花胸風懐
安良巻祐介
胸に花びら懐に風、と失踪する直前の父に聞かされて以来、私の頭の中にその言葉が住み着いて、去らなくなってしまった。
あれから五十年たち、恐らく父はもう生きてはいないだろうが、記憶の中で家の扉を開けて出てゆく父の、ちょっと近所へ煙草でも買いに行くような背中と、ぼそりと呟いた「胸に花びら 懐に風」という声の色とは、私の脳髄の中でますます精彩を増している。
毎夜浴びる酒精のもたらす、無数の桜吹雪に似た特殊な飛蚊症が、その父の背中と呟きを彩って、まともに世の中のものも見えなくなった私にとっての、唯一の思い出になっている。
花胸風懐 安良巻祐介 @aramaki88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます