エピソード:フツウ 7
倒れる典子。
フラフラしながらも、アカリちゃんと共に地面に降り立つ恵。
仁美は魔力を放出した反動で身体に力が入らなくなり、ぺたりと座り込んだ。
そして魔力を失ったため、元のオバサ……年相応の姿に戻る。
「ふへぇ……終わったぁ」
「ーーーーじゃないよ! いきなり何するんだよシャイン!? あたしたちを殺す気!?」
「そ、そうだッポ~ヒトミ! 何であんなことしたッポ!?」
説明が面倒くさい。
だが、危険に晒したのも事実なので、話はしておこうと思った。
……伝わる自信は、あまりなかったが。
「……賭けたんだよ。あの人が、自分のために怒っていたのか。娘のために怒っていたのか。どっちが大事だったのか、ってことをね」
「……?? どゆこと?」
子供の恵には難しかったのか、自分の説明が悪いのか。
両方かもしれないが、やはりちゃんと伝わらないようだ。
なので、証拠を見せる。
「……ほれ」
と、典子に駆け寄るアカリちゃんを指差す。
「お母さん……お母さん!!」
典子は我が娘に心配させじと、ボロボロになりながらも気を強くもって立ち上がり、娘を抱き締めた。
「ごめんね、アカリ……ごめんねぇ……」
元々、ディスライトをはね除ける程の心の持ち主だ。
闇を抱えながらも、何とか折り合いをつけて生きていける人間だと感じていた。
……自分と、同じように。
「意識があるんなら、間違いなく子供を優先する。“普通の親”なら、そうすると思ってね。その隙をついて本体に直撃させたってわけ」
「そ、それにしても……」
褒められた方法ではない。
実際、恵を撃ち落としていたら二人は地面に激突し、無事では済まなかっただろう。
それでも、大丈夫だと思った。
初めての戦いで、あそこまで戦えた恵の目を見る。
「アンタを……信用したんだよ」
「え……?」
子供に命を張らせて、情けないという自覚があった。
あの時はそれが最良だと思った。
でも、カポと同じだ。
結局私も、他人に責任を投げてしまったのかもしれない。
「……悪かったね、バーニング」
殴られてもしょうがない。
そのつもりで謝罪した。の、だが。
「か……カッコいい! おねーさまって呼んでいい!?」
「うぇ?」
なぜか、恵は羨望の眼差しを向けていた。
「シャインお姉さまってこんなに強かったの!? やだもー、使えない口だけ説教ババアとか思ってたのにー」
思ってたのかよ。
恵に何か言い返そうと思ったとき。
ファンファンファン、と、遠くから嫌なサイレン音が聞こえてきた。
そりゃあね、来るよね。
こんな夜に、公園で燃えたり爆発したり叫んだり。
そりゃ呼ばれるよね、警察。
さて。
公園の地面は爆弾でも落とされたかのようにボロボロで、遊具もいくつか壊れており、爆心地で満身創痍の母と娘が泣きながら抱き合っている。
そしてそこに、テロ容疑をかけられたままのコスプレ不審者が立っている。
ああ、いかんわ、これ。
「逃げるよ」
「えっ、何で?」
「捕まったらアンタの将来も終わるよ? さあ、走る準備はできてる?」
不服そうな恵だが、しかし今は本当にまずいのだ。
子供をテロに洗脳したコスプレオバサンとして全世界に名を馳せてしまう。
「じゃあ典子さん、後はよろしく!」
「……はい、わかりました。これも私のせいですから」
「いや、そんな深く考えなくていーから。何も覚えてなくて、気がついたらここに倒れてたってことでいーから。
最悪、私のせいにしといて。アカリちゃんの将来を考えるなら、前科つくとヤバいでしょ?」
「ヒトミ、大丈夫ッポ?」
「……なんか、これ以上罪状が増えたとこで、もう誤差なのかなって」
半泣きで答える。
「とにかく、これで逃げるから。典子さん、さっきも言ったけど、愚痴と酒くらいなら付き合うからね! その気になったら教えて! じゃ!」
だだだだーっと、仁美と恵は走って逃げていった。
教えて、と言われても。彼女の連絡先などわからないのに。
いやそれでも、呼べば彼女は来るのだろう。
全く根拠はないが、そんな気がした。
何だか少しだけ、笑えてしまう。
公園に残された典子は、娘を抱き締めながら思う。
こんな愛し方しかできないけど。
それでも私なりに、娘の幸せを考え直してみよう、と。
そして。
久しぶりに母に抱き締められるアカリもまた、思う。
あのとき泣いた理由がわかった。
母を、父を、否定されたように感じたからだ。
ワタシの愛する両親を、ワタシのせいで否定されてしまったと思ったからだ。
「お母さん、ごめんなさい……」
「……アカリは何も悪くないの」
ぎゅっと、抱き締められる。
すごく幸せな気持ちになった。
あの魔法少女スタイルでは目立ちすぎるので、変身は解いた。恵の年齢を考慮して、自宅までは送っていこうということになり、仁美と恵は二人で並んで歩いていた。
しかしこうしていると、親子にしか見えない年齢差だ。
「ねーねーシャイン」
「や、普通のカッコのときはマジでやめてくれない、それ」
「だから、名前を知らないんだってば」
「ああ、そうか。私は朝倉仁美。で、こっちの畜生が精霊のカポ」
「よろしくッポ!」
もはや畜生呼ばわりにも慣れたのか、カポは平然としていた。
「よろしくねー! あ、そこの角を曲がったらウチだよ」
この辺はあまり歩きたくない。
なぜなら、旧友の……胸ぐら掴んでケンカ別れした旧友の家があるからだ。
夜とはいえ、あいつに会ったら気まずい。
恵を家の前まで送って、さっさと帰ろう。
角を曲がると、懐かしささえ感じる旧友の家が見えてきた。
いかにも地元の金持ちです、といった洋風の庭付きの広い家。全周を塀を囲み、ガレージつき。ここまでの広さで部屋数も多いのに、あいつと旦那と娘の三人暮らしだというのだから、もったいない。ひとつ私にくださいな。
そういえば、あいつの娘にも、あれっきり会ってないな。
小さかったし、私の顔なんて忘れてるだろうな。
こっちも名前を忘れてるし、お互い様か。
おっと、いけない。それよりもガキを家に送らねば……
……ん?
恵が、その懐かしい家の門を、躊躇なく開けた。
ん?
そういえば、あいつの娘って、このガキと同じくらい……だった……ような。
まさか。
おい、まさか。
『昼山』という、よく知った名字の表札がかかっている門の前で、ガキがくるりと振り返る。
「あ、そうだ、あたしが名前を教えてなかったよね。
あたしは昼山恵、11歳! よろしくね、シャイン!」
昼山恵は、かつての親友の……一人娘だった。
第2商品開発部事務員ですが、一身上の都合により魔法少女に復職させていただきます。 ギギ @juusanlabogigi
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