちょい、もう、ちょい。つかんだ!
慣性でぐるぐる回りながら、キャプテンの状態を確認した。エアの減りが速い。どっかに穴が開いてるか。体をのひっくり返しながら探す。あった。腰に小さい穴。補修テープで塞いで、と。エアの減少が安定した。これでいい。
キャプテンのハーネスを固定し、ブースターの向きを変えた。俺たちの船へと。
「ユッタ。捕まえた。無事だ」
『良かった。本当に良かった。でも、ジョン。無茶しすぎよ』
ユッタの安堵した声が無線越しに伝わってきた。
「このぐらい余裕さ。もう一度、ブースターの点火を頼む。……今度は出力2%ぐらいにして。結構キツイわ、コレ」
『残念ね、それの最低出力は10%なの。実はさっきもね。でも、余裕なんでしょ? 楽しんでちょうだい。カウントダウン省略、ファイア』
「てめぇーー!」
無事に帰ったが、無事ではすまなかった。
「イテェ!」
「馬鹿野郎が! お前まで死んだらどうするんだ!」
せっかく助けたのにこれかよ。見捨てれば良かった。それにしても減圧症になってるくせに、ゲンコツ痛すぎるだろう。化け物かよ。
「で、ボス、どうするんですか? いい加減、操船がつらいんですけど」
「ああ、悪い。2ndプランだ。軌道を変えて、地球に落とす」
「いいんですか?」
「仕方ないだろう。俺の穴開きスーツじゃあ外に出れない。単独作業でブースター設置は無理だ。ジョン、爆薬設置、一人で大丈夫か?」
「問題ないすよ。ああ、コブ出来ちゃったな。ヘルメット被れるかな」
「……助けてくれたのには礼を言う。しかし、二度とするな。わかったな?」
「了解」
またスーツを着て、外にでた。今度は爆薬を持って。ワイヤーをたどって
ど・こ・に、仕掛けようかな……お、さっきのガスが抜けた穴がある。そこなら設置しやすい。楽出来る。
「設置完了。帰還します」
『了解。お疲れさま』
持ち込んだ荷物をワイヤーに繋げてから、欠片側のアンカーを切り離した。軽くジャンプ。
んー、やっぱりこれじゃないよな。それに引き換え、さっきのブースターは良かった。あれは良かった。あれこそ、俺が求めていた跳ぶだ。
この仕事を続けていたらもう一回ぐらい味わえるかもしれない。
「もう少し、頑張ってみるか」
『何か言った?』
「いや、何も。帰還した。カーゴハッチ、閉じていいぞ」
『了解』
ハッチが閉じていくのを見守る。
「なあ、お前が、この仕事を始めた理由ってなんだ?」
『今、それを聞く?』
「話したくなければいい」
ハッチが閉じるのを確認してから、エアロックに入り、空気で満たす。減圧と違い、こっちは時間が掛かる。
『私もジョンと似てるわ。私はレーサーだった。エレキサイクルの。風を感じて、景色が目まぐるしく変わっていくのが好きだった。速く、もっと速く走りたかったの』
「お前こそ天職じゃねえか。宇宙船以上に速度を出せるものはない」
『わかってないわね。いくら速くても、風を感じないし、景色も変わらない。ホントがっかりだったわ』
エアが満たされた事を示すランプが付いた。エアロックを抜けて、船内に入り、ヘルメットを外す。
「なるほど、どうやって折り合いをつけた?」
『何も? 速く走りたいのは趣味。操船は仕事。それだけよ』
「お前らしいわ。話してくれてありがとな」
スーツを脱いでコクピットに入った。
「戻りました」
モニタの中央には欠片があり、少しずつ離れている。
「爆破タイミングは計算できてるか?」
「はい、欠片の回転軸、重心位置、爆薬の設置場所、地球の重力から計算し、終了しています。最速で、後2分21秒です」
「では、最速で爆破だ」
「了解」
欠片は離れていくけど、その度にモニタは拡大するから距離感がさっぱりだな。なんていうか、風情がない。
「爆破10秒前……5、4、3……爆破します」
爆破と共に、モニタが真っ白になりオートで輝度補正が入るが、ブロックノイズがちらほらと残った。
欠片はどうなった?
「爆発の影響で10以上に分裂しました。……軌道計算終了。全て地球に落下します」
「よし、落下を確認してから帰港する」
ああ、今回は疲れた。帰ったらゆっくり休みたいね。
モニタに映る欠片群の一つが大気との摩擦で赤い尾を引き始めた。続いて、もう一つ、続々と尾を引き始める。
上から見ると綺麗に見える。地球から見るとどんな風に見えたっけ? 一回見たことあるんだけどな。もう覚えてない。まあ、どうでもいいか。俺の居場所は、もうこっち側だ。
【短編】太陽系の外からコンニチワ Edy @wizmina
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