115. エピローグ

 あれからしばらく余震と呼ばれる揺れは何度か起きたが、あの日のような大きな揺れが来ることはなかった。

 映像により首都の惨状を目のあたりにした地方の貴族たちは、すぐに支援物資や人材を首都に送ってくれたので、復興も思ったより早く進んでいる。

 せっかく整えた街がきれいに流されてしまったのは残念だったが、あの大災害で死者がほとんどでなかったことは奇跡だった。

 あの謎の光は、あの海岸にいた者だけでなく、逃げ遅れた者、建物の崩壊で下敷きになっていた者さえ全て雑木林まで飛ばしたのだ。

 ただ、全員が助かったわけではない、皆の証言からあの光の奇跡の前に息絶えたものは、飛ばされることはなかった。

 それでも人々はあの奇跡に感謝した。そしてそれを行ったであろう英雄を称え賞賛しようと探したが、いまだ、それを行ったと名乗りでるものは現れず、またそんな奇跡のような魔法を使えるものも見つかってはいなかった。


☆──☆


「ユアンとキールは飛行石を持っていたが、皆を連れて飛べるほどの魔力はない」

「他の魔法師たち同様アレクもクリスも皆を連れて逃げ出すことは不可能と判断し、最後まで堤防の維持に魔力を注いでいた」


 事情聴取という名の、安否確認で城に呼ばれたユアンたちは、全員で首を捻った。


「じゃあ誰があれだけの魔法を使ったんだ」

「目撃者の話だと光が飛んでいった方向にユアンたちが倒れていたというから」


 光という言葉にクリスに視線が集まる。


「ぼ、僕も最後は気を失っていたんで違います」

「じゃあまさか……」


 次にメアリーを見る。


「私はそんな大魔法使えません」


 確かにメアリーの魔法力はあがったとはいえ、軽いけがを治す程度だ。


「まあ、でも大きな被害もでずに、ほとんどの人が助かったんだからいいじゃないですか」


 ユアンが場を和まそうとにこやかにそう言った。


「まあそうなんだが」

「そうですわね」


 レイモンドとローズマリーはそう言ったが立場上、できることなら原因解明をしておきたいようだった。


「念のためですわ」

「一国の王太子として、やはり大きな魔法が使われたかもしれないという事実を見過ごすわけにはいかないので、考えられることは一応調べておきたいんだ」


 なぜかその視線は真っすぐにユアンを捉えていた。

 気がつけばレイモンドとローズマリーだけではない、みなもチラチラとユアンの方を気にしている。


「えっ? なんですかみんな?」


 レイモンドが机に置かれていたベルを鳴らすと、ずっと控えていたのだろう、隣の部屋から神官らしき男が一人部屋に入って来た。


「ユアン君、すまないが、君のギフトを調べさせてもらうよ」

「えっ、僕には何のギフトも……」

「レイモンド様、まさかユアンを閉じ込めたりしませんよね」


 メアリーが不安げに言葉を発した。


「安心しろ、どんな結果であれ、ユアン君に悪いようにはしない。ただユアン君のギフトが危険なものなら、それなりの対処はさせてもらうかもしれないが」

「それなりって」

「…………」

「メアリー、落ち着いて、ユアン様はこの国救世主かもしれないのよ、どんあ結果がでても私が守るわ」


 ローズマリーが力強くメアリーの目を見て頷く。それにメアリーが少しだけ安堵の表情を見せる。

 肝心のユアンを取り残し、どんどんそうして話が進んでいく。


「あの、なにを」

「ユアン君も気になるだろう、君がその、一度、戻った理由も。もしかしたら今回の光の奇跡も、実は君のギフトかもしれないと」


 蘇りのことについて言葉を濁しながらそう言ったレイモンドの言葉で、初めてユアンは自分が疑われていることに気がついて、顔から血の気が引いた。


 みんなを助けた光の飛行ギフトや蘇りがもしなんらかのギフトだと判明したら、本当に教会に閉じ込められたりしないだろうか。

 いやそれどころかそんなわけのわからない奇跡を二回も起こしているのだ、いったいどんなギフトなのか、もし奇跡を自在に起こせるようなギフトだったら、いくら王太子や王太子妃がかばってくれても本当にいままで通りの生活はできるのだろうか。


「大丈夫、この者はもう教会を引退している、ここで見たものは墓までもっていってくれる」


 レイモンドにそう紹介された神官は朗らかな笑顔で頷いた。


「大丈夫だって、いざとなれば俺たちがどこか追手の届かない場所まで逃がしてやる」

「追ってって……」


 他人事だと思ってアスタがニヤニヤと笑う。本当は一番ギフトを知られてはいけない人物かもしれない、すごいギフトが見つかったら、また実験だなんだとモルモットにされそうだ。


