第30話 決着と新たなる旅立ち

 立ち上がったコルネフォロス。

 しかし彼のダメージは軽くない。

 魔力も欠乏し、立っているのがやっとの状態だった。


「そんな身体じゃあもう戦えない」


 事実を告げると、彼は高笑いをして告げた。


「言ったはずだ。私はまだカニカマを使っていない。

 私は始祖そのもの。魔力さえあれば戦える!!」


 彼は懐へと手を伸ばした。

 カニカマを食べられて、魔力を回復されたら為す術はない。

 それにカニカマは危険だ。今のコルネフォロスがそれを手にしたとして、無事で済むとは限らない。


 だが彼がカニカマを手にするより早く、キオネが告げる。


「もしかしてこれのこと?」


 キオネが手にして見せたのはカニカマだった。

 目を見開くコルネフォロスに対して彼女は言った。


「前職は泥棒だったの。これくらい盗み取るのは造作もないことよ。

 大体、私が何の考えもなくあんたに近づくわけないでしょ」


「なん、だと――」


 コルネフォロスは頼みの綱のカニカマを盗まれたと知り、茫然自失と動きを止める。

 されど彼はキオネの背後に姿を現した、ナトラを見て彼女へ命令する。


「メレフ!

 そいつからカニカマを奪い取れ!」


 キオネの元に歩み寄ったナトラ。彼女は発せられた命令に対して首を横に振った。


「あー、ごめん。ナトちゃんはいつだって強い方の味方だから。

 今はこっちに付いた方が良さそう。

 そういうわけだから自分でなんとかしてね。元盟主様」


 むしろナトラはキオネを守るように立ち、肩に乗せたカニから泡を生成して戦闘の構えを見せた。

 完全に行き詰まったコルネフォロス。

 彼はその場に膝をついた。


「もう終わりだ。

 これまで行ってきた罪を償うときが来たんだ」


「終わりだと?

 いいや違う。これから始まるのだ。

 計画が動き出した以上、もう止められない。

 集結した軍勢は皇帝を襲い――」


「そうはならないわよ」


 キオネがコルネフォロスの話を遮る。


「軍を率いるあなたが倒れた以上、下の者達は戦おうとしないわ。

 そもそも、タルフが敵に占拠されていると知れば軍勢は集まらない」


「貴様らだけでタルフの街を占拠できるとでも?」


「現に今、されているわ」


 キオネは城の方を見るように促した。

 コルネフォロスと同時に、僕もそちらへと視線を向ける。

 城には、赤地に金色の刺繍で大きな身体に小さなハサミを持つカニが描かれた旗が掲げられている。


「――バカな。カルキノス騎士団だと……」


「そういうこと。帝国最強の騎士団よ。

 あんたに逃げ場はないわ」


 墓地にもエビに乗った騎士と、軍勢の主が到着した。

 カルキノス騎士団を率いていたのは、鎧と立派なマントを身につけ、指揮用のメイスを手にした少女。テグミンだった。

 小柄な彼女には鎧もマントも不釣り合いだったが、彼女は堂々と胸を張って、声を張り上げる。


「わたくしは皇帝陛下より反乱鎮圧の全権を任された、テグミン・フォン・カルキノスです。

 タルフ領主コルネフォロス。国家転覆を企てた罪で拘束します」


 テグミンの合図で、騎士がエビから降りてコルネフォロスの身柄を拘束する。

 既に魔力を使い尽くしていた彼は、為されるがままに捕らえられた。

 

 キオネは捕らえられた彼へと歩み寄る。

 そして目の前で立ち止まると問いかけた。


「先代オルテキア候――私の両親を殺したのはあなた?」


 コルネフォロスは頷いた。


「そうだ」


「理由は?

 金で言うことを聞かせられないから?

 皇帝や他の選帝侯と強い信頼関係を築いていたから?」


「そうだ」


「でしょうね」


 キオネは聞きたいことはそれだけだと問いかけを終える。

 それからコルネフォロスの懐へと手を入れた。

 攻撃するのではなく懐を探る。取り出されたのはカニカマだった。


「一時的に魔力を増強させる薬物よ。

 皇帝陛下なりカルキノス太公なりに報告よろしく」


 カニカマは騎士へと手渡される。

 コルネフォロスは、先ほどキオネが盗んだと言って見せたカニカマが偽物だったことを知るが、今更彼に出来ることはなかった。

 騎士に連行されて墓地から連れ出されていく。


「全く、遅いのよ」


 キオネは残っていたテグミンへと悪態をつく。

 僕も呼吸を整えて、キオネ達の元へ歩いて行って話しかけた。


「ありがとうテグミン。

 助かったよ。

 でも凄いね。全権を任されて、しかも騎士団まで」


 賞賛したつもりが、テグミンは視線を逸らしながら苦笑いを浮かべる。


「いえ、それなのですが……。

 頂けたのは反乱鎮圧の権利だけで、父様に貸して貰えた騎士も1人だけです。

 旗だけは大量に借りられたので、デュック・ユルで職を失っていた傭兵を雇って、旗を見せつけて降伏させました。

 

