第28話 惨劇と再戦

 シュルマはキオネに呼び出されたらしい。

 一体どうやって、とも思ったが、キオネの能力ならばたとえ距離が離れていても連絡が取れる。

 その呼び出しに応じて――と言うより、キオネが手を付けた金を返して貰うため、シュルマはデュック・ユルからこのタルフまで追いかけてきたのだ。


「足りないわよ!」


「残りは仕事を終えたらよ」


 キオネは渋りながらも金貨を支払ったのだが、その枚数に納得がいかないシュルマ。

 しかも仕事なんてするつもりはないと言い張る。


「仕事ですって?

 あたしはあたしの金を返してもらいに来ただけよ」


「分かってるわよ。盗った分は返す。

 でも今こっちも取り込み中なの。

 もしかしたら失敗して私が死ぬかも知れないけど、その場合一切金は返ってこないわよ。

 でもあんたが手伝ってくれるのなら、盗った分に加えて往復の旅費も、仕事の報酬も付けて払うわ」


 キオネが条件を提示すると、シュルマは眉根を寄せた。

 だがキオネが一切条件を変えようとしないのをみてその案を飲み込む。


「いくら?」


「働き次第ね。精々努力なさい」


「あんた一体何様なのよ」


 文句を言いつつも、何をすれば良いのか確認するシュルマ。

 キオネは現状を簡潔に伝える。

 コルネフォロスが皇帝選挙を襲撃しようとしていること。新しい国家を作ろうとしていること。シュルマはその仕事を請け負っていたこと。


「ってことはあたしにとってこの街って敵地じゃない。

 あいつらの幹部1人殺してるのよ」


「そうなるわね。なら逃げ帰る?」


 キオネが問いかけるとシュルマは即答した。


「やるわよ。

 プラウタスを襲撃されたらあたしの店も開かなくなるわ」


 シュルマはプラウタスに出店する予定だったらしい。

 そんな彼女からしてみれば、コルネフォロス達の計画は是が非にも止めたいだろう。

 シュルマの協力を取り付けて、キオネは街の地図をナトラに持ってこさせると机の上に広げて、これからやるべきことを示す。


「まず厄介なのが街にいるイビカの兵士達ね。

 排除するにしても数が多いし敵地だから真っ向勝負は避けないといけない。


 それと明日東からやってくるエビ教徒の軍勢を足止めしないとまずいわ。

 皇帝選挙目前で忙しいこの時期、大きな軍勢を整えるには時間がかかる。

 コルネフォロスの戦力が大きくなると手遅れになるわ。


 後はコルネフォロスの対処ね。

 ここまで強大な地盤を築いている以上、無力化するべきよ。


 それで、こっちの出せる人員が――」


 キオネはナトラへと視線を向けた。

 彼女は指折り数えて答える。


「レジスタンスが全部で6名。

 戦闘能力はあんまり期待しないで。普通の市民だから」


「そうね。

 なるべく直接的な戦いは避けましょう」


 ナトラとキオネが話を付けていると、シュルマが雲行きが怪しくなってきたので手を上げて尋ねる。


「ちょっと、人員少なすぎない?

