妹と同じ顔の子に告られた『百合ぽい』

赤木入伽

妹と同じ顔の子に告られた

【第一話】


「……マジで?」


「もちろん、マジだよ。私って、嘘つきに見えちゃう?」


「あ、ごめん」


「もう、月子お姉ちゃんったら。私はね、嘘は月三度までって決めてるんだよ」


 ヒナタは、大仰に天を仰いで言いますが、それに対して月子は「――え?」と疑問の声をあげました。


 さて、物語の冒頭ですが、質問です。


 自分の兄弟姉妹に「好きです」と告白され、恋人関係になれる人は手をあげてください。


 どうでしょう?


 まあ、そう言われて、手をあげる人は、百万人に一人レベルの少数派でしょうね。


 しかも、もし告白を受け入れれば、世界中の人から気持ち悪いと言われることなので、現実に恋人関係になる人はさらに少数派だと思います。


 ただ、――もしも告白してきた人が、兄弟姉妹に似ているだけの赤の他人だったら?


 さて、ここで物語に戻ります。


 場所は上杉月子の自室で、そこにいるのは制服姿の二人の少女。


 しかし部屋の主である月子は言葉を失ったままで、三島ヒナタの視線を避けられないままでした。


 また、月子の脳内には、目の前のヒナタではなく、実の妹である上杉卯月の顔がチラつきます。


 もっとも、ヒナタと卯月の顔はまったくの同一と言って良いほど似ているので、どちらがチラつこうが、変わりないのですが、ともかく月子の目の前には、月子にとっては他人の方のヒナタがいます。