 正面から戦いになっていたらどうなっていたか。

 ですがわたくしたちが到着した頃には街の兵士のほとんどが倒れていたので、事なきを得たと言ったところでしょうか」


 テグミンとしては戦って勝利を得たかったのだろう。

 でも彼女が駆けつけてくれたことで助かったのは事実だ。


「戦わずに勝利を得られるならその方が良いに決まってるよ。

 テグミンは良い指揮官になるよ」


 テグミンは照れた様子で頬を赤く染めながら、されど言葉通りには受け止めず返す。


「そうなれたら素晴らしいことですね」


「で、コルネフォロスはどうするの?」キオネが問う。


「皇帝に対する謀反を企てた以上、軽い罪にはならないでしょうね」


 テグミンは連行される彼の背中を見送ってそう告げた。


          ◇    ◇    ◇


 タルフの街で起こった騒動は、テグミンが持ち込んだ傭兵と、レジスタンスの活動によって収まりを見せた。

 コルネフォロスと、彼に従っていたイビカ教徒達は捕らえられた。

 ディロス家もこの騒動への関与を疑われ、捕らえられた者達はガーキッド宮中伯の軍が皇帝の元へ連行する運びとなった。

 エビ教徒の軍勢もタルフへ集結することなく、彼らは東へと帰って行ったらしい。


 僕たちがやるべきことは終わった。

 レジスタンスの拠点となっている民家で一休みさせて貰う。

 開いてしまった傷の手当と、失った魔力を食事によって僅かに回復させる。

 キオネもコルネフォロスとの戦闘で負った怪我の処置を自分で行った。全部かすり傷だからと、医者の治療は断っていた。


 そこへ、イビカ教徒達の捕縛を終えたテグミンがやってくる。


「ワタリさん、キオネさん。

 この度はありがとうございました。

 おかげで、帝国内で蔓延していた違法薬物を根本原因から取り除くことが出来ました」


「いや、僕らは成り行きで手を出しただけだから」


「そうよ。

 感謝したいのはこっちのほうだわ。

 選帝侯家のお嬢様を利用させて貰っただけだもの」


 お礼を直接受け取って貰えなかったテグミンは困ったような顔をした。

 それから「そういうことにしておきます」と言って、別件を切り出す。


「ところでワタリさん。キオネさん。

 この間の話ですけれど、わたくしの元で働いてはくれませんか?」


 再度の確認に、キオネへと視線を向ける。

 彼女は左の頬を押さえながら「好きにしたら良いわ」と言う。

 その答えを受けてテグミンへと向き直る。


「ごめん。申し出は本当に嬉しいんだ。

 でももう少しだけ、キオネと一緒にこれから生きる道を探してみたいんだ」


 その言葉にテグミンはうんうんと頷いて見せる。


「そう言うと思いました。

 ですがいつでもお待ちしていますから、困ったときはどうぞ頼ってください」


「ああ。行き詰まったら頼らせて貰うよ」


 テグミンは朗らかに笑って返した。

 それからナトラ達、レジスタンスの人々へと視線を向ける。


「ええと、皆さんはイビカ教徒ですよね?」


 その発言に彼らは身構えた。

 イビカは帝国内での信仰を禁止されている。

 そして今のテグミンは、皇帝と選帝侯カルキノス太公から反乱鎮圧を委任された立場だ。


 しかしテグミンは彼らに対しても笑みを見せた。


「この度は反乱鎮圧への協力ありがとうございます。

 この後ガーキット伯の騎士団が街に訪れるので、しばらくは身を隠した方がよろしいかと。

 よろしければわたくしたちの傭兵団に紛れて街を出ませんか?」


 提案に彼らは頷いて返した。


「でも良いのか?」


 テグミンへと問う。

 イビカ教徒は見つけ次第処刑だと言っていたのはテグミンのはずだ。


「あんたのとこ、一番そういうのうるさい家でしょ」


 キオネも続ける。だがテグミンはあっけらかんと答えた。


「父様に知れたらわたくしを含めて殺されるでしょうけれど、帝国のために働いてくださった方々を無碍にも出来ませんから。

 忠誠には報いなければなりません。

 では急いだ方がよろしいです。皆様、準備を終えたら街の正門前までお越しください」


 テグミンはその場に居る面々へと丁寧に頭を下げて、民家を後にした。

 それからナトラがキオネの元に詰め寄る。


「ナトちゃん仕事したよね!

 今すぐカニ消して!!」


「もう消してあるわよ。

 うるさい奴ね」


「バーカバーカ!

 性悪貴族! 二度と手を貸さないかんな!!」


 言うが早いか、ナトラは逃げるように民家を飛び出していった。

 キオネは「貴族じゃないっての」と華麗な逃げっぷりを見せた彼女の背中へ声をかけた。


「本当に消したの?」


 問いかけにキオネはかぶりを振った。


「いつ毒を盛ってくるか分からない奴よ。しばらくは消さないわ」


「だろうね」


 ナトラが逃げていった後、入れ替わるようにシュルマがやって来た。


「金!!」


 それだけ言えば十分だろうとシュルマは叫ぶように言った。

 キオネは仕方がないと、鍵を手渡した。


「街の正門近くの宿屋。1軒しかないから直ぐ分かるわ。

 あんたの名前で部屋を取ってある」


「逃げる気じゃないでしょうね!」


「私は払うべきものは払うわよ」


「信用ならない」


 シュルマは食い下がるが、キオネは平然と告げた。


「もう少し日が昇れば宿の人間が掃除に入るわ。

 そのとき金が無事かどうか、私は保証しないわよ」


 シュルマは迷いながらも鍵を手にした。


「無かったらその時はあんた達を死ぬまで追い続けるわ」


「有るからさっさと取りに行きなさいよ」


 シュルマは怒りながらも、鍵を握りしめて民家を後にした。


「本当にちゃんと返すの?」


 問うと、キオネは眉をひそめて冷たい視線をこちらへ向ける。


「私が信用できない?」


「いや信用はしてるよ。

 ただ確認したいだけ」


「返すわよ。

 今更大量のお金持ち歩く理由もないもの」


「良かった。それを聞いて安心したよ」


 既にレジスタンスは出立のための準備を始めている。

 僕たちもいつまでもここに居座ることは出来ない。

 怪我はまだ痛むが、魔力が回復したことで身体の方はちゃんと動く。

 キオネもそろそろ出ようと立ち上がった。


 レジスタンスの皆に別れを告げて民家を出る。

 街の裏口にクルマエビは停めてあった。エビに水を与え、出立の準備を進める。


「何はともあれ、やるべきことは全部終わったね」


 キオネの両親を殺した犯人も分かり、違法薬物調査から続くイビカ教徒との戦いも終焉を迎えた。


「これからは真っ当に生きる道を探すことに専念できるな。――キオネ?」


 先ほどから何も言わないキオネへと声をかける。

 彼女は御者台に座り、左の頬を押さえていた。


「どうかした?」


 問うと、彼女は頬を押さえていた手をどけた。

 頬には擦ったような傷があった。コルネフォロスとの戦いで負った傷だろう。

 それから冷たい目でこちらを見て言う。


「あんたのせいでまた傷が増えたわ」


 そんな些細な傷なんて、綺麗に洗っておけば直ぐに消えるよ。――なんて軽々しく言えなかった。

 彼女は顔に傷を付けられて、長い間苦しみ続けてきた。

 小さな傷でも、たとえ治るとしても、傷は傷だ。


「ごめん」


 素直に謝る。

 コルネフォロスとの戦いで、最後の最後力を出し切れずキオネの手を借りたのは事実だ。

 だけど、それから付け加えるように言った。


「僕は気にしないけど」


 その言葉にキオネは深くため息をついて、こちらにさっさと御者台に乗るように手招きしてから言う。

 小さな声。ギリギリ聞き取れるくらいの声量で。


「あんたが気にしないならそれで良いわ」


 キオネはかぶって居たフードを脱ぎ、右目を隠していた髪を払いのける。

 そんな彼女の態度の変化に、思わず嬉しくなって急いで御者台へと乗り込む。

 僕が座ると、キオネは手綱をこちらへ渡して出発するように言った。


「早くこの街から離れましょう。

 いつどこから闇討ちされるか分かったものじゃないわ」


「分かった。とりあえず西へ向かえば良い?」


「そうね。西へ戻って、それからプラウタスを目指しましょう。

 皇帝選挙間近で毎日お祭り騒ぎのはずだわ。よそ者でも出来る仕事もあると思う」


「それは良いね。

 じゃあ次の目的地はプラウタスで」


 クルマエビを出発させて街道に出る。


 密漁漁船から落とされてたどり着いたこのカーニ帝国。

 笑いこそしないものの、美人で賢く、この国で生きるための術を知り尽くしたキオネと2人。

 真っ当に生きるための旅をようやく始めることが出来た。

 彼女と一緒なら、きっとどんな困難も乗り越えられることだろう。

 

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カニとハサミの異世界ファンタジー 来宮 奉 @kinomiya

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