第6話 常田家3
着物の着付けも終わり、居間に戻る。なんとお父様も慶一郎さんもビシッと着物を纏っていたのだ! はぅっ、慶一郎さんはもちろんのこと、お父様も素敵すぎるっ。もちろん常田くんもかっこいいけど背の高い二人に比べると……て、言えやしない。
「梛さん、素敵やなー」
慶一郎さんにそう言われると……ああ、頬が赤くなる。着物着た後にお母様から頬紅を付け足してくれたからごまかせるかしら。
てかこの一家……なんなのっ。正月から全員自分で着物来て、歩いて近くの神社までお参り、お昼は近くの定食屋でご飯。
わたしは子供の頃から正月というものは、近くの神社に手を合わせ、ばあちゃんが作ったおせちをつまんでこたつで寝正月。一人暮らししてからはお参りは同じだけどおせちは無しでこたつで寝正月。ネネがいてもネネは初売りで正月からいなくて一人寝正月だったな。
着物なんて無縁だった。着物は成人式の時以来。成人式に出たくなかったわたしは写真だけ残しておこうとばあちゃんが着物用意して近くの写真館で撮影したっけ。
ばあちゃん泣いてた。あの頃は真っ赤な着物。まだ今ほど化粧は得意じゃなかったけど、ネイルもして可愛くしてもらったっけ。
ばあちゃんは次にわたしが着物着るのは結婚式の時かしら、だなんて……。
まさか15年後、恋人の実家での正月で着るとは思わなかった。
初めていく神社で手を合わせて。何を願おう。いつも彼氏できますようにとか、給料上がりますように、とか……。
今年は何にしよう。チラッと横目に常田くんを見る。
「なんや、梛……?」
ああ、普段着ない着物姿の常田くんにどきっとしてしまう。毎年正月にこの姿を見られるのかな。
「ううん、なんでもない」
常田くんとまた来年もここで手を合わせれますようにって。いや、その前に常田くんの目の手術が成功しますようにか。
そして常田くんが希望の図書館で働けますように、わたしもそこで働けますように、大阪でなじめますように、常田家と仲良く過ごせますように、あ、お金欲しい、あ、一番は……毎年願う……。
女の子になりたい。
「梛さん」
「は、はいっ!」
「たくさん願うのもいいけど欲張っちゃダメよ」
お母様がニコッと笑ってる。しまった、後ろも並んでる。ついつい長くなってしまった。恥ずかしい。
そして本当に近くにあった定食屋。昔ながらのって感じね。お父様が店主さんに声をかけていて、馴染みのあるお店なんだなぁと。
どうやら予約していたようで、すぐに出てきた。お雑煮?
「白味噌の雑煮や。これ食べんと一年始まらん」
「めずらしい……」
「毎年自分でも作ったったけどさ、なんか味がウーンという感じやったん。昔ばあちゃんが作ってくれててな。ここで働いたったから同じ味なんや」
常田くんのいわゆる、おふくろの味ならぬおばあちゃんの味っていうところね。
そういえばおふくろの味……胃袋を掴むとか言うけどわたしが作ってた料理、口にあってたのかなぁ。今更。でも半分は常田くんが作ってたし、彼の料理もおばあちゃんかお母様から教えてもらったのかしら。
美味しいし、見栄えも良い。反対にわたしが彼に胃袋を掴まれてしまっている。
白味噌雑煮という見慣れないものを口にするとどうしてもなんとも言えない気持ちだけど悪くはない。
大阪にきたらこっちの味にしなくてはいけないのだろうか。
その後にお重みたいなものにたくさんおかずやご飯が詰まっているものが目の前に。みんなそれを無言で食べる。基本食べている時はこの家族は黙ってるのかしら。
男性陣は全員食べるのが早い。そしてお母様はゆっくりゆっくり。よく見るとお母様のお重は小さめである。
「梛さん、お弁当大きめだったかしら」
「いえ、そんなことはないです……」
「浩二、やっぱり梛さんもわたしと同じにすればよかったわね」
「そんなことないて、梛よう食べるから」
と言ってる常田くんは完食してしまってる。わたしも食べないと。男性陣の食べっぷりを見ると本当にどきっとしてしまう。食欲旺盛な男の人は精力も強い……。
常田家の男性陣はきっとみんな……あああっ、もう食べよう。
「母さん、挨拶行ってくるから梛さんと待っててくれないか」
お父様が慶一郎さんと常田くん連れて外に行ってしまった。えっ、わたしお母様と二人きり? さっさと出て行ってしまった三人。
うろたえるわたしに
「梛さん、その間にデザート食べましょう。ここのデザートは美味しいのよ」
とメニューを出してくるニコニコしたお母様。
いろいろあるけど……適当にぜんざいにした。お母様はアイスモナカを。
「ねぇ梛さん」
「は、はい……」
「あなた、思ったことをちゃんと話さないと喉が苦しくなっちゃうわよ。ってもうそうかもしれないけどさ」
……!
見透かされていた……わたしは頷くが、何も話せないままに沈黙が。
「はい、ぜんざい」
店員さんからわたされたぜんざい。ホクホクとした湯気。
「しばらくあの人たちは帰ってこないからお話ししましょう、あなたのことを知りたいわ」
お母様はフフフと微笑んだ。
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