114. 夜明け
ドンと背中に強い衝撃を受け、ユアンは口に入っていた何かを地面にぶちまけた。
ゴホゴホとせき込みながら顔を上げると、まぶしい光が目に飛び込んできた。反射的にギュッと目をつぶる。
「大丈夫か! ユアン!」
瞼に影が差すのを感じて恐る恐る目を開ける。
「キール?」
デジャヴュ。まさかまた十年前に戻ってしまったのか?
しかしユアンの顔を心配げに覗き込んでいるのは、幼さの残る少年ではなく、逞しく男らしい顔つきになったキールだった。
眩しいと思ったのは太陽の光ではなく、キールが手にしていた光の魔法石だった。
「いったい……」
混乱する頭を押さえながら体を起こす、そしてハッとしてキールにつかみかかる。
「みんなは! 街はどうなった!?」
確かに最後の瞬間壁が消えたのを見た。
遮るものがなくなった波が、全てを飲み込まんばかりにユアンたちに襲い掛かってきたことを覚えている。
一瞬だが、冷たい水の中に放り込まれたような感覚もあった。
「俺にも何が何だか」
周りを見渡す。
あたりはまだ薄暗く、周りにはユアンと同じように気を失っている者たちが沢山倒れていた。
「クリス! アレク先輩!」
その中に二人の姿を見つけ、ユアンがフラフラと駆け寄った。
「ユアン先……、お義兄さん」
「ユアン君……」
二人も何が起きたか分からず、呆けた顔でユアンを見てから、周りを見渡した。
「助かったのか?」
魂の抜けたような言葉に、ユアンもただ頷く。
「どうやって?」
しかしその問いに答えられるものは今ここにはいないようだった。
その時──
「ユアン……」
背後から名前を呼ばれユアンは振り返った。
「ユアン、ユアンなのね!」
「……メアリー……」
片手に魔法石のランプを持ち、綺麗な若草色の瞳からボロボロと流れ落ちる涙をぬぐうこともせず、信じられない光景でも見るようにその場に立ちすくんでいるメアリーを見つけた。
「メアリー」
よろよろと再び立ち上がると、メアリーのもとに駆け寄った。
「ユアン!」
メアリーも持っていたランプを投げ捨てると、強くユアンを抱きしめた。
「生きてる。本当にユアンなのね」
「あぁ、僕だ」
メアリーがユアンの顔に、腕に体に確認するように触れる。
「怪我は、どこか痛いところはない」
「大丈夫、それよりメアリーこそ大丈夫」
ポロポロと涙を流しながら憔悴した顔で訊ねてくるメアリーを見て、思わずユアンが聞き返した。
「私は大丈夫」
そう言ったとたん、少しおさまっていた涙が再び零れ落ちる。
「避難してきた人の中に、知ってる人がいて、ユアンたちが街に残って、なにかやろうとしてるって……そしたら波が、街を、飲み込んで」
嗚咽しながら、ユアンの胸に顔をうずめる。
「心配かけてごめん」
メアリーの話から、やはりユアンたちが作った壁は壊れ、波が街を飲み込んだようだった。
でもユアンたちは生きている。
幸運にも波がここまでみんなを運んできたのだろうか?
いや、それはあり得ないだろう。たとえそうでもそれならもっと傷だらけのはずだ。
「メアリー、ここはどこなの?」
「ここは、魔法学園の女子寮の横にある雑木林よ」
言われてみれば確かに見覚えがある。
そうここは、猫を助けた時にメアリーと再会した雑木林だった。
「どうしてメアリーたちはここに?」
「波が街を飲み込んだ時に光の粒が、街からここの方角に飛ぶのが見えたの、だからもしかしてって」
光の粒?
確かに最後眩しい光に包まれた気がした。
もしかしてあの瞬間、誰かが魔法で飛ばしてくれたのか?
なんとなくアレクを見たが、横で二人のやり取りを聞いていたアレクは首を横に振った。
「クリス!」
その時甲高い声と共にルナが現れた。
「もうダメかと思ったじゃない、クリスのくせに心配させるんじゃないわよ、バカ」
そう言いながらしっかりとクリスに抱きつくとルナが子供のように泣きじゃくった。
「ふん、悪運が強い奴だ」
その後ろからやって来たアスタはキールに向かってそう悪態をついたが、その顔は嬉しそうだった。
それからアレクに向きなおると。
「どうやら逃げ遅れた全員がここに飛ばされたみたいだが、いったいどんな魔法をつかったんだ」
とアレクに向かったそう訊ねた。
「いや、俺にもなにがなんだか」
アハハと、乾いた笑いでアレクが答える。
「みんな……ここに……」
あたりを見渡すと、自分たちと同じように再会を喜んでいる人たちが何人もいるようだった。
ユアンたちと一緒に壁を作ってくれた者も、怪我をして走れないと、街で一番高い建物に避難していた人も。
建物も倒壊で動けなくなり死を待っていた者も。
「みんな助かったのか!?」
若草色の瞳が優しくユアンを見詰めている。
その時ランプとは違う明かりが、周りをうっすらと包み込んでいることに気がついた。
夜が明けたのだ。
前の人生では迎ええることのできなかった、朝日がまわりをはっきりと照らし出す。
目の前にメアリーがいる。
その後ろにルナに抱きつかれて、嬉しそうな顔のクリスがいる。
首をひねって笑うアレクに、ブツブツ文句を吐いているアスタが見える。
キールは通信機に向かって、何かを伝えている。きっとアンリに無事を知らせているのだろう。
そういえばユアンの耳に入れていた通信機は、いつの間にかなくなっていた。どこかに落としたのかもしれない。
『ユアン様、それに皆さま大丈夫ですか!?』
メアリーがハッとして、耳に入れていた通信機を取り出すと手に持ってユアンの前に差し出した。
『メアリー、聞こえてますか? そちらの状況はどうなっているのですか? みなさまは──』
「マリーさん。大丈夫です。みんな無事です」
『っ! ユアン様……』
その後しばらく通信機からすすり泣くような音が聞こえた。
『よかった、ユアン君、こちらも大した被害はでていない。全て君のおかげだ』
通信機を通しレイモンドの安堵するような声音が聞こえてきた。
「いえ、みんなががんばってくれたからです」
通信機に向かってユアンは答えた、そしてすっかり明るくなった周りをもう一度見渡す。
みんないる。
ユアンが大切だと思っている人、ユアンを大切だと思っている人。
誰一人かけることなく生きている。
「生きてる、生きてるよ! メアリー!」
急に実感が湧いてきた。
そしてそう叫ぶと、メアリーを両手でレオンに高い高いするように持ち上げると、クルクルと回った。
「えぇ、ユアン!」
全てを失ったあの日はもう過ぎ去ったのだ。
「ただいま、メアリー」
「おかえりなさい。ユアン」
そしてお互いに存在を確認するように、もう一度きつく抱きしめ合うと、大輪の花のように満面の笑みでほほ笑み合った。
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