シーズン2 妄執のウェディングドレスと、剣孕む乙女

プロローグ 剣孕む乙女

 私たちはいつも誰かの妄執に晒されている。


「もうやめて!やめてください!お願いします!お願いだから!もうやめてぇ!!ミサオ先輩をもう傷つけないでぇ!!」


 叶わなかった後悔、叶えたい欲望。だけどいつもそれらは実ることなく私たちの傍を通り過ぎていく。


「そうか…なら君は私のものになってくれるんだね?この私の妻に」


 闘技場のど真ん中に私は倒れている。見上げるとそこにはこの決闘の相手である真祖直系吸血鬼の王子がいた。私は完膚なきまでに叩きのめされた。所詮サキュバスに過ぎない私は、異能生物の王たる吸血鬼の足元にも及ばなかった。そして情けないことに守るって約束したはずのハルモニアに庇ってもらっている始末だ。アリーナにいる観客たちの憐れむような視線が痛く私の体に突き刺さる。


「…っ…はい…わたしは…あなたの…妻に…」


「ダメ。そんなの認めない…!」


 ウェディングドレスを着たハルモニアが私の方へ振り向いた。私は刀を杖代わりにして立ち上がる。もう体はボロボロだった。いつもと違って安全装置がついてない武具を使っているから、肌には切り傷だらけ、打撲であっちこっちが青くなっている。よくもまあビキニアーマーだけは剥げなかったもんだと自画自賛したくなるほどのズタボロっぷりだ。


「もういいよ!先輩!もういいんです!もともとわたしが悪いんです。先輩は関係ないのに…。ごめんね…ごめんね先輩…まきこんじゃってごめんなさい…」


 ハルモニアは美しい顔を歪ませてポロポロと涙を流す。そしてそれを見てどこか陰のある嗜虐的な笑みを浮かべる吸血鬼の王子。美形のくせになんとも気持ち悪い男だ。精一杯の力を込めて私は彼を睨みつける。


「あなたは女を泣かせてるくせに平気な顔ができるのね。はっきり言ってほんと生理的に無理だわ。あなたみたいな男!気持ち悪い!」


「女の涙なんてどうせ嘘だろう?違うかな?そんなグラムいくらで流せる涙に価値なんてないよ。心は揺れないね、あはははは!」


「あなたが思ってるほど、女の子は嘘が上手じゃないわ。もし嘘がうまいんだったら、ハルモニアも私も!理不尽な目に合っているわけがないのだから!」


「御高説どうもありがとう。だけど君たちサキュバスがそんなことを言っても説得力はないよ。実際僕は君たちサキュバスの嘘に散々振り回されてきた身だしね。でも決闘の条件は嘘にはさせない。さすがにこれ以上君を痛めつけるのは紳士としては心が痛むんだ。早くギブアップしたまえ。そしてハルモニアを私に引き渡すんだ。安心したまえ。私はハルモニアを妻として愛し抜くと誓おう。夢咲操。君が心配するようなことなんて何一つもないんだよ」


「うるさいのよ素人童貞」


「なにぃ?今なんて言った?!」


 吸血鬼の王子の顔が歪んだ。私の挑発はよく効いているようだ。


「私は童貞などではないのだがね」


「素人童貞と言ったのよ。このクズ男め!確かにあなたは美女でハーレムを築いているようだけど、それってあなた自身の魅力で集まってきた女なのかしら?違うんじゃない?あなたの持ってる権力と!暴力と!そんなちんけな力で得た女たちでしょう!?だってそうよね!今まさに暴力でハルモニアを得ようとしている!愛している?嘘よ!本当に愛しているというならば、こんなことしてるはずがない!あなたはハルモニアを愛したりなんてしていない!叶わなかった妄執を慰めるために、ハルモニアを支配したいだけなんだわ!愛があるなら止めやしない!でもそれは違う!あなたのは愛ではない!ただの悍ましい欲望でしかない!!今からそれを証明してあげる!!」


 私はハルモニアを抱き寄せて、彼女の顎を指で掴み引き寄せる。


「きゃっ!…先輩…いきなり…何を…っむ…あっ…ん…」


 そして私はハルモニアの唇を奪った。横目で吸血鬼の王子の顔を見ると、顔を怒りで真っ赤にしているのが見えた。


「何ぃ?!やめろぉ!!私のハルモニアに何をする!!」


『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』』』』』』


 観客のどよめきが会場いっぱいに響き渡る。同時に興奮した観客が私に向かって沢山の精気を放ったのだ。私はハルモニアの唇を貪りながら、同時に精気も貪り尽くした。


「…ン…あっ…せん…せんぱいぃ…ちゅ…れろ…ちゅぷ…」


 くぐもって粘っこい下の絡み合う音が聞こえる。本当に女の唇はやわらかくて気持ちがいいものだった。なるほど男たちがしたがるのもよくわかったよ。そして唇を離した私は腰を抜かしたハルモニアを抱き留めながら、吸血鬼の王子を煽る。


「ねぇ見た!?ちゃんと見てくれたぁ!あなたの大好きな穢れなき乙女のハルモニアは私のキスで汚れちゃったの!この子のファーストキスはあなたじゃないわ!この私!ああ!神の前でするはずだった誓いのキスは初めてのキスじゃない!あなたは例えこの子を手に入れて、毎日キスできるようになっても!キスするたびに私のことを思い出しちゃうのよ!ああ!かわいそうな王子様!あなたの妻の唇は貴方以外の味を知っている!ああ!憐れなるかな!憐れなるかなぁ!!あーはははは!!」


 吸血鬼の王子は体を震わせている。屈辱なのだろう。例え女が相手でも衆人環視の中で、自分のものになるはずの女の唇が奪われた。きっと男のプライドはズタボロだろう。


「このクソビッチ!!」


 吸血鬼の王子は一瞬で距離を詰めて私の頬を思い切り叩いた。かなり強い一撃で私は横に吹っ飛ばされてしまった。


『『『ブーーー!』』』


 観客たちのブーイングが響き渡る。だけど吸血鬼の王子はちっとも気にしてない。私にありったけの憎悪の眼を向けている。心地がいいね。こういう憎しみの眼って。煽りが効いたってよくわかって楽しいよ!


