第9話 年下の男の子

 私たちはいつも図書館から歩いてすぐのさびれた商店街の中にある焼き鳥屋さんで飲むことが多い。

 夏姐さんの家の近くでもあるし、焼き鳥も炭火焼きで美味しくて土手煮も美味いと夏姐さんが言うからだ。

 

 確かに美味しいかもしれないし、最初の頃は古びた感じと庶民的な感じがいいなぁと思ってたけど毎回行くと必ず夏姐さんの愚痴大会が始まるので私的にはイメージはあまり良くないのである。お店には大変申し訳ないが。


 案の定、酔っ払い潰れた夏姐さんが前におり、相槌のうまい聞き上手の常田くんでさえもやれやれという顔。

 でも本当に彼はすごい。ちゃんと聞き役に徹し、夏姐さんを持ち上げている。この男は他の会社だったらかなりのスピードで昇進するに違いない。


 世渡り上手、っていうところ。私はってはいはい、ひえー、ふんふん、へー、ほぉおおの繰り返し。

 とりあえずやきとりと一杯のお酒で腹を満たし、常田くんと夏姐さんのやりとりを見てる間に常田くんのことを妄想していた。

 彼と二人きりでご飯は食べたことがないな。もし食べに行くとしたらまずこの店はないな。

 連れて行かれるとしたら彼とご飯してからラブホでセックスかな、それも良き。


 なんて思っているうちに夏姐さんが酔い潰れたので妄想も終わりである。彼女の愚痴は半分くらい聞いてない。

「母がご迷惑かけてすいませんでした」

「3人ともわざわざごめんね。僕らが連れて行けばいいのに」

「いえ、これが僕らの役割なんで。いつもすいません」

 夏姐さんの息子三人が歩いて居酒屋まで来たのだ。

 下2人は未成年だしこんな遅くまで起きていていいのかな。

 私の好みは長男。20歳にしては体格もいい。金髪だけど垂れた目が可愛い。


 正直夏姐さんと飲みに行く理由は長男くんを見るために切り替わったのは5年くらい前から。

 15歳の時から今の風格を表していて冗談でジャニーズに入れたら? と夏姐さんに言ったら上機嫌になったのだ。


 でも長男くん、20歳。私より15歳下。常田くんよりも10歳年下。常田くんに対してむむむって思ってたくせに……あくまでも目の保養にしよう。

 もし長男くんと結婚したら、姑さんは夏姐さんだ。同居することになったら毎晩酒飲んで絡まれることは間違いない。


 それよりも長男くんは彼女とかできたことがあるのだろうか。まあまあかっこいいのでいてもおかしくない。

 怖くて聞けない。聞けばいいのに。たまに夏姐さんと図書館の休憩中に長男くんの話をすると機嫌よくなるからよくするが、その時にこそ彼女いるか聞かなきゃダメである。

 でもそこでいるとか言われたら生々しいことを妄想してしまい仕事にならない。長男くんがセックスしてたらどうしよう。彼とのセックスはどうなのだろう。

 もし今まで彼女いなくて私と付き合うことになったら私が最初? リスキーだわ。いやその前にキスでしょ、キス。

 その厚ぼったい唇でキス……恥ずかしくて彼は頬にキスをしてくれるのだろう。


 あああああああっ、可愛い。


 と妄想しているうちに夏姐さんは長男くんと次男くんに担がれ、三男くんが自転車に鞄をいれて帰ってった。


 残された私と常田くんの2人で歩いて駅まで行き、帰るとこまでが夏姐さんと飲む時のセットである。

 私は駅近くのところに家があるからそこで別れて、常田くんは電車で一駅のところのアパートに帰るのだ。


 毎回その時にラブホに行けばいいのに、そういう展開になりそうでならない。互いの距離も一定間隔で。今日はこうでしたね、あーでしたねとたわいもない話をする。


 いつか2人でデートをと言われて少ししてからの2人での夜道は私の中ではドキドキでたまらない。


 あっちは平常心だ。通常営業。ずるい。チャラ男だから慣れているんだ。


「寒くなったなー。明日は午後出勤だからジャンバー持ってきたほうがええですよ」

「そうだね。手袋も持ってこようかな」

「ストールもいるなぁ」

「ああ、装備品も増えるから荷物になるね」

「そうですねぇー」


 本当に会話はたわいもない話なんだ。でもこの15分の会話が私には必要なのだ。


 少しずつなんか私たちの間の距離が高くなってる気がする。気のせいだ。いや気のせいじゃない。


「あの、寒そうだから手を繋がへん?」

 はっ? 確かに寒いけどそこまで……。ふと見ると常田くんがニコッとこっち向いて左手を差し出してる。ゴツゴツとした左手。

 私は前を見て

「寒くないからいいよ」

 と両手をポッケにいれる。


「いや僕が寒い」

「ポッケに入れたら」

「冷たいなぁ。でも冷たい人は手が温かいっていうから手をつなぎましょう」

「嫌だ」

「誰も見てないし」

「彼女いるでしょう」

「いいから」

「よくない」

「なら指だけでも掴みたい」

「ダメ」

「指だけ」

「……」


 私は右手の小指だけ差し出した。

「小指だけかぁー、サービスして薬指も」

「調子に乗るな」

「じゃあ小指だけ失礼しますー」

 と常田くんの左手が私の小指を握る。冷たい手。その状態でしばらく歩く。


 なぜか握らせてから会話がないんだけど。なによ。常田くんから話してくれるのに話もせず。


 私はもやもやするから話を始めた。

「ねぇ、からかってるならやめてよ」

「からかってませんって」

「私が何ってわかっててこうしてるの?」

「もちろんわかってて、ですよ」

「彼女いるからどうせ遊びでしょ」


 そういうと常田くんは止まった。そして私を見る。

「彼女いてません」

 えっ……あんだけ自慢してたのに? 彼女いるっすよー、激マブです。だなんて。


「こうチャラいからいないって言われると恥ずかしいんで嘘つきました」

 なんか常田くん、いつもと違う真剣な顔。


「あ、星が綺麗やなー」

 ん? 上を見上げたけどなにも星もない。田舎なのに。と思ってた瞬間。


 私の頬に常田くんがキスをした。


「へへへっ、僕の星は梛さん。なんちゃって」

 犬歯剥き出して笑ういつもの常田くん。笑って細くなって釣り上がる眼。にくい、にくい、にくい!


 夏姐さんの長男くんとのシチュエーションを奪いやがった!


「なんなら家まで送りましょか」

「ばかっ、あんたは早く帰りなさいっ」

「大丈夫ですか」

「1人でも大丈夫。襲われてもやっつけるから」

「さすが空手有段者は違う……僕もやっつけられる前に帰りますーおやすみなさいー」

「……おやすみ」


 と常田くんは駅まで走って行った。


 私はその姿が消えた後、顔を押さえてしゃがんでしまった。あああああああああああ。力が抜けるぅうう。常田のバカ!

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