 そして、そんなヒナタが言ったのです。


「私、ずっとずっと月子お姉ちゃんのことが好きだったの。だから、付き合ってくれるよね?」


 “月子お姉ちゃん”とは、もともと妹の卯月が使っていた呼び名でした。


 また、その自分勝手とも言える物言いも、卯月を思わすものでした。


「ちなみに付き合ってくれなきゃ、毎日キスするよ?」


「それ、私に選択肢ないじゃん」


「脅迫だもん。当たり前でしょ?」


 ヒナタはニコニコして言いますが、その笑顔も当たり前のように卯月に似ていました。


 さて、もう一度質問です。


 自分の兄弟姉妹と同じ顔の他人に「好きです」と告白され、恋人関係になれる人は手をあげてください。






【第二話】


 少なくとも、ヒナタはこれまでに五回告白されたことがあります。


 なので、そんな子に告白されれば、男女問わず誰でも悪い気はしないと思います。


 もっとも、それが自分の妹と同じ顔でなければ、の話ですが。


「いや、ちょっと……気持ちはありがたいんだけど……やっぱり、その……」


 月子がヒナタに出会ってからもう三年近く経ち、もはや月子にとってヒナタは妹のような存在になっていましたが、断じて恋人したいとは思ったことのない存在でした。


 もしヒナタを恋人にしたいと思うのなら、妹の卯月もその対象になりえてしまいます。


 だから月子は、言葉を選びつつも、ヒナタの告白を断ろうとしましたが、ヒナタは笑顔のままです。


「私が、卯月ちゃんと同じ顔なのが気になるの? それだったら大丈夫だよ。私の従姉でお父さんと似た感じの人と結婚した人もいるし」


「同じ顔と、似た感じは、別なんじゃないかな?」


「えー? 月子お姉ちゃん、それを言ったら私と卯月ちゃんに失礼だよ」


「あ、ごめん」


「まあ、私もお父さん、お母さんと同じ顔の人と付き合いたいとは思わないけど」


「思わないんじゃん」


「だって気持ち悪いでしょ? 家族と同じ顔の恋人って」


「自分からディスっちゃ駄目じゃない?」


「でも、私から見て、月子お姉ちゃんはただの他人。恋人になりたいと思えるような」


「……」


「だから、どうしてもこの思いは伝えたかったの」


 ヒナタは笑顔のままですが、まっすぐした目で言いました。


 それに月子はどう返答したものか迷いましたが、先に月子が言葉を続けます。


「まあ、もし私が月子お姉ちゃんの立場なら、どんな手段を用いても断るから、私はお姉ちゃんに脅迫するね。私と付き合ってくれなきゃ、毎日殴りつけるよ?」


「キスじゃないの?」


「キスがいいの?」


「……いや、それは……」


 月子はまたも返答に窮しました。


 が、それに対しヒナタはニッコニコな表情になりました。


 もはや月子はヒナタの手の内で踊っているようなものです。


 しかも、そんな月子にヒナタは、ちょっと考えるように天井を見上げると、


「それじゃ、勝負しない?」


 そう思いついたように。


 ただ、きっと最初から考えていたことです。






【第三話】


「勝負?」


 月子は、ヒナタの不穏な言葉に不安を覚えましたが、ヒナタはなおも笑顔のままです。


「もし月子お姉ちゃんが私を恋人と思えないって本当に分かったら、私はお姉ちゃんを諦めるよ。だけど、もし脈アリだなって分かったら、お試しでもいいから付き合ってほしいの」


 ちなみにこれは譲歩だよ、とヒナタは付け加えます。


 こうなると、ヒナタは強情で頑固です。


 下手に月子が告白を断ったり、返事を濁せば、本当に毎日キスされかねません。


 だから月子は、これも恐らくヒナタの計画通りだろうと思いつつも、後のことは後で考えることにし、渋々ながら頷きます。


「べつにいいけど、その勝負とやらの内容は?」


「うん。それはね――」


 とヒナタは言うと、おもむろに中腰になり、「えい!」と掛け声とともに月子に飛びつき、「ぎゅっ!」と言って、月子を抱きしめてきました。


 突然の衝撃と温もりに、月子は「な、なにすんの!?」と動転します。


 しかしヒナタは月子の耳元で「ふふ」と笑います。


「なにすんのって、月子お姉ちゃん、もしかしてドキドキしてるの? 私に抱きつかれて? それってもしかして、私のことを――?」


「――!」


 言われて、月子はすぐに“勝負”の中身を理解しました。


 もしヒナタに抱きつかれても何も思わなければ月子の勝利ですが、ドキドキしてしまえば、それは文字通り脈アリということで月子の負け。


 ただ、月子はすぐに反論します。


「いや、これじゃ誰であってもドキドキするでしょ!」


「えー? 月子お姉ちゃんは、自分より年下の女の子で、自分の妹と同じ顔で、もう二年以上も一緒で、お風呂にも一緒に入ったことがある子に抱きつかれたら、相手が私以外でもドキドキするの?」


「いや、だけど……ちょっと……」


 月子はなんとか言い返そうと考えを巡らしますが、思考回路がうまく動きませんでした。


 断じてヒナタに恋愛感情を持っていない月子ではありますが、その胸の鼓動は、ここ最近で一番の心拍を記録しており、もはやその気持ちも正しいものか判断つきにくくなっています。