「…サキュバスとは言え女だ。殺さないでやろうと思ったが、駄目だ。お前は絶対に殺す。そうすればさっきのキスはなかったことになる。そうだと思わないか?」


「私を殺したってなかったことにはならないわよ。あなたは本当に馬鹿なのね」


「殺す!」


 私の方へ吸血鬼の王子が迫ってくる。ハルモニアが地面にぺたりと座り込んだまま叫ぶ。


「やめてぇ!やめて!お願い!やめてよ!殺さないで!わたし頑張るから!あなたを頑張って愛するから!昔の事なんて全部忘れてあなたのこと愛するから!ちゃんと好きになるから!先輩だけは先輩だけは!!」


 愛するのって頑張らなきゃできないことなんだろうか?それはきっと違うと私は思う。


「やめて!やめてぇ!なんで!なんで足が動かないの!力が入らない…どうして…どうして…」


 ハルモニアはその場から体を動かせないでいた。それは恐怖からじゃない。


「…あれぇ…なんで…わたしの体から精気が抜けてるの…?どうして…普通の女でもサキュバスは女からは精気を取れないのに…?私だったらもっと無理なはずなのに…」


 そう。彼女の体からは精気が放たれていた。そしてそれらはこの私に向かって来た。そのすべてを私は吸いつくす。吸血鬼の王子は私とハルモニアを見て怪訝な顔をしている。


「…なに?女同士で精気のやり取りをしているのか?いや…ありえない…」


「…あなたみたいな素人童貞が女の何を知っているというの?ましてや女の中の女であるサキュバスの事なんて知りようはずもないでしょうに!」


 私はハルモニアの精気を吸って体力を少し回復させて立ち上がった。だけどまだふらつく。


「まだくだらんことを言うのか…!ふん。まあいい。例え女同士で精気のやりとりできたとしても、たかが一人分の精気で出来ることなどたかがしてる。所詮ヴァージンのサキュバス。限界がある」


「ないわ。そんなものはない。…くくく。あはははは!教えてあげるわ…サキュバスとは精気を貪るものではない。情報を消費する者ではない。情報を紡ぎ孕み育み…慈しむ大母なり!!やああああああああああああああ!!!ぐぅうううううううううううううううう!!ああああああああああああああ」


 私の周りに集めた精気が漂い始める。そしてそれらは虹色の光となって、私の周りで渦を巻き始める。同時に私の腹部に想像を絶する痛みが走る。立っているのがやっとの痛み。


『え?光ってる?』『虹だよな?』『魔力?』『気功じゃないのか?』『綺麗だな…』


 観客たちの戸惑いと何処か微かな興奮とに満ちた精気が私にさらに流れ込んでくる。


『…クイーン…ねぇ…あれって精気ですよね…?でも観客にも見えてる?…どういうこと…?』


『…実況止めて。あと動画配信をすぐに停止しろ!!』


 実況も戸惑っているのがわかった。そう今わたしの近くに漂っている精気は、サキュバス以外にも見えているのだ。この会場の観客たちとハルモニアの感情が具現化したのがこの光の嵐だ。


「なんだ?何なんだその力は!お前は処女だろう?!処女のサキュバスがこんな力を持てるはずが?!」


「型にはめてんじゃないわよ。処女だからか弱い?男を知らなきゃ強くなれない?何も生み出せない?そんなのはあなたの勝手な思い込みよ。例え男と交わなくても、私たちは何かを産み出すことができるのだと!」


 私の痛むお腹が光り輝きだす。そこに私は手を当てる。優しく優しく撫でてこれから生まれ出てくるものを祝福する。そして腹から光り輝く一本の棒のようなものが生えてきた。


「ぬああああああああああああああああああああああああ!!!あ”あ”あああああ”あああああああっああああ!!」


 私はその棒を掴み思い切り抜き取った。切り裂かれるような痛みが体を走り抜けた。凄まじい痛み。だが同時にを完全に抜き去った時、不思議なほどの愛おしい気持ちが沸き上がったのだ。そして私の手には剣が一振り握られていた。


『剣?剣だ!』『剣だな…?』『剣を産んだ?』『何あの剣?透明?』『ガラスだ!ガラスの剣だ!!』


 剣は透明なガラスで出来ている。柄も鍔も刃もすべてが透明。


「…はは…ははは!そんなくだらないものを作っただけか?!たかが剣一本!いまさらそんなものがあったところで!!」


 吸血鬼の王子は乾いた笑い声を上げる。だけどサキュバスである私にははっきりわかる。彼はこの剣に恐れをなしていることを。


「では試してみましょう。これはわが愛の剣なり。すべての妄執たちきる愛の剣なり!!」


 私は硝子の剣を構える。これより決闘は最終ラウンドに突入するのだ。



 


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サキュバス・パークへようこそ! 遊園地に閉じ込められてるサキュバスだけどエッチなことが苦手なので人間に戻るために闘技場で戦います! 園業公起 @muteki_succubus

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