 援軍とかないわけ?」


「一応あるけど、間に合うかどうか。役に立つかどうかは微妙。

 レジスタンスを連絡役にして、どこかしらの大きな勢力と連絡とりたいけど、ディロス家は敵側だし、ガーキッド家は遠いわね」


「オルテキア家は?」シュルマが尋ねるも、キオネは顔を伏せながら返した。


「先日辺境伯夫妻が死んで断絶したわよ」


 シュルマはキオネの表情を読み取ったのか「じゃあ無理ね。ここに居るだけのメンバーでやりましょう」と軽く流した。

 ここに居る4人と、レジスタンス6名。たった10人で、街の実権を握るコルネフォロスとその兵士達、更にはエビ教徒の軍勢を止める。

 困難なのは分かりきっている。でも今タルフに居る自分たちがやらなければ、コルネフォロスは止まらない。


「それで、僕は何をしたら良い?」


 キオネに問いかける。

 彼女は瞳をこちらに向けて、事務的に告げた。


「食事を済ませて寝なさい。

 最後の最後にはあんたの力が必要よ。

 それまでしっかり休んで、魔力を回復させなさい」


 指示に頷き、渡された干しエビを受け取る。

 食欲はまるで沸かなかったが無理矢理水で押し込み、キオネ達の作戦会議にも加わらず眠りに落ちる。

 最後の最後――。

 コルネフォロスとの決着は、僕が付けなければいけないのだから。


          ◇    ◇    ◇


 まだ日も昇らない薄明の頃。

 タルフの街。領主邸宅で、朝食の席に着いたコルネフォロス。


 計画はつつがなく進んでいる。

 昨日は散々計画の邪魔をしていた厄介な完全カニ化能力者、ワタリを始末することが出来た。

 

 ナトラ・メレフはしくじって、先代オルテキア候の娘アステリアの始末は出来なかったようだが、両者とも姿をくらましている。

 仕留められずとも、それなりの代償を負わせたと考えて良いだろう。

 ナトラの能力は炎と毒。敗れたとしても相手も無傷という訳には行かない。


 しかし……。

 コルネフォロスは食事の手を止める。

 いつもなら、昨日の市中について補佐官より報告を受けながら朝食をとる。

 それがどういうことか、今日は補佐官がまだ来ていない。


「今朝は何かあったか?」


 食事係へと問う。

 問われた彼も補佐官不在の理由は分からない。

 されど今朝より市中の様子がおかしいことに気がついていた彼は報告した。


「市中では腹を下すものが多いと聞きます。

 厨房係も1人、今朝は体調不良を訴えまして、盟主様の食事に影響があるといけないので本日は休むよう言いつけました」


「ふむ。腹痛か。

 疫病の類いではあるまいな――」


 問いかけて、コルネフォロスはことの重大さに気がついた。

 食事の手を止め、コップの中、スープの中、更にはパンの中まで目を見開いて確かめる。


 ――居ない。いや見つからなかっただけか?


 コルネフォロスはオルテキア候夫妻がどのような死に方をしたのか聞き及んでいた。

 肝臓が機能不全を起こし、腹に水が貯まって玉のように膨れ上がり死んだ。

 だが最初は。大本の症状は軽い腹痛と下痢だった。

 そして今ならば分かる。

 先代オルテキア候息女、アステリア。彼女の召還した粒のように小さなカニが、そのおぞましい病を引き起こしたのだ。


「盟主様、お食事中のところ――」


 部屋の扉を開かれ、郷の1人が入室する。

 彼の前置きをコルネフォロスは遮る。彼の顔色も、土色に近く健康体には見えない。


「腹痛か?」


「はい。下痢も少々。

 ですが自分など良い方で、城の兵士達は皆、起き上がれぬほど苦しんでおります」


「城の守りを緩めるわけには行かない。

 市中の兵を城へと移せ」


「ですが市中の兵士達の間でも同様の症状が広がっております。

 昨晩、酒場で飲食をしたものの症状が特に顕著です。

 更には市民の中にも腹痛を訴えるものが出ていまして――」


「井戸を調べろ!

 城も、市中もだ!」


 コルネフォロスは叫び、食事を下げ、決して残飯に口を付けぬよう食事係に言いつけ立ち上がった。

 洗面台に立ち寄り口にしたものを全て吐き出すと、自らの足で領主邸宅の井戸まで赴く。


「ご主人様がこのような――」


「下がっていろ」


 水くみの使用人を黙らせて、コルネフォロスは井戸の水をくみ上げる。

 引き上げられた桶の中には、小さなカニが数匹混じっていた。


「アステリアだ!