「さぁ、ユアン様こちらに」


 それを言ったら、アスタと同じぐらい、研究馬鹿なローズマリーまで、まるで悪魔の誘惑のように手招きをしている魔女に見えてきた。


「メアリー」


 助けを求めるようにメアリーを見たが、メアリーはすでにレイモンドとローズマリーの説得に落ちてしまっていた。


「キール、ルナ」

「お兄様、素敵です、救世主だなんて」

「そうだ、ユアンはすごいやつだと俺は知っていたぞ」


 なぜかすでにあのピンチを救った救世主はユアンだとばかりに、その結果によっては大変なことになるかもしれないのに、不安がるどころか期待に満ちた目でユアンを見詰めている。


「クリス……」


 まあどちらかと言えば教会側だから期待は薄かったが、案の定申し訳なさそうに目をそらされた。


「アンリ先輩、アレク先輩──」


 最後の綱とばかりに声をかけたが、アンリは大きなお腹をさすりながら頑張れと目で訴え、アレクは、大丈夫だと爽やかな笑顔を送って来た。


「さあ、なにも怖がることはありませんわ」


 ローズマリーがニコリとそう言った。


☆──☆


「これは……」


 十二歳の洗礼式の時と同じように、ユアンの周りを光が包む。

 その光の中に何が見えているのか。

 洗礼の儀式は高位聖職者の神官しか行うことができない高度な魔法だ。だが、その内容を読み取ることはある程度の神官ならできる。

 みんなが不安と期待の混ざったような眼差しで神官の次の言葉を待っている中で、クリスだけが一瞬なんともいいがたい表情をしたのをユアンは見逃さなかった。

 ユアンの視線に気がついてクリスが慌てて視線をそらす。

 

「で、どうなんだ」


 レイモンドが神妙な面持ちで尋ねた。

 神官がなんとも難しい顔をした。


「その前に、一つお尋ねします」

「はい」

「あなたは、あの瞬間何を思いましたか?」

「えっ」


 突然の質問に一瞬言葉に詰まる。


「死にたくない?」


 そうはいってみたが、あの瞬間何を思ったのかはユアンですらよくわからなかった。


「他には?」

「みんなを守りたい、街を守りたい。メアリーは大丈夫だろうか。レオンは僕を覚えていてくれるだろうか。メアリーの笑顔が見たい。また一緒にアップルパイを作りたい。またみんなでオルレアンの別荘に泊まりたい」


 聞いていたメアリーが思わず目頭を押さえる。


「他には」

「帰りたい」

「帰りたい? どこに?」

「みんなのもとに」

「誰と?」

「みんなと……」


 最後の方は誘導尋問のようだったが、そのおかげでユアンが最後に叫んだ言葉を思い出す。


『みんなで帰るんだ!』


 それを聞いて神官はニコリと笑顔を作った。そしておもむろにレイモンドの方を振り返ると言葉を発した。


「まぎれもなくあの奇跡を起こしたのは彼のギフトです」


 ここまでくれば覚悟はしていたが、はっきりそう断言され、自然と次の神官の言葉を緊張した面持ちで待つ。


「で、どんなギフトなのですか? コントロールはできるのですか? 危険はありますか?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけるレイモンドを神官は手で制して首を横に振った。


「なんの問題もありません。彼は奇跡を起こした英雄ですが、この先彼を監視する必要も、そう言いだすものもいないでしょう」


 安堵と共に疑問がわく。


「いったい彼のギフトはなんなのですか? どういったものなのですか?」


 その質問に神官がニコニコしながら答えた。


「ギフト名は<願い>です」

「ギフト<願い>」

「なんだかすごく素敵な名前ですわ。お兄様」


 ルナがキラキラした目を向けてくる。


「はい、確かにとても珍しいギフトです」


 だがなぜだか神官は、少しいいずらいことでも言うように言葉を続ける。


「今回は本当に奇跡としか言いようがない。すごく良いタイミングで、それも素晴らしい方にこのギフトを授けてくださった神に感謝しかありません」


 勿体ぶるように神官が言葉を飾る。


「まさにユアン殿の優しさと人柄の起こした奇跡なんです」


 すごく褒められているのに、含むものを感じてユアンは眉間をひそめた。


「やはりあれは、ユアンが起こした奇跡だったんだ」


 だが単純なキールはまるで自分が褒められているように、自慢げな顔をしている。


「危ないギフトではないのだな」


 レイモンドの質問に神官が頷く。


「はい、もうなんの問題もありません」


 その言葉に少しホッとする。


「で、このギフトはどういう風に発動させるものなのだ」


 アスタが子供のようなワクワクした顔で尋ねる。


「もう、使えません」


 しかし一言神官が言い切った。


「えっ?」

「使えません。このギフトはもう使えないのです」

「それはいったい……」


 ローズマリーが目を見開いて神官に詰め寄る。


「ギフト<願い>は、一生に一度だけ、どんな願いでも叶えてくれるという奇跡のようなギフトなんです」


 そして神官は続けた。


「ただし、そのギフトが現れる年齢や時間は全く不明。それどころか、このギフトは現れると同時にそのとき一番その人物が願っていることを勝手に実行してしまうという、ありがたいのかありがたくないのかわからないギフトなのです」


