第29話 決戦と力の使い方

 朝日を背に受けて、コルネフォロスと対峙する。

 身体は昨日受けた傷の痛みと、恐怖によって震えている。

 それでも勇気が恐怖を上回り、2振りのハサミを構えて戦いに挑む。


 コルネフォロスは自分より、魔力量も能力も格上だ。

 カニと人間のハーフである彼には、その分野では勝ち目がない。


 だが勝敗を決するのは魔力量でも能力でもない。使い方だ。

 これまで自分はずっと格上側に立っていた。

 膨大な魔力量と、全高6メートルにも及ぶ完全カニ化能力。

 相手の攻撃を受けても魔力量で強引に回復し、力尽くの攻撃で押し切って来られた。


 しかし苦戦してきたのも事実。

 相手側の工夫によって、こちらの防御は突き崩され、攻撃は回避された。

 今度は自分が、格上の能力者相手に工夫しなければいけない番だ。


『生きていたのは褒めてやろう。

 しかし傷は浅くないはずだ。立っているのがやっとだろう』


 コルネフォロスの漆黒の身体がゆらりと動き、距離を詰めてくる。

 右手に棍棒、左手に長剣を持ったカニの化け物。

 応じるようにこちらも前へ進み出た。


『あんたを倒すにはこれで十分だ』


「ほう、面白い。

 欲しいのはアステリアだ。貴様には彼女をおびき出すための餌になって貰う』


 コルネフォロスが短く踏み込んだ。

 これはこちらの行動を引き出すためのフェイント。だがその一撃すらまともに食らえば重傷を負うことになる。


 突き出された左のハサミによる一閃。

 瞬時に対応し右のハサミを構える。

 刃先がこちらの甲殻を捉えた。攻撃は甲殻に対して鋭角に入り、表面に傷を付けられたが外側に弾き飛ばせた。


 続いてコルネフォロスは強く踏み込み、右の棍棒を振るう。

 棍棒のように見えて、ハサミでもある。あれに挟まれたら甲殻だろうがすり潰されてしまう。

 解体工事現場で使われるフォークのようなものだ。


 質量を押しつけるように真っ直ぐ突き出される攻撃。

 それを左のハサミでいなす。直接受けるのではない。甲殻の傾斜を使って外側へと逸らすのだ。

 能力で負けている以上、殻の強度では勝負にならない。威力を殺して外側に逸らす。

 そして一気に間合いへと踏み込む。


『秘技、カニ道楽!!』


 短く飛び上がり、打ち下ろすように右腕を振るった。

 腕の加速とカニ魔法による巨大化。それに体重すら乗せて威力を増した攻撃は、コルネフォロスの左手関節を抉る。


 腕を切り落とすまでには至らなかったが、関節部分に傷を負わせた。

 攻撃は通じている。


『少しは戦い方を考えてきたようだな』


 コルネフォロスは一度後退し距離をとった。

 禍々しい漆黒の魔力が渦巻き、左腕の傷はあっという間に修復されてしまう。


 戦えてはいるが魔力差を考えればこの状態が続くとまずい。

 逸らして防ぐことの出来る攻撃ばかりではない。

 攻撃を見極め、逸らすのか回避するのか瞬時に判断しなければいけない。


『しかし。しかしだ。

 圧倒的な力の差というものを、軽く見積もりすぎている。

 小細工を重ねたところで、この差が埋まることはないのだよ』


 漆黒の魔力が吹き出した。

 そうかと思うと、既にコルネフォロスに間合いまで踏み込まれていた。


 ――速すぎる!


 突き出された左のハサミを逸らし、振り下ろされた右のハサミを後ろに飛び退いて避ける。

 攻撃は止むことはない。

 次から次へと攻撃を繰り出され防ぐので精一杯。それも完璧ではない。

 逸らし損ねた斬撃にハサミを切り落とされ、避けきれなかった棍棒に甲殻を砕かれる。


 ついに勢いよく突き出された棍棒による攻撃を回避できず、両のハサミを盾にして受け止める。


『ぐっ――』


 ハサミは粉々に砕かれ、なんとか攻撃の威力を受け流して後方へ飛び退く。

 後退した先は、前回落とされた切り立った崖だった。


 継戦するため魔力を送るが、ハサミが上手く回復しない。

 怪我の痛みもあって、魔力だけに集中できない。それでもなんとか右腕だけ修復し構える。


 コルネフォロスは勝ち誇った様子で、カニ化を解き、人の姿となってこちらへとゆっくり歩み寄り始めた。


「最後の機会だぞ。

 アステリアはどこに居る?