 先代オルテキア息女、アステリアを探し出せ!」


 郷に言いつけ、自らも城へと向かう。

 城の惨状は目を覆いたくなるようなものだった。

 トイレには長蛇の列が出来ているが、並ぶものは皆死人のような顔をしている。

 廊下には汚物が巻き散らかされ、力なく倒れ込んでいる兵士も見受けられる。


 現場を確かめるコルネフォロスの元に、顔色を悪くした郷が駆けつける。


「盟主様。

 ラトナ大橋が落ちているとのこと」


「バカな!

 一体何が起きた!」


 郷に対して問い詰めるコルネフォロス。

 ラトナ大橋は先代オルテキア候によって建設された、東方世界――エビ教徒の支配領域へと通じる橋だ。

 当然、エビ教徒の軍勢はその橋を通ってタルフへ進軍してくる予定だった。

 橋がなくなったとあれば、多少の人は送れても、軍隊は輸送できない。

 

 郷は問いに対して明確な答えを返せず、腹痛で顔色が悪いのと合わさって、血の気の引いた顔で返す。


「まだ把握しきれておりません。

 ですが先ほど、濁流が押し寄せて橋を呑み込んだとのこと。

 下流の農村からも濁流の目撃報告が――」


「ディロス伯へ連絡せよ。

 領内の通行許可を取り付けるのだ」


 最早遠回りしてディロス領の橋を通るしかない。――もちろんそちらが無事であればの話だが。

 それにディロス辺境伯領をエビ教徒の軍勢が移動しているのを、皇帝や選帝侯勢力に見つかるリスクを抱えることにもなる。

 だが動き出した計画を止めることなど出来ない。


 兵士達の病気。東方の橋の決壊。

 偶然とは思えない。

 何としてでもアステリアを捕らえ、全てを吐かせるのだ。


 動けそうな兵士を集めている最中、城の緊急事態を告げる鐘が鳴らされた。


「今度は一体何だというのだ」


「火事です! カニカマの保管倉庫から出火しました!」


 連絡役の兵士が駆けつけて報告する。

 備蓄していたカニカマを狙われた。

 消火指示を出し、コルネフォロスも現場へ駆けつける。

 まともに動ける人員があまりに少ないため、盟主と言えど最前に出なければならない。


 黒煙が立ちこめていたが、火事はボヤ程度で済み消火活動は直ぐに終わった。

 多くのカニカマが炎の中に消えてしまった。

 コルネフォロスは使えなくなってしまったカニカマ保管箱の残骸を、右のハサミで叩きつける。


「一刻も早くアステリアを探し出すのだ。病人だろうが動ける者は構わずかり出せ」


 郷はコルネフォロスの剣幕に押され、頷くとその場から逃げるように立ち去る。

 