 アレクがあんぐりとしたかと思うと、プッと噴き出した。


 ギフト<願い>はその絶対的な能力のわりに、ほとんどその名前は知られていない。なぜならギフトが発動しても、本人ですら気がつかないことがほとんどだからだ。

 夕飯にハンバーグが食べたいと思って帰ったらハンバーグだった。「願いは?」と聞かれないと人の普段の願いなど、大抵そんなささやかなものばかりなのだ。

 たまに、奇跡的に病気が治った人などを調べたところ、このギフトが見つかるぐらいで、初めは病に効くギフトだと思われたぐらいだ。


「はぁ、その時たまたま思っていた願いを叶えてくれるギフトか……。それも人生で一度きりとは……」


 アスタが明らかに落胆のため息を付く。


 ある意味本人が知りたくなかったギフトナンバーワンである。せっかくそんなすごいギフトが発動していたのに、だいたいがどうでもよいことに使われて終わっているのだから、知ったら逆に損した気分になるのである。

 クリスがあの表情をしたのはそういうわけだったのかと、ユアンが納得する。


「でも考えようによっては怖いギフトですね。もし誰かを憎んでいる時にそのギフトが発動したら」

「はい、相手を突然死させることも可能でしょう」


 その言葉にユアンがゾッとする。


「そういえばユアン殿は貿易ですごい才能を発揮されているとか」


 突然神官がユアンを見た。


「いやそれはギフトでなく、……統計学的推理です」


 ユアンが苦笑いをしながら答えた。


「それはすごい。ではやはりあの瞬間ユアン殿が”みんなと一緒に帰りたい”そう願ったことが今回の奇跡を起こしたのに間違いないでしょう」


 神官がニコリと微笑んだ。

 そうしてあらかたの謎が解けたところで神官は帰された。


☆──☆


 人生に一度きりの奇跡のギフト。


「ユアン様は一度目の人生で、”メアリーに会いたい、メアリーを助けたい”と願って過去に戻ったのですわね。そして過去に戻ったことでギフトも発現前の状態にリセットされ、そして今回同じ瞬間に”みんなと一緒に帰りたい”と願った。そうして今回のような奇跡が起きた」


 ドヤ顔で話すローズマリーには悪いが、みなうすうす神官の話を聞いていて気がついていたので、愛想笑いで返す。


「なんか冷めた反応ですわね」


 ぷっと頬を膨らませる。


「まあ、ユアンのギフトがもう使えないとわかったのはいいことじゃないか、これでユアンは要注意人物にはならないのだし」


 そのときレイモンドが口を開いた。


「そうだな、そして国を救ってくれたのはユアン君だということがはっきりした。本来なら国を挙げてユアン君を称えたいところだが、君はそれを望んでいるかい?」

「いえ」


 ユアンが即答する。その強い言葉にレイモンドがにこやかに頷く。


「なんでだよ、ここはがっぽり報奨金をもらっとこうぜ」


 アスタが勝手なことを言っている。


「嫌ですよ、ここで変に注目されても、僕にはもうなんの奇跡も起こせないのに」


 全く欲がないなと口を尖らすアスタを見て、メアリーがクスリと笑う。


「僕はメアリーとレオンと美味しいものを食べながら、静かにのんびり暮らせればそれが一番の幸せなんです」


 ニコニコとメアリーと頷き合う。


「わかった。今回の奇跡は、みんなが持っていた飛行魔石がその強い想いから奇跡的な威力を発揮したということにしておこう」


 それで国民が納得するかはわからないが、国としてもなにかしら理由付けが必要なのだろう。

 確かに魔法石はその人の想いの強さで能力が変わってくることは論文でも発表されていることだから、全くありえないとは否定できない。


「はい、それでよろしくお願いします」


 晴れ晴れとした顔でユアンが同意する。


「じゃあこの話はこれでおしまいですね」


 皆が頷く。


「じゃあメアリー帰ろう」


 ユアンがメアリーに手を差し出す。


「僕たちの家に」


 これから先のことはわからない。でも今大切な友人が笑っている、愛する人が自分の隣に立っている。


「はい、ユアン」


 暖かい日差しのような笑顔でメアリーが頷く。そしてユアンの手を取って歩き出す。


〜完〜

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二度目の人生、君ともう一度! トト @toto_kitakaze

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