第7話 ぜんざいは正直言うと好きじゃない

 お母様と何を話せばいいのだろう。それよりもだんだん着物が苦しくなる。お重も結局美味しくてたくさん食べちゃったし。


「私も昔から思ったことは心に秘めてしまってね。特に結婚してからは嫁は黙ってろみたいな、大人しくしてろとかそんな感じでね。余計何も言えなくなって。浩二の目に病気発覚した頃にはそのショックと看病の疲れで声が出なくなってしまったの」

 でも今は結構すらすら喋ってる。お母様は関西の人じゃないようね。


 ……わたしは心に秘めるというか、ただ妄想の中の声が多いだけであって……。


「浩二と結婚しても私のことは気にしなくていいからね」

「えっ……」

「結婚したら実家はあれど二人は一つの家庭を持つんだから。困ったことあったら助けてあげる。まぁ浩二のことですごく困るだろうけども。あとね私たちは何かあっても老人ホームに行くから介護は大丈夫よ」

 ……もう結婚する前提で話進んでるけど、わたしが本当は男っていうのは早く伝えたほうがいいかしら。


「他人同士、親とでさえも性格合わないんだからウマが合うなんて相当なことよ」

 わたしも母さんとは性格合わなかった。ばあちゃんも仲良く過ごしていたけどばあちゃんに合わせていた気もする。生きるためには一緒に暮らさなきゃいけなかったから。


「お嫁さんだからと言って旦那の家庭の味を再現しなくていいし、風習も従わなくてもいい。うちは毎年こうやって着物着て神社参拝してるけどそれもしなくていいからね。着物も別に無理して覚えることもないわ」

 ……うっ、しようとしてたわたし。


「それと、浩二にも無理して合わせなくて良いからね。あの子、落語好きでしょ? だからといって無理して付き合わなくていいから。まだ小さかったから親の付き添いじゃないと寄席見に行けなかったからついて行ったけど高校生になった頃には送り迎えだけしてあげたわ。その間に買い物なんかしちゃって」


 ……ああっ。仕事の行き帰りにいつも落語のCDかけてたけどそれも無理にしなくてもよかったのかな。聞いてれば自分も好きになるかと思ってたけど。


 ぜんざいも底を尽きてきた。まだ戻ってこないかしら。

「人は人、自分は自分。じゃないと自分がなくなってしまう。私の友達も何人か旦那や子供がいないと自分が無い人ばかり。私も昔そうだったけど……」

 そいえば……あった時から

 思ったけどお母様、若い。慶一郎さん42歳だから20歳で産んだとしても62歳? にしては若い。仕事もまだしてるとか言ってたけど……。


「なあに? じろじろ見ちゃって」

「あ、いえ。なんでもないです……」

 あまりにも見過ぎたかな。するとお母様もわたしのことをじろじろ見てきた。


「本当に綺麗よね。上手に化粧をして……」

「そんなことないです」

「本当のことを言ってるのよ。喜んで頂戴」

「……ありがとうございます」

 お母様は微笑んだ。あなたの方が美しい。女性としてとても品がある。羨ましい。


「私、わかってるんだから」

「はい?」

「あなたが男の人だって」

 !!!!!

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