 消火の終わった保管倉庫。

 コルネフォロスは敵の侵入経路や放火手法を調べようと現場を詳しく調べる。

 崩れた保管箱の下。

 この場にふさわしくない石版があった。

 煤で黒く染まったそれの表面を払うと、文字が刻まれている。


『タルフ領主 コルネフォロス殿

 オルテキアの正統な後継者として、そちらの計画に協力する準備がある。

 報酬交渉のため、1人で丘の上の墓地まで来られたし。

 あなたたちの寿命と相談して懸命な判断がなされることを期待する。

  カーニ帝国辺境伯 アステリア・フォン・オルテキア』


          ◇    ◇    ◇


 毒物散布は非常に上手くいった。

 ナトラの知っている城へ通じる通路から、キオネのカニが潜入。

 厨房の水や酒に、激しい腹痛と下痢を起こす毒物が混ぜ込まれた。


 ナトラ曰く、『出すもの全部出してしばらく安静にしてれば2日で治る』程度の毒であるらしい。

 それは酒場に潜り込んだシュルマによって、市中に残る兵士達にも投与される。

 それだけではなく市民に対しても少量がばらまかれた。ワタリには秘密で井戸にこっそり投げ入れられたのだ。

 更にはレジスタンスの協力員やその家族などが、自ら服用して被害を大きく見せる。


 効果は絶大で、まともに動ける兵士は数えるほどしか残らなかった。

 市民にも突然の奇病に対する不安が蔓延し、彼らは街の有力者を通して領主へと陳情を出し続ける。


 奇病についてディロス伯領へと報告しに向かうもの。

 調査を求めてガーキッド領へと早エビを出すもの。

 街の中には出所不明のエビ教徒が井戸に毒を入れたという噂が広まっていく。


 そしてタルフの東にあるラトナ大橋も落とされた。

 酒場での仕事を終えたシュルマが橋の上流へと向かい、夜の間水を凍らせてせき止め続けた。

 明け方、貯まりきった水は一気に放出され、水流は勢いのままにラトナ大橋を押し流したのだった。


「便利ねこれ」


 キオネは陶器の皿に置いた物体へ、カニを操ってハサミでつまんでいた粉を振りかける。

 たちまち2つの物体は化学反応を起こし、真っ赤に燃え上がり熱を放つ。


「あ、それ作るの大変だから無駄遣いはダメ」


「先に言いなさいよ」


 ナトラに言われて、それ以上の燃焼剤で遊ぶのを取り止めたキオネ。

 ともかくボヤ騒ぎは起こすことに成功し、コルネフォロスにキオネのメッセージを読ませることが出来た。


 実際にはタルフの街で起きている腹痛騒ぎはキオネのカニによるものではない。

 卵を経口摂取させ、体内で孵化させ、血管内、もしくは肛門管や肝臓内に留まらせて卵を産ませるというのは制御が極めて難しい。

 それを街中の兵士全員相手に実行するのは不可能だった。


 それにそもそも即効性はない。卵から孵ったカニが産卵可能になるまでは時間を要する。

 成長に使う魔力がキオネのではなく、寄生先の人物のものになるからこのあたりは仕方がない。

 だがキオネの能力について報告を受けていたコルネフォロスは勘違いしてくれた。

 彼を1人だけ誘因出来れば、こちらにも勝機はある。


「これ、持ってって」


 キオネはワタリに対してカニカマを差し出した。

 時間限定的だが、膨大な魔力を得ることが出来る。


「あんたの魔力量なら、これの魔力も制御しきれるわ」


 キオネは言う。

 だがワタリは受け取りを拒否した。


「結果だけがあれば良いわけじゃない。

 これは違法なんだろ。だったら使うのはなしだ」


「綺麗事言って勝てる相手じゃないわよ」


「分かってる。

 でも上手くやるよ」


「どうだか。

 あんたが負けそうなら私はさっさと逃げるからね」


「そうしてくれ」


 キオネは「本当に分かってるんでしょうね」と言いながらもワタリを見送った。


          ◇    ◇    ◇


 城や街を見下ろせる、墓地のある小高い丘。

 朝日はゆっくりと顔を出しつつある。

 キオネの連絡通り、コルネフォロスは1人で来ていた。


 こちらの言うことを聞くつもりはないのだろう。

 ただ1人でも全て解決できると踏んでいるのだ。

 彼の圧倒的な実力からすれば、それも間違いではない。


「また会ったな」


 背後から声をかける。

 コルネフォロスはゆっくりと振り返り、こちらの顔を眺めてから述べる。


「生きていたか。

 アステリアはどこに居る?」


 問いかけには答えない。

 変わりに、カニ魔力を見せつけて応じた。


「あんたの計画を全て畳んでくれ。

 そうしたら兵士達の病気は治す」


 コルネフォロスは感情を見せなかった。

 こちらの要求に対してただただ無感情に「バカげた話だ」と一蹴する。

 それから、漆黒のカニ魔力を溢れさせながら言った。


「教えてくれ。

 貴様を街中引き釣り回せば、アステリアは姿を現すだろうか?」


「そうはならない。

 今度負けるのはあんたの番だ」


 同時にカニ魔力を行使。

 全高6メートルの濃緑色のカニに姿を変えて、コルネフォロス――漆黒の甲殻、棍棒のような右腕、刃物のような左腕を持つ、全高8メートルもの巨大カニと対峙した。

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