第8話 知らぬは男たち

 わたしはとっさに手を隠してしまった。いつも大体手でバレるから。いや、慶一郎さんが言ったとか? そんな軽率な人には思えない、いやチャラそうだからありえる。

「……のーど。喉仏」

 わたしはすっかり忘れていた。着物になるからタートルで隠してた喉があらわになる。でも目立たない方だが……。


「あと手もね」

 もう一度手を隠す、遅いだろうけど。……どうしよう、お母様にもバレてしまった。

 もうダメっ。


「浩二、結構甘えてくるでしょ?」

「えっ、あっ、えっ、えっと……そうですねぇ」

「甘え上手でね。子供の頃から通院や入院中に看護師さんにデレデレして。でも口下手だからキツイこと言って嫌がられて。少しは学んだかしら、もう30歳だし」

 あれ、わたしが男ってことはもう触れない? ああ、どうしよう……やっぱりしっかり言うべきかな。


「梛さんはわたしみたいに心に秘めちゃう人だから。たまにはビシッと言ってあげてね。じゃないとズルズル甘えてきちゃうから。だから私はあの子が病気になっても厳しく育てて、25歳になったときには大阪から追い出したのよ」

 追い出すっ……それはそれで凄い言い方。たしかにすっごく甘えてくる。わたしは拒めずにいる。やっぱり今のうちに話しておかなくちゃ。

「あの、わたし……つね、じゃなくて浩二さんと付き合ってていいのでしょうか」

 ん? という顔をされた。と思ったらすぐに微笑んだ。


「いいも悪いも無いわよ。今は同性でも結婚できる時代。大阪でも今度パートナーシップ制度できるわけだし。なんなら第一号になっちゃう?」

「えっ、そ、その?」

 お母様に手を握られた。女性らしい丸みのある手。温かい。


「愛し合ってたら性別も何もかも関係ない。それにうちの浩二みたいに性格も目にも欠点だらけの子を愛してくれているわけだし感謝感謝よ。しかもこんな綺麗な人と結ばれるだなんて。わたしは嬉しいわ」

 わたしはどう返せばいいのかわからない。……わたしだって、完全に女じゃないわたしを恋人として選んでくれた常田くんに、そしてそんな彼を育ててくれたお母様に感謝だよ。


「慶一郎さんから聞きましたが、男女隔たりなく愛するように育てたと。それは……」

 お母様は目を丸くする。

「あら、そんなこと言ったかしら? まぁー言った言わないにしてもわたしはどんな人でも浩二が好きで、相手の人も浩二を好きでいてくれたら、そして仲良く二人がそれぞれの幸せを見つけて幸せに生きてくれたら、とは思っていたけどね。色々大変だったから、あの子」


 ……それぞれの幸せ……。

「結婚することが、子供ができることが二人にとって幸せかどうか、ただ一緒にいれば幸せ、ってこともあるし。それぞれよ、それぞれ」

 なるほど……。


「私も今はこうして常田家にいるけどいずれかは巣立つつもりよ。そのために仕事もちゃんとしてお金も貯めてきた。まぁ途中、浩二の入退院とかで大変だったけどね」

「す、巣立つって?!」

「まだみんなには内緒よ。ねぇ、気付いてたと思うけどうちの男性陣はよく動くと思ったでしょ」

 ……ま、まぁ、たしかに。


「主人は前の奥さんに逃げられてね。嫁姑問題で。だから今度こそは妻には離れて欲しくない、でも姑さんがあれでね。苦労したの。わたしはぐっと堪えて堪えてその中で育児家事仕事……そしたら声が出なくなっちゃってー、しまいには血を吐いたの。と同時期に病気で姑さんも死んでね。そっから主人は反省してああなったわけよ。でもまだ名残は残っていてる」

 ……そ、そんな過去が。


「あ、ちなみに慶一郎は前の奥さんとの子供なのよ。で、私は28歳の時に常田家に嫁いで浩二を産んだからまだわたしは還暦前」

 そりゃ思ったよりも若いわけね。てかほとんどわたしのことよりもお母様と常田家のことを知ってしまった……。


「母さん、梛さん。おまたせ」

「はぁい」

 お母様はにこりと微笑み席を立つ。わたしも口元を拭いて立つ。


「梛さん、くれぐれもご内密に……」

「はい……」



 常田家に戻り、わたしはまた常田くんの部屋へ。もう帯が苦しい。

「大丈夫か? はよ帯ほどいたるで」

「う、うん……むりぃ」

 常田くんは手早く帯をほどいてくれた。そのおかげで解放された。息が深くできるぅ。


 常田くんも着物を脱ぐ。しばらく着てないのに手慣れているのね。わたしは着物を畳もうとすると、常田くんがわたしの手を握った。肌が露出しないように長襦袢を片手で掴むがダメだった。

 そしてそのまま押し倒されて、抱きしめられる。

「誰かきたらどうするの」

「みんな疲れとるで来んやろ」

 そんなこと言って、またお母様来たらどうするのよ。常田くんは本当甘えん坊、変態。

 でも明日にはわたしだけ帰る。しばらく会えない。寂しいのね。わたしもよ。


「しょうがないわね……」

 常田くんのこの温もり、しばらく感じることができないのかな。寂しいよ。


 優しく口づけをして目を瞑る。



 ガラッ


 ふすまが勢いよく開いた。


「おい浩二、同級生から年賀……!!!!」

 お、お父様っ!?


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