「ふふ。月子お姉ちゃん、ドキドキしているの? してるよね?」


「いや、これは緊張とか、なんかそういうののドキドキだから」


「それじゃ、もう少しレベルアップしてみる? キスするとか、服を脱ぐとか。それで月子お姉ちゃんがドキドキしなければ――」


「そ、それはやめよう!」


 月子が大声をあげると、対してヒナタは小さくくすりと笑った。


「月子ちゃん、かーわいいなー」


 ヒナタの口調はいつも通りではありましたが、顔が見えない分だけ異様な妖艶さが言葉に籠もっていました。


 しかも気づけば、“月子お姉ちゃん”から“月子ちゃん”に呼び方が変わっていました。


 そして月子も、それを知らず受け入れていました。






【第四話】


 ヒナタは一向に月子から離れず、その間、月子は当然ヒナタのすべてを間近で感じていました。


 落ち着いた息遣い、髪から漂うシャンプーの香り、服が擦れる音、やや熱いくらいの体温、柔らかな胸、滑らかな足の肌――


 ただ、顔は見えず――


 妹の卯月と同じと言って良いその顔は見えず、それ以外のものだけを月子は感じ取っていました。


 それを、わずか数分だけですが、感じ続けて、月子は言います。


「ごめん……、やっぱり無理だ」


「……そっか」


 月子の言葉に、ヒナタは思いのほかあっさりと返答し、また月子から離れ、天を仰ぎました。


「まあ、最初からそうだろうとは思っていたけどね、月子お姉ちゃんも、押しに弱いようで、最後の最後は徹底防御するからね」


「押しに弱いは余計だって」


 そう言い合う二人は小さく笑いましたが、なんとも複雑な感情が入り混じっているようでした。


 ただ、それでも二人は笑い続け、語り続けます。


「いや、でも、月子お姉ちゃんは自分が思っているより、いろいろアレだよ? もう少し何か押しがあれば行けたと思し。例えば、百億円あげるとか」


「それなら他の押しもなしに告白オーケーだよ」


「月子お姉ちゃんの好きなコスプレしてあげるとか」


「それは普通に見たいな」


「私じゃなくて卯月ちゃんが告白するとか」


「それならアリ――アリ?」


 思わず肯定してしまった月子でしたが、すぐに首を傾げました。


 一方、ヒナタはなぜか天を仰ぎ、その表情を窺い知れません。


 しかし、ヒナタはすぐに、


「さて、私もフラれたばっかじゃ調子が出ないし気まずいから、もう帰るね」


 短いセリフながらも、まくしたてるように言うと、さっさと立ち上がり、さっさと扉を明けて廊下へ出ていきました。


「それじゃ、また明日ね」


 ヒナタは言って、さっさと扉を閉めてしまいました。


 そして後には呆然とした月子だけが残されました。






【第五話】


 ヒナタが帰宅して二時間後、妹の卯月が帰ってきました。


「あ、おかえり」


「ただいま。今日、ヒナタちゃんが遊びに来てたって? ラインで聞いたけど」


 それはいつもどおりの日常会話でしたが、月子は内心ドキリとしました。


「あ、うん。でも、用事でもあったのか、すぐ帰っちゃったよ」


「ふぅん」


 卯月はさして興味なさげに相槌を打つと、そのまま洗面所へ向かいました。


 どうやら事の顛末まではヒナタに聞いてないようです。


 しかしそれでも、これ以上卯月の顔を見ていたら心臓に悪い気がしたので、月子はそそくさと自室へ逃げ出しました。


 実際、今の月子の心臓は、先ほどヒナタに抱きつかれていたときのようにドキドキしていました。


「ふぅ……なんだか疲れた……」


 月子は未だ制服のままでしたが、ベッドに倒れ込みます。


 皺など気にしていられません。


 そして、今日の出来事を思い返します。


 本当は思い返すとドキドキするので、思い返したくはなかったのですが、一人でいると、どうしても頭の中に浮かぶのは今日のヒナタでした。


 ――私が、卯月ちゃんと同じ顔なのが気になる?


 ――それじゃ、勝負しない?


 ――月子ちゃん、かーわいい


 ――いや、でも、月子お姉ちゃんは自分が思っているより、いろいろアレだよ?


 ――実は私がヒナタじゃなくて、卯月ちゃんだとか


「まったく……ヒナタったら、馬鹿じゃないの……」


 月子は独りごちると、小さく深呼吸し、仰向けになって天井を眺めます。


 そして、そういえば、ヒナタもたびたび天井を仰ぎ見ていたな、と思い出します


 まあ、おそらくヒナタは勘違いしているのでしょう。


 なにせ、ヒナタを初めてこの部屋に招いたときも、無駄に驚いていた子です。


 この天井を見て、驚いた子です。


 この天井に貼られた卯月の巨大顔写真を見て、驚いた子です。


「私はただのシスコンであって、卯月と付き合いたいなんて――なんて――」


 月子はまた独りごちようとしましたが、言葉に詰まり、なんだかまた心臓がドキドキしてきました。


 さてはて、物語の最後ですが、ここでもう一つ質問です。


 この上杉月子という少女は、ただのシスコンでしょうか?


 それとも――?


 まあ、ぶっちゃけ“それとも”の方は極めて気持ち悪いものですが、この私をフッたのであれば、それぐらい異常な理由でもないと納得いきません。


 私、三島ヒナタはそう思います。

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妹と同じ顔の子に告られた『百合ぽい』 赤木入伽 @akagi-iruka

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