 それとももう一度落ちるか?」


『追い詰められたのはそっちの方だ』


 強がりを言ってみせる。

 兵士達を一時無力化し、市中でも騒ぎを起こせた。

 ここで負けても、キオネが無事なら後はきっとなんとかしてくれる。


 だが、コルネフォロスの背後。

 ここに居てはいけない人物の姿が見えた。


 キオネだ。

 キオネがクルマエビにまたがってこちらへと駆け込んでくる。


「ほう。

 餌としての価値はあったようだな」


『ダメだ! 逃げろ!!』


 前へ踏み出し、治ったばかりの右腕でコルネフォロスの気を引こうとカニ道楽を繰り出す。

 だが速度の乗っていなかった攻撃は容易く弾かれ、棍棒によって腕ごと砕かれる。

 ダメージによってカニ化が解け、地面を転がる。


「あんたの相手は私よ!」


 クルマエビから飛び降りたキオネが、鉄顎を手にコルネフォロスへと迫る。


 ――ダメだ。キオネの能力じゃ、あいつの攻撃を防げない。


 力を振り絞って立ち上がるも、身体が限界を訴える。

 縫ったばかりの腹部の傷が開き、血が流れ始める。


 キオネを止められない。

 彼女は魔力を解き放ち、大量のカニを召還した。そのカニ達は足同士を絡ませて、1つの生命体のように振る舞いコルネフォロスへと襲いかかる。


「愚か者め。

 カスをいくら集めてもカスでしかないのだ」


 右腕だけカニ化され、棍棒のようなハサミが振るわれる。

 棍棒はキオネのカニ達を叩き潰し――


「それは集め方にもよるでしょう」


 カニ達は潰れながらも、コルネフォロスの巨大な棍棒の一撃を受け止めた。

 小さなカニ達は足を複雑に組み合わせ、その構造によって受けた力を分散し、回帰させることによって、攻撃の威力を利用してそれに抗ったのだ。


 間合いに入り込んだキオネは鉄顎をコルネフォロスの首筋へと突き立てた。

 だが、部分的に甲殻化された皮膚に阻まれる。


「無力だな」


 コルネフォロスが腕を払う。

 キオネは防ぐことも出来ず、弾き飛ばされて地面に転がった。


『うおおおお!!』


 キオネが傷つけられたのを見て、腹の底から怒りが沸いてくる。

 怒りは傷の痛みを無視して、残っていた全ての魔力を迸らせた。


 残りの魔力でコルネフォロスを倒す。

 余計なことに使う力は残っていない。

 一撃で全てを粉砕するのだ。

 攻撃を受け止めるには力を分散させる。

 逆に防御を貫くには力を一点に集中させなければならない。


 力の使い方を考えるんだ。

 一撃でコルネフォロスの防御を打ち砕く。攻撃するのに防御は不必要だ。

 何もかも、最後の一撃へと注ぎ込む。


 右手を掲げ、全魔力を集中させた。

 雲を割き天を衝かんとばかりに巨大化したハサミ。


『まだそれほどの力が残っていたか』


 コルネフォロスは再度カニ化。

 全高8メートルもの巨体に漆黒の魔力を滾らせる。


『うおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 超巨大化させた右のハサミを振り下ろす。

 小細工はなしだ。圧倒的な質量でただただ叩き潰すのみ。


『秘技!! カニ将軍!!!!』


『ぬううううううううぅっ!!』


 振り下ろした、と言うより自重落下したに近い巨大なハサミをコルネフォロスは右のハサミで防ぐ。

 だがそれだけでは抑えきれず、ついに左のハサミも防御に転じた。


 コルネフォロスの脚部関節がひび割れ、魔力が溢れ出していく。

 メキメキと音が響き、甲殻が砕け、地面にもヒビが走る。


 ――行け! そのまま、叩き潰すんだ!!


『私は始祖そのものだ! 敗北などあり得ない!

 負けるはずなどないのだ!

 ぬおおおおおおおおお!!!!』


 絶叫が轟く。

 超質量のハサミはコルネフォロスの防御を崩し、その甲殻をことごとく破壊した。

 彼はカニ化を完全に解除して、その場に倒れた。


 こちらも魔力を全て使い果たした。

 右のハサミも構造を維持できなくなって霧散していく。

 膝をつき荒い呼吸を整える。

 ――勝利したんだ。


 キオネの方へと目を向ける。

 彼女は立ち上がりながら、服についた泥を払っている。

 良かった。無事そうだ。


 彼女の元へ向かおうと、震える足で地面を捉え立ち上がる。


「……ここまで強力な攻撃を繰り出す能力があるとはな。

 惜しい。実に惜しい。

 貴様のような人材が、味方になっていたらどれほど心強かったことか」


 倒れていたコルネフォロスの声。

 体中からはしゅうしゅうと音を立ててどす黒い魔力が漏れ出している。

 そんな状態にありながらも、彼は両手で泥を掴み、そして身体を震わせながら立ち上